(第1回)ハリケーン・カトリーナ(高橋祥友)/『災害支援者支援』から
ハリケーン・カトリーナは2005年8月末に米国南東部を襲い、ルイジアナ州を中心に大規模な被害をもたらした。当初の死者数は約50名だった。しかし、ニューオリンズは水面下にある土地であり、数日後に堤防が決壊し、ルイジアナ州の死者数は約1500名に上った。適切な避難勧告もなく、避難手段もない人々が犠牲になった。ハリケーンという自然災害に、人的災害が加わった、いわば典型的な複合災害である。
われわれは2014年3月にニューオリンズを訪れて、被災者や支援者から話を聞いた。ある50代半ばの女性の話が印象深かった。ハリケーンが接近する中、彼女はニューオリンズに留まることにした。全人口の4分の1が彼女と同じような決断をしたという。高齢者や身体に障害のある人の多くが取り残されたのだが、いわゆる「災害弱者」のための避難計画は立てられていなかった。
「ハリケーンという一つのストレスだけでなく、大規模災害が起きると、複数のストレスが次々に襲ってきた」というこの女性の指摘は印象深かった。ハリケーンの被害にあった会社が倒産し、彼女は職を失った。その結果、経済的な問題が生じ、家族や親戚との関係にもヒビが入った。その後、子宮がんの診断が下され、手術を受けたばかりか、次は、双極性障害を発病して、精神科治療を受けるようにもなった。わずかに半年のうちにこれだけのことが一挙に襲ってきたという。
まるで坂を転がる雪玉のように、一つのストレスがいくつも積み重なり、大きくなっていった。これこそが大規模災害の実相であると語ってくれたのだ。
この女性がもう一つ語ったエピソードがある。ハリケーン襲来の数日後に、ようやく正式な避難命令が出たのだが、その際に、武装した陸軍の兵士が治安出動した。これは米国市民であるこの女性自身にも大変な驚きだった。法律上は、米国内の治安に当たるのは州兵であって、軍ではない。そこへ、いかに大規模災害時の治安維持とはいえ、武装した陸軍の兵士が派遣されたというのは、いかにも米国らしい話だと、私も驚いた。災害派遣の際に、自衛隊員が銃を持つ姿など、私には想像もできない。
高橋祥友(たかはし・よしとも)
筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授
◆このコラムが掲載されている書籍はこちらです。
高橋 晶 編著『災害支援者支援』(日本評論社、2018年)
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