(第6回)裁判における比較法の活用(榊原秀訓)

私の心に残る裁判例| 2019.03.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

堀越事件第二審判決

国家公務員による政党の機関紙や政治的文書の配布行為について、国家公務員法110条1項19号及び102条1項並びに人事院規則14−7第6項7号及び13号(5項3号)との関係で、法益侵害の抽象的危険性が肯認できない上、罰則規定を適用することが、憲法21条1項及び31条に違反すると判断された事例

(東京高等裁判所2010(平成22)年3月29日判決)

〈最高裁判所刑事判例集66巻12号1687頁〉

判例時報に掲載がないが、重要判決であって、若干の個人的かかわりがあることから、堀越事件の東京高裁判決を扱う(すでに第4回で木下教授が堀越事件について少し触れている)。

東京高裁は、公務員の政治的活動の制約の比較法的検討のために、研究者からの意見書提出と証人尋問を認めた。リーディングケースである猿払事件の香城調査官解説が比較法的検討をしていることが背景にある。立法では普通に行われてきたことが、司法でも行われたと言える。

専修大学晴山一穂先生を通して、イギリス法について意見書を求められ、証人尋問を受けることになった。証人尋問の経験は、この事件が唯一のものである。私とペアを組んだ枝川充志弁護士との打ち合わせは、丸一日かかった。意見書を朗読せずに答えるために、質問の仕方や順番といった「シナリオ」づくりに時間がかかったからである。結果、支援する傍聴人にもわかりやすいものが完成した。

弁護団が力を入れていたのは、香城解説のイギリス法紹介が不適切であることを明らかにすることであった。確かに、複数の報告書の理解が不正確であった。裁判官にとって他の外国語よりも身近な英語であるだけに、訳語の誤りを入口にした。証人尋問では、Canvassingは「選挙運動」ではなく、「戸別訪問」であることを繰り返し説明した。弁護士による質問後、短時間休廷となった。他国に関する証人尋問にはなかった対応であり、休廷後直ぐに裁判官が尋ねたのは、この訳語であった。裁判官に関心をもってもらうことに成功したようである。

東京高裁は「無罪」の判断をするが、判決の「付言」部分も注目に値する。「我が国における国家公務員に対する政治的行為の禁止は、諸外国、とりわけ西欧先進国に比べ、非常に広範なものとなっていることは否定し難い」としており、これはまさに比較法的検討の成果と考えられる。しかし、そもそも「諸外国、とりわけ西欧先進国」では、刑事罰は存在していない。この点について、判決は、「刑事罰の対象とすることの当否、その範囲等を含め、再検討され、整理されるべき時代が到来しているように思われる」とする。しかし、政治の現実をみると、自民党等は、国家公務員法における刑事罰を廃止するのではなく、地方公務員法における刑事罰の新設を考えており、国際的なギャップが解消される見込みはなく、拡大しそうである。

比較法的検討の成果を広く知ってもらうために、最高裁判決前に、『欧米諸国の「公務員の政治活動の自由」―その比較法的研究―』(日本評論社、2011年)を公刊した。大学においては、法科大学院の授業開始前の時間に意見書や証人尋問のことを語り、講演会で枝川弁護士に話をしてもらった。予想以上に多数の法科大学院生が参加し、刺激を受けたようである。

判決に至る前の研究者と実務家の共同のあり方、裁判官に関心をもってもらうための工夫、立法と同様の司法における比較法的検討の必要性、さらには、法科大学院教育における司法試験のためだけではない重要事件への関心の重要性等について、深く考えさせられた裁判である。

※国家公務員政党機関紙配布事件上告審判決(堀越事件最高裁判決)は、【判例時報2174号21頁】に掲載しています。

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榊原秀訓(さかきばら・ひでのり 南山大学大学院法務研究科教授)
1959年生まれ。名古屋大学法学部助手、鹿児島大学法文学部助教授、名古屋経済大学法学部助教授、同教授、南山大学法学部教授を経て、現職。
著書に、『アクチュアル行政法(第2版)』(共著、法律文化社、2015年)、『地方自治の危機と法-ポピュリズム・行政民間化・地方分権改革の脅威』(自治体研究社、2016年)、『司法の独立性とアカウンタビリティ』(日本評論社、2016年)、『辺野古訴訟と法治主義』(共著、日本評論社、2016年)『現代行政法の基礎理論(現代行政法講座第1巻)』(共著、日本評論社、2016年)など。