(第2回)「共犯」の対象をめぐる段階的体系論の落し穴(松宮孝明)

私の心に残る裁判例| 2018.11.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

◎「仲間の過剰防衛事件」判決

複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び侵害終了後になおも一部の者が暴行を続けた場合において侵害終了後に暴行を加えていない者について正当防衛が成立するとされた事例

(最高裁判所平成6年12月6日第三小法廷判決)

【判例時報1534号135頁掲載】

多くの大学では、共同正犯は単独正犯のそれから修正された構成要件であると教えている。その結果、複数の者の共同での暴行は、それが正当防衛などの違法性阻却事由に該当するか否かを判断する前に、「意思を通じた暴行」として共同正犯用の「修正された構成要件」に該当するとされることになる。その際、「暴行の共謀」が認められてしまう。

けれども、このように考えてしまうと、正当防衛の範囲内で暴行していた仲間の一部が暴走を始めたとき、これを止めずに呆然と見ていた人物にも、「1個の構成要件に該当する暴行の共謀」が仲間の過剰な暴行にも及ぶので、「共犯者による暴行の恐れがあったのに、これを防止する措置を講ずることなく、成り行きに任せた」(最一決平元・6・26刑集43巻6号567頁)として、この過剰な行為について共同正犯として罪責を負うことになってしまう。自身の暴行は正当防衛の範囲に収まっていたのに、である。本件の上告趣意はこの点を問題視した。共同正犯成立のためには「他の正犯の行為は違法でなければならない」と主張したのである。

本判決は、これに正面から応えた。それも、「侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであ」るという判示によってである。

これは、「刑事責任の対象は違法な行為でなければならない」という当然の理の表明である。構成要件該当行為であっても違法でないものは刑事責任の対象にならない。共同正犯も共同で「犯罪」を実行したことに対する罪責を問われるものである以上、そして適法行為は「犯罪」でない以上、構成要件レベルのみで共同責任の対象を決定してはならないのである(正当防衛に対しても共同正犯が成立するかのような調査官解説が付された最二決平4・6・5刑集46巻4号245頁は、違法行為である過剰防衛の事案に関するものにすぎない)。

本判決は、このことを「侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には」という条件で表した。言い換えれば、「侵害現在時における暴行」がすでに過剰(=犯罪)であれば、傍観者も侵害終了後の過剰行為について包括して罪責を問われるのである(ゆえに、本判決は、共謀の射程を「侵害現在時の暴行」に限ったものではない)。この判示は、「犯罪」を切る取る視点は犯罪成立の第1段階としての構成要件に限らないとして、段階的体系論の落し穴を指摘したものである。

なお、本判決の担当調査官であった川口政明氏は、その後、弁護士の強制執行妨害事件に無罪を言い渡した東京地判平15・12・24判例時報1908号47頁や「陸山会事件」について実行犯の行為の一部に「規範的要素の認識」がないと指摘した東京高判平24・11・12東高時報63巻234頁に関わられた。常に筋の通った裁判を心掛けられた方である。

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松宮孝明(まつみや・たかあき 立命館大学法科大学院教授)
1958年生まれ。南山大学法学部専任講師、立命館大学法学部助教授、同学部教授を経て現職。
著書に、『刑事立法と犯罪体系』(成文堂、2003年)、『刑事過失論の研究 補正版』(成文堂、2004年)、『過失犯論の現代的課題』(成文堂、2004年)、『刑法総論講義 第5版補訂版』(成文堂、2018年)、『刑法各論講義 第5版』(成文堂、2018年)など。現在、月刊「法学セミナー」誌上で「現代刑法の理論と実務」を連載中。