特集:法による福祉の質の向上 「支える人々」の待遇改善に向けた課題(中野麻美)(2)
◆この記事は「法学セミナー」767号(2018年12月号)に掲載されているものです。◆
特集:法による福祉の質の向上―支える人々を支えるために
「支える人々」の待遇改善に向けた課題(中野麻美)(1)、(3完)はこちら。
4 低賃金と賃金格差
集計対象などが異なる賃金センサスと介護労働実態調査ではデータに違いが生じるが、おおまかに特徴を指摘すると、1)介護に従事する労働者の賃金は、一般労働者の賃金に比して低額であり、2)施設長(事務所管理者)、ケアマネ(看護支援専門員)、ホームヘルパー(訪問介護員)、福祉介護施設員(介護職員)の間の格差、3)正社員・正規職員と非正規職との間の格差、4)同じ仕事であるのに男女の格差があるということ、である。
[1]一般労働者に比較して低額
平成29年賃金センサスの全産業企業規模計男女計で介護職の賃金を比較したのが表1である。
[2]職種間・雇用形態間格差
2015年賃金センサスに基づく賃金プロファイルを分析したJILPT資料シリーズNo.190によると、正規・非正規の格差は下記の通りである。
ちなみに、UAゼンセンの賃金実態調査によると、2017年8月の介護職の平均賃金は、施設系介護職正規雇用で21万5749円、過半数を占める非正規雇用介護職で14万2853円である。
非正規職でホームヘルパーの時間給額が福祉介護員の時間給額より高くなっているのは、ホームヘルパーの圧倒的多数が直行直帰で移動時間が労働時間とはみなされず不払い労働となっている登録型ヘルパーであって、それが時間給に反映されているためと考えられる。したがって、ホームヘルパーの移動時間を支払労働分として時間給換算したときには、福祉介護職員より高額とは決して言えない。
[3]同一職種の男女間格差
同じ職種間で男女の格差が大きいことも問題である。ケアマネ、ホームヘルパー、福祉施設介護員のいずれにおいても男女の格差が認められ、同じ職種でありながらこの格差を説明できる合理的な根拠が問われる。施設介護などでは役職や夜勤回数などの違いによるとも考えられるが、それは必ずしも性差別が存在しないという合理的根拠にはならない。
5 労働市場のゆがみ・低賃金・人手不足の連鎖
人手不足は、介護市場に人材ビジネスが労働者派遣ないし職業紹介として参入し、介護報酬から利益を得るという意味での市場化をも加速させてきた。また、求人広告会社、コンサルティング、フランチャイズ本部など、介護保険事業所をクライアントとする業者も参入して、介護労働市場はさらなる市場化が進んできた。労働者は賃金等労働条件がより良い職場に転職するから、紹介を繰り返して手数料収入を得るというケースもあるという。慢性的な人材不足に苦悩する事業所では人材ビジネスへの依存を深め、悪循環に陥っていく。2017年「介護事業経営実態調査」による「収支差率」は介護老人福祉施設1.6%、訪問介護4.8%、特定施設入居者生活介護2.5%と相当厳しくなっており、抜本的な手を打たなければ、人手不足と低労働条件の魔の連鎖は止まらない。
6 ケアハラスメント=介護労働者の人権課題
[1]ケアハラスメントの実態
日本介護クラフトユニオンが2018年4~5月に実施した調査によると、介護職員の約7割が、利用者や家族から、暴言・暴力、性的嫌がらせを受けている。回答者2411人のうち、「ハラスメントを受けたことがある」(74%)、うち暴言等(94%)、性的嫌がらせ(40%)で、暴言等では、「攻撃的態度で大声を出す」(61%)、「暴力」(22%)、「『バカ』『クズ』などの暴言」(22%)、土下座の強要(3%)など、性的嫌がらせでは「不必要に身体に触れる」(54%)や「性的な冗談を繰り返す」(53%)、「性的な関係の要求」(14%)がある。介護職員の多くが強いストレスを感じており、精神疾患になった人もいた。被害に遭った約8割が上司・同僚その他への相談をしていたが、相談後も状況が変わらなかったという介護職も4~5割に上った。相談しなかった理由は、「相談しても解決しないと思ったから」「認知症に伴う症状だから」と続き、「介護職は(ハラスメントを)我慢するのが当然という風潮がある」などの意見もあったとしている。
[2]介護労働者のストレスとバーンアウト
また、介護労働安定センターが実施した「平成28年度介護労働実態調査(特別調査)」は、介護労働者のストレスについて調査したものであるが、介護の仕事について、27.1%が離職の意向を有し、仕事や職業生活に関する不安・悩み・ストレスに対して85.8%が「ある」と回答し、具体的なストレスとしては「介護従事者数が不足している」(65.7%)が高率を占め、離職の意向にはバーンアウト(燃え尽き症候群。仕事等を頑張りすぎたことにより心も体も消耗してしまうこと)が強く影響することが分かった。また、バーンアウトに対して労働者のストレスが影響を与えていることを指摘し、介護労働者の離職を防止するためには、労働者のストレス軽減をはかり、バーンアウトの発生を抑制する雇用管理施策を講じることが重要とした。
[3]見えてくる介護労働の人権課題
介護職が利用者及び家族から受ける対人関係上のストレスは、古くから問題になってきたが、その原因と対策に関する議論はまだまだ遅れており、介護労働が介護労働者の犠牲と精神主義の上に成り立っていることを痛感させられる。介護の職場は、身体などプライバシーに触れて密室性を有していること、職員やヘルパーが、利用者の思うようにならないストレス発散の相手になること、その原因や背景には、利用者と背後労働者との間の二重・三重の力関係がある。人々の生活様式に染み渡ってきた家父長制と性役割に基づく力関係、市場化がもたらした利用者=消費者(事業者からみれば顧客=王様)という力関係、事業者と介護労働者との力関係である。特に介護労働は「主婦」が担ってきた家事労働の延長で「お手伝い」という一段と低い地位にみられる傾向がある。そのことが、介護労働の社会的価値から大きくかけ離れた低賃金とともに、入職時の高い志をもくじけさせてしまうハラスメントの構造的要因となっていることは、介護労働者の人権課題(差別と暴力の根絶)として社会の共通認識にすべきであろう。
7 社会権としての介護と介護労働者の人権
「公正でケアに満ちた社会を構築するためには、不可避の人間の依存を認識することが重要」とするキテイの提起は、介護の社会的価値と人権の基礎を捉えるうえで重要である。人が人として生まれ生きて命を閉じていく歴史の繰り返しにおいてケアによる「人間の依存」関係は不可避であり、生存の基盤である。ケアする者と依存者とされる者との関係を、過去から未来へらせん状に続く公正な互酬関係であるとするキテイの提起を受け、ファインマンは、人間にとってそうした依存が必然である以上、家族のなかで、私的関係にまかせているのは公正ではなく、性的な絆で結ばれた家族への法的支援の代わりに、ケアの絆=ケアの担い手と依存者による養育家族を「国家が保護を講ずるべき対象としての家族」と捉え、特別に優遇される社会的権利を付与し、二次的依存を解消することを求める。さらに、人が善き人生を送るための潜在的な達成可能性は平等であるべきだと主張するアマルティア・センによれば、依存労働者が善き人生を送るための潜在的可能性は現状では限られており、依存労働を引き受けることで就業の機会を失ったり、社会的な活動の機会を失ったりするのは不平等であって、社会制度は、対等で自由で平等な能力を持つ集団間で構想されればよいというものではなく、他者のケアなしには生存できない者や、依存者の生存の責任を負っている者をも含めて構想されなければならない。平等のためには、依存者とともに依存労働者もケアされ、ケアを担ったことで社会的に排除されない保障、ケアする人も含めて、他の人々が必要なケアを受け取れる公的条件づくりこそ、社会の中心テーマである。そして、社会権としてのケアの権利を唱える上野は、ILO「Care Work(Daily 2001)」によるケアの定義(「依存的な存在である成人または子どもの身体的かつ情緒的や欲求を、それが担われ、遂行される規範的・経済的・社会的枠組みのもとにおいて、満たすことに関わる行為と関係」)をもとに、ケアの権利は特定の歴史的文脈のもとで登場し、また特定の社会的条件のもとではじめて権利として成り立つ性格のものであり、「自然な関係」でも「母性的本能」でもなく、社会的権利として立てられるべき構築物であるとし、「ケアする権利」「ケアされる権利」「ケアされることを強制されない権利」「ケアすることを強制されない権利」を提唱する。
「介護の社会化」は、本来こうした社会権としての介護の確立を中心においたものであり、その前提には、社会化を支える介護への社会的価値の承認と支える人々のニーズを権利としての確立が不可欠である。そして、介護労働者も善き人生を送るための潜在的な達成可能性において平等であるべきであり、介護の社会的価値の承認と労働者としての権利確立には、介護の社会化に向けた公的システムのメインに性別分業からの解放=ジェンダー平等を据えることが不可欠の課題となる。また、介護労働の担い手に対する人権の保障(例えば、自身の働きには価値があるという自尊、その働きが公正に報われること、自己と他者の違いを認めて相互に大事にできる、現実の壁に向かって未来のために挑戦できるといったこと)は、ケアをニーズとしている人々との尊重と信頼の関係を構築する基盤でもあり、良質な介護を生み出す源泉である。
「支える人々」の待遇改善に向けた課題(中野麻美)
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