(第4回)被災者・支援者の言葉(高橋祥友)/『災害支援者支援』から
大規模災害の教訓を得ようと、内外の各地で被災者や支援者からさまざまな経験について話を聞いてきた。ある晩、ニューオリンズのホテルの一室で午前2時頃に目が覚めてしまい、その後、まったく眠れなくなった。ぼんやりした頭で、あれこれと思いを馳せていた。
すると、福島、ニューヨーク、ニューオリンズ、マニラなどで被災者や支援者から聞いた言葉が蘇ってきた。彼らが共通して語る、次のような内容があると気づいたのだ。
第一に、「大規模災害は不変の幻想を吹き飛ばす」という言葉があった。われわれは日常生活を送っていて、昨日と同じように今日が、今日と同じように明日がやってくるとまったく疑問をもたずに暮らしている。しかし、大災害が起きると、これが幻想でしかなかったことを思い知らされるという。
第二に、「どれほど激しい災害に襲われても、それでも人間は生き延びていく力強さがあることに気づいた」とも語る。これこそがリジリエンスである。
第三に、「突然変化した世界で生きていくには、新たな意味を見出さなければならない」という言葉も耳にした。
場所も言葉も異なる人々が共通の内容を語ることに、私は驚くと同時に、ふと鴨長明の『方丈記』の冒頭の言葉が頭に浮かんだ。
「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」
鴨長明は、12世紀末の京都で安元(1177年)の大火、治承(1180年)の竜巻、養和(1181~1182年)の飢饉、元暦(1185年)の地震を経験し、自己の人生と重ね合わせて、無常観をこのように表現した。現代に生きる被災者や支援者も同様の思いを浮かべていることに、私は深い感慨を覚えた。
さらに、ヴィクトール・フランクルの言葉も浮かんだ。フランクルはオーストリアの精神科医であるが、ユダヤ人であるため、ナチスドイツにより強制収容所に入れられた。幸い、第二次世界大戦が終了し、解放されたフランクルは、強制収容所における体験を『夜と霧』としてまとめ、それは世界的なベストセラーとなった。彼の言葉にも「状況を変えることができないのであれば、私たちは自分自身を変えざるをえない」というのがある。
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高橋祥友(たかはし・よしとも)
筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授
◆このコラムが掲載されている書籍はこちらです。
高橋 晶 編著『災害支援者支援』(日本評論社、2018年)
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