『民事訴訟法』(著:瀬木比呂志)
はしがき
民事訴訟法全領域の中でも、民事訴訟法の教科書、概説書の数は際立って多い。その中にあっての本書の多少の特色について書いておきたい(私の専門書は、最初にその特色と方法論を詳細に述べるため、はしがきが長い。時間の惜しい読者はとりあえずとばしていただいても結構である。もっとも、その内容は、本文の理解にも一定程度資すると考える)。
どこまでそれが実現されているかは読者の判断にゆだねるほかないが、コンパクトな分量、密度の高い記述、機能的考察、正確さとわかりやすさが、本書のめざした全体としての特色である。
以下、順次解説する。
本書の第一の性格は、教科書、概説書に徹しつつ、その読者としては、学生を第一としつつも、同時に、弁護士等の法律実務家(以下、単に「実務家」という)をも念頭に置いている、ということである。
私のもう1つの教科書、概説書である『民事保全法〔新訂版〕』〔日本評論社、2014年〕は、67条から成る民事保全法に本文で約630頁を費やしており、「教科書」というよりも「体系書」の性格が強い。読者についても、主として、弁護士等の法律実務家、研究者、ないしは熱心な学生を想定している。
これに対し、本書は、本文約700頁で405条から成る民事訴訟法について論じるものであり、『民事保全法』と同様の濃密な記述は困難である。また、手続の骨格自体は比較的シンプルなものである日本の民事訴訟法・規則の条文には、一読しただけでもおよその意味をとることが可能なものもかなり存在する点が、いちいちの詳細な説明が必要な民事保全法とは異なるという事情もある。さらに、民事訴訟法については、各種のコンメンタールを始めとして、詳細な記述を行う書物や論文が数多く存在するので、細目的な事柄については、それらを参照することも難しくはないはずだ(広義の民事訴訟法のほかの分野とは異なり、たとえば、コンメンタール類にしても、比較的質がそろっており、改訂も行われているし、入手もしやすい)。
そこで、本書は、上記のとおり、書物の性格としては、教科書、概説書に徹することとした。具体的には、司法試験受験をめざす法科大学院生、また、民事訴訟法をきちんと理解したいと考える法学部学生の需要に応える書物にするとともに、弁護士等の実務家に今一度民事訴訟法を正確に学び直してもらうために役立つような書物とすることをもめざした。
最後の点は、後にも論じるように比較的観念的、演繹的な性格の強い日本の民事訴訟法理論の性格もあってか、その核になる部分を必ずしも正確、的確に理解していない実務家が、比較的優秀な人々の中にも一定の割合で存在するという、私の裁判官時代の認識に根ざしている。こうした傾向は、民事執行法、民事保全法、倒産法において顕著だが、それらの基本となる民事訴訟法についても、またいえることなのである。
民事訴訟実務自体は、特異な局面にでも遭遇しない限り、民事訴訟法理論を正確に理解していなくてもできてしまうという側面がある。これは、手続法理論が、実体法理論とは異なり、主として例外的な局面で問題になることが多いものであることによる。しかし、実務家の民事訴訟法理解がそのように浅いものであっては寂しい。また、民事訴訟法は上記各特別法に対して一般法の関係にあるため、民事訴訟法理論を正確に理解していないと、それら特別法の理解も、おぼつかないものとなりやすい。
こうした観点から、私は、先のとおり、学生のためのみならず、民事訴訟法理論を実務家がもう一度学び直すために役立つような書物とすることをもめざして本書を執筆した。そのような方向をめざしたことは、同時に、とかく難解、観念的といわれることの多い民事訴訟法理論を学生の皆さんに正確に理解していただくという目的にも、資するのではないかと考える。
そのため、本書は、教科書、概説書ではあるが、①学生のみならず実務家にとっても、訴訟法的な考え方や感覚を身につける、あるいは身につけ直すために有用と思われるような論点、また、②実務家がそのキャリアの中で現実に遭遇することがありうるような論点については、できる限り漏れなく言及し、かつ、それらの論点に関する考え方(私なりの結論)とその根拠を明確に示すよう努めている(付言すれば、①、②のような論点は、司法試験等の各種試験の出題対象ともなりうる論点でもあり、実際、近年の司法試験問題では、こうした論点にかかわる問題が、かなりの数出題されている)。
こうした論点については、従来の教科書やコンメンタール等の記述が、学生・実務家にはいささかわかりにくい場合がある(これはほかの法学の教科書類でも多かれ少なかれいえることかもしれないが、民事訴訟法の研究者でないと正確な趣旨の把握が難しいような記述も、一定程度存在すると思う)こともあり、本書における記述は、可能な範囲でそれぞれの論点や考え方の背景まで含めて詳しく論じるようにし、また、後記のとおり、できる限りわかりやすいものとすることにも努めた。具体的には、たとえば、当事者、弁論主義、自白、証明責任、証拠調べ(ことに書証)、既判力、多数当事者訴訟、上訴等、難しい論点を含む部分の記述がそうである(こうした論点については、学生のみならず実務家にも十分に理解されていない場合が、ままあると思う)。
反面、前置き的、一般的な事柄、また、常識によって、あるいは条文を読めばおおむね趣旨が理解できるような事柄(技術的な細目にかかわる条文についてその例が多い)については、記述はなるべく簡潔にした。
したがって、本書の記述は、後記のとおりわかりやすくすることには努めたが、内容が凝縮されているため、密度はかなり高くなっている。 じっくりお読みいただきたい。また、引用されている条文は、細かな事項についてのそれであっても、できる限り目を通していただきたい。これは、上記のような本書の記述方針にもよるが、法学の基本は、条文を正確、細密に読むことに始まるからでもある。
なお、民事訴訟法の各分野は相互に関連しているため、ある事柄を説明するためにどうしても後に説明する予定の事柄の一部の説明を行わなければならない場合が出てくる。したがって、初学者にとっては、教科書は最低2度は読まないと総合的な理解は難しいということも、併せて付け加えておきたい(もっとも、民事訴訟法の骨格が理解できればそれでよい、むしろ、一般的に、訴訟法的な考え方を知り、訴訟法的な思考力を身につけたいという学生については、1度でも十分であろう。また、難しい論点については、問題の所在だけ把握してもらうことでもよいと思う。それ以外の学生や実務家が2度読む場合にも、1度目については、全体の骨格と各論点の意味〔なぜそれが論じられる必要性があるのか〕をつかむことに主眼を置き、細かい部分にはあまりこだわらない読み方でかまわないと思う)。
本書の第二の性格は、機能的な民事訴訟法学をめざしたということである。これについては、詳細は私の研究の総論である『民事訴訟の本質と諸相――市民のための裁判をめざして』〔日本評論社、2013年〕および論文「機能的民事訴訟法学・法教育の試み」〔明治大学法科大学院論集第15号57頁以下、2014年〕に譲るが、簡単にいえば、「哲学的方法」としてのプラグマティズム的な思考方法に基づき、できる限り機能的な観点から、つまり、理論を現実の法廷に落として考え、その結果を理論にフィードバックさせるという観点から、民事訴訟法理論を、その法社会学的な基盤をも含めて客観的、外在的に記述することに努め、ことに、演繹的な理論展開によってすべてが解けるといった書き方をしないことに努めた。いいかえれば、結論のよって立つ実際的な根拠の部分をも明らかにし、結論のうちどこまでが純理によるものでありどこからが実際的要請によるものかをなるべく明確にすることに努めた。また、最高裁判例についても、結論や理由付けに疑問のあるもの(本文でもふれるが、基本的な民事訴訟法理論の理解が不十分であることに基づくのではないかと思われるような場合も、一定程度存在する)は、無理に合理化しようとはせず、どの点に疑問があるのかを明確に示すようにした(なお、司法試験問題でも、近年は、最高裁判例とは異なった方向で考えさせるような問題が出ている。学生は、最高裁判例の丸暗記ではなく、その批判的理解に努めるべきであるとの考え方に基づくものといえよう)。
その背景には、私の裁判官としての長年の実務経験がある。また、法学の理論は国によって相当に異なるが、その結論はかなりの部分において類似しているという事実も、法学における論理が純粋な意味での理論とはやや異なることを示していよう(自然科学はもちろん、社会科学一般と比較しても、「説明のための論理」という側面が強いと考えられる。これは、人々の行為を適正に規整するフレームとしての「法」に関する学問という、法学の、純粋社会科学というよりは人文科学の色彩が強い性格によることであり、法学をおとしめる趣旨ではない。実をいえば、法学と並んで専攻する学生の多い学問である経済学にもその傾向はかなりあると、私は考えている)。
もっとも、実際には、過去の民事訴訟法理論の膨大な蓄積には大きな引力があり、そのような蓄積が比較的小さい民事保全法理論の場合に比べると、私の方法の特色を打ち出せた程度は、かなり限られると思う。せいぜい、記述の全体を通じればそれらを貫く私なりの機能的な視点をどうにか示しえた、という程度であろう。しかし、いずれにせよ、そのような方向をめざしたことは、本書の教科書、概説書としての特色といえ、かつ、そのことによって、読者の民事訴訟法理解、実務家にとってはその新たな理解に、いくぶんは貢献できるところもあるのではないかと考える。また、この点については、プラグマティズム法学的な方向の洗礼を受けた部分がたとえば民法学に比べて相対的に小さい民事訴訟法学に対する、私なりの、微力を尽くした貢献といえる部分ではないかとも考えている。
また、本書では、それをすることが読者の民事訴訟・民事訴訟法学理解に資すると思われるような場合には、法社会学的な観点からする考察、また、実務の解説をも、随所で行っている(たとえば、争点整理や事実認定に関する考察等)。本来、法社会学は民事訴訟法学の隣接領域であり、民事訴訟法の正確かつ立体的な理解のためには実務の客観的な理解も必要である、との考え方に基づく(なお、アメリカでは、民事訴訟法研究者が法社会学的な研究を行うのは、ごく普通のことである。これは、アメリカが判例法国であるため、体系への指向が弱いことの裏面でもある)。
本書の第三の性格は、できる限り正確かつわかりやすい記述に努めたということである。民事訴訟法分野の法律書には、理論に精通している者、具体的には研究者あるいはそれを兼ねるようなごく一部の実務家以外にはかなりわかりにくい記述が多くはないかという、これも裁判官時代以来の私の認識による。法学は、まずは専門家のためにあるとしても、最終的には、実務家の仕事を通じて人々に貢献するためのものである。そのような観点からみるとき、日本の法学、ことに民事訴訟法学等の概念的、観念的性格の強い法学には、結局は人々を法から遠ざけてきている側面があることは否めない。法学の論理がわかりにくいものであることは、程度の差はあれどこの国でもいえることだが、大陸法系国である日本のそれはその傾向が強いという事実も否定しにくい。そして、難解な法学が立派な司法や法曹を生み出しているのなら結構なことだが、実際にはその反対かもしれないというのが、研究者としてのキャリアをも含めた長年の法曹経験の帰結としての、私の実感でもある。わかりにくいものを、正確さをそこなわない限りにおいてできる限りわかりやすく説明するのが、教科書、概説書の基本的な役割ではないかと、私は考える。
本書では、法学の教科書、概説書には珍しい、「筆者」ではなく「私」という一人称を使用したのも、そのような方向の1つの現れといえる。「筆者」という一人称を用いれば記述がより客観的になりうるのかといえば、必ずしもそうではなく、かえって、どんな書物でもいずれにせよ避けられない記述の主観性が、それによっていくぶん隠蔽されるだけのことかもしれない。いずれにせよ、こうした慣例には、あまり大きな意味はないと考える(なお、私自身も、『民事保全法』では「筆者」を用いており、そのような慣例的記述方法に異をとなえるものではない。ただ、「わかりやすい教科書、概説書」をめざした本書には、「私」という一人称がより適していると考えたものにすぎない)。
全体の構成についても、わかりやすさの観点から、パンデクテン方式による編別構成を基準とした『民事保全法』とは異なり、全体を24の章に分けて、各章ごとに記述にまとまりをもたせ、これにより、実体法の場合と異なり用語や概念についてある程度総体を理解していないと各部分の理解も難しいという手続法独特の学びの困難を、ある程度でも緩和することに努めた。章の流れも、なるべく実際の訴訟手続の流れに合わせ、初学者にとってもイメージがつかみやすいようにした。
その正確性には一定の限界のある概念図を本文中に若干入れることにしたのも、同様の考慮からである。
次に、内容面プロパーの特色についても、若干ふれておきたい。
まず、要件事実論に1章をさいた。私は要件事実論(なお、本書では、便宜上、民事訴訟法学で論じられることの多い「司法研修所の要件事実論」という意味でこの言葉を用いる)を無条件に評価するものではないが、確かに、有用な部分、また、民事訴訟法学にその「側面」から光を当てるという機能もあり(その意味では、要件事実論には、単に実体法の解釈問題にはとどまらないメリットもある)、さらに、近年は、司法試験にも、その一定の理解を前提とする問題が出題される例があることが、その理由である。要件事実論を、その弱点をも含めて客観的に理解しておくことには、学生のみならず実務家にとっても、民事訴訟法学や実務の理解のために、一定の意味があると考える。
また、国際民事訴訟法にも1章をさいた。これは、閉じられた法域のみでは起こらない訴訟法上の問題についてその初歩だけでも理解しておくことが、今後は、学生にとっても実務家にとっても、有意義だと考えたからである(たとえば、アメリカでは、連邦制をとることの帰結として、日本でいうと国際民事訴訟法や国際私法に当たる法領域が、きわめて重要である)。
次に、これはすでにふれたが、民事訴訟の客観的な全体像が把握できるよう、従来の民事訴訟法理論上の論点以外にも、適宜、法社会学的な見地からする検討を付け加え、さらに、民事執行・保全法等の特別法分野についても、略式訴訟手続や人事訴訟についても、民事訴訟・民事訴訟法をその外延とのつながりにおいて理解するために必要な事柄だけは、押さえておくようにした。
さらに、各章の末尾に確認問題を掲げた。これらは、必ずしも網羅的なものではないし、スペースの関係上、具体的な事例設問はほとんどないが、その章の記述の要点を読者が理解しているかどうかを確認するための一助として、掲げることとしたものである。定期試験や司法試験等の受験に備えて読者がみずからの知識を確認するために、一定程度有効ではないかと考える。その解答ないし具体例は、当該章の中に記述されている(もっとも、もちろん、読者の考える解答の内容は、本書の記述とは異なっていてもかまわない)。設問の言葉遣いは、無理に統一せず、若干のニュアンスの相違により適宜言葉を使い分けている。
これらの確認問題に正確に答えることはきわめて難しいと思うが、頭の中に、解答の概要、あるいはそのおおまかなイメージ、問題の所在だけでも浮かぶかどうかを、試してみてほしい。ほとんど何も浮かんでこないという場合には、その設問に該当する記述をもう一度読み返しておく必要がある。
なお、本書の執筆に当たっては多数の文献を参照したが、引用する文献については、できる限り、基本的なもの、また、学生や実務家にも入手や参照が容易なものにとどめた。判例についても、解釈論上重要なものを精選した。「注」の数も少なくしたが、反面、「注」にも重要な事柄が記載されている場合が少なくないことに注意してほしい。
また、索引や本文中のクロスレファレンスは、本文の左欄外に付したブロックごとの番号によって行っている。教科書類には、改訂の場合に索引頁に誤りが生じている例がかなり見受けられるが、そのような事態を避けたいという配慮による。慣れれば、頁による検索と同様に容易に行っていただけるものと考える。なお、事項索引で掲げるブロック番号は、索引でないと検索が難しいような種類の横断的項目についてのみ詳しめにし、あとはなるべく中心的な項目に絞っている。その代わり、本文中のクロスレファレンスは、参照の便という観点から、詳しめに付けておいた。
さらに、現在の民事訴訟法には、その制定後もかなりの改正があったが、本書では、これらの改正の経緯については、それを明示することが内容の理解のために重要と思われる場合にのみ、適宜記している。
最後に、関連して、私の書物の中から、民事訴訟手続や民事裁判の背景をなす法社会学的な事柄、あるいは日本の司法制度、裁判についての知識を得、民事訴訟法とそれに基づく民事訴訟実務を立体的に理解するために有用と思われるものを、いくつか選んで挙げておきたい(なお、それらの書物を含めた私の著作の背景にある私の考え方〔自由主義、経験論等を含め〕について詳しく記した書物としては、『裁判官・学者の哲学と意見』〔現代書館〕がある)。
学生にも比較的読みやすいものが、『絶望の裁判所』、『ニッポンの裁判』〔各講談社現代新書〕である。基本的な観点は法社会学的なものだが、後者については、アメリカのプラグマティズム法学、リアリズム法学の方法をも参考にしている。これらの書物により、日本における通常の法学の説明とは異なった観点からするより機能的でリアルな制度理解、裁判理解の方法を知ってもらうことは、本書の理解のためにも、民事訴訟実務や制度の理解のためにも、役立つはずである。ことに、後者は、学生の皆さんには、日本の法学における判例理解が見落としている視点を補うという意味で参考になるのではないかと考える。なお、これらを補いつつ新たな情報や視点をも付け加えた書物として、『裁判所の正体――法服を着た役人たち』〔新潮社〕がある。これは、ジャーナリスト清水潔氏との対談だが、多くの部分は私に対する清水氏のインタビューに近い内容であり、その意味で、最も平明な叙述となっている。
専門書としては、①『民事訴訟実務・制度要論』、②『ケース演習 民事訴訟実務と法的思考』そして、先に挙げた③『民事訴訟の本質と諸相』〔各日本評論社〕がある。順に、①は、実務と制度の掘り下げた実証的・機能的分析、②は、実体法と訴訟法が現実の事件でどのように使われ、それが、どのように、判決という、裁判官による判断、検証、報告の文書に結晶してゆくかの分析、③は、幅広い法社会学的考察と私の「方法」の総まとめ、といった内容である。学生がレジュメ、レポート、答案作成の基礎になる力を付けるという観点からは、2番目の書物が最も有用かもしれない。
私の民事訴訟法・法社会学研究も、裁判官時代以来で約30年、大学に移ってからでも約7年になる。本書には、そのほとんどが民事裁判官としてのものであった33年間の私の実務体験、7年間の明治大学法科大学院における民事訴訟法、同演習、各種の展開演習、模擬裁判の教授体験、そして、これらを通じての私の研究者としての体験、さらには、裁判官時代と研究者時代の2度、合わせて2年間のアメリカの大学における在外研究体験が、さまざまな形で反映していると考える。
ことに、この書物に関しては、明治大学における民事訴訟法の講義や関連の各種演習の教授体験の意味は、きわめて大きかった。機能的考察の重要な民事保全法の体系書執筆が立法準備作業への従事と集中的な実務体験なくして難しかったのと同じように、具体的な記述に当たっては機能的な思考方法に努めたとはいえ、概念的な理論体系の正確な理解が基本的な枠組みとなる民事訴訟法の教科書、概説書執筆に当たっては、ことに、それを、正確さをそこなわない限りでわかりやすく説明するに当たっては、法科大学院における教授体験が、また、それを通じて、学生にとって民事訴訟法理論のどのような部分がどのような理由から理解しにくいかを知ることが、決定的な重要性をもったからである。
本書の執筆については、大学に移ってから3年目の2014年ころに着手した後、一般書の執筆やほかの専門書の改訂で中断を重ねていたが、2017年度の在外研究の際に、調査等と並行して何とかまとまった時間がとれ、初稿を完成することができた。純粋な研究者としての生活を5年間続けた時点で大学から在外研究の機会が与えられたことについては、感謝しなければならないだろう。
専門書主著としては6冊目に当たる本書をもって、私の研究、すなわち、機能的考察を特色とする民事訴訟法と法社会学の研究にも、大きな節目が付き、1つのサイクルが完成したと考える。
今後は、以上にふれた書物、場合により論文集『民事裁判実務と理論の架橋』〔判例タイムズ社〕をも含めての改訂をさらに続けながら、余力があれば、新しい領域の研究をも考えてゆきたい。
これまでにお世話になった多数の研究者、実務家の方々、そして学生の皆さんに感謝したい。また、日本評論社から出版、復刊されてきた私の書物について一貫して編集を担当してくださっているヴェテラン編集者の高橋耕さん、本書の校正を担当してくださった駒井まどかさんにも、お礼を申し上げたい。
2019年1月1日
瀬木比呂志
目次
はしがき
凡例および文献略記とその案内
第1章 民事訴訟法総論
第1節 民事訴訟法の沿革 第2節 民事訴訟制度の目的と訴権論、指導理念としての手続保障/第3節 民事訴訟手続の流れ/第4節 訴訟法規の種類–強行規定、任意規定、訓示規定/第5節 訴訟と非訟/第6節 民事訴訟手続に関連する諸手続・制度
第2章 訴えの類型とその提起、訴訟物
第1節 訴え、請求、訴訟物/第2節 訴えの3類型/第3節 訴えの提起とその後の手続/第4節 訴訟物/第5節 処分権主義/第6節 重複起訴の禁止
第3章 複数請求訴訟
第1節 概説/第2節 請求の併合/第3節 訴えの変更/第4節 反訴/第5節 中間確認の訴え
第4章 裁判所
第1節 裁判所、裁判体、裁判官等の裁判所職員/第2節 裁判官等の除斥・忌避・回避/第3節 民事裁判権/第4節 管轄と移送
第5章 当事者、代理、当事者適格
第1節 当事者の概念/第2節 当事者の確定、表示の訂正、任意的当事者変更/第3節 当事者に関する能力/第4節 訴訟上の代理人/第5節 当事者適格
第6章 訴訟要件、審判権、訴えの利益
第1節 概説/第2節 審判権の限界/第3節 訴えの利益
第7章 訴訟手続の進行
第1節 手続の進行と裁判所・当事者の役割、訴訟指揮権、責問権/第2節 当事者の欠席等/第3節 期日、期間、訴訟行為の追完/第4節 訴訟手続の停止/第5節 送達
第8章 口頭弁論と当事者の訴訟行為
第1節 口頭弁論とその必要性・諸原則・実施、口頭弁論調書/第2節 当事者の訴訟行為
第9章 弁論主義
第1節 弁論主義と職権探知主義/第2節 釈明権・釈明義務と法的観点指摘権能・義務、真実義務と完全陳述義務
第10章 争点整理
第1節 審理の計画と進行協議期日/第2節 準備書面/第3節 争点整理の実際、争点および証拠の整理手続/第4節 時機に後れた攻撃防御方法等の却下/第5節 訴訟準備・情報収集のための諸制度
第11章 証明と証明責任、自白
第1節 概説/第2節 証拠と証明およびこれらに関連する諸概念/第3節 証明の対象と証明を要しない事実/第4節 事実認定の方法/第5節 証明責任とその分配、転換
第12章 要件事実論
第1節 概説/第2節 民事訴訟法学、民事訴訟実務の理解のために有用な若干のポイント
第13章 証拠調べ
第1節 証拠調べ総論/第2節 証人尋問/第3節 当事者尋問/第4節 鑑定/第5節 書証/第6節 検証
第14章 判決とその確定、仮執行宣言、訴訟費用の負担と訴訟救助
第1節 裁判の意義と種類/第2節 判決の種類/第3節 判決の成立とその確定/第4節 仮執行宣言等/第5節 訴訟費用とその負担、訴訟救助、法律扶助
第15章 判決の効力
第1節 概説/第2節 判決の自縛力・覊束力/第3節 非判決、判決の無効、確定判決の騙取/第4節 既判力、執行力(主観的範囲)、対世効、反射効/第5節 争点効と信義則
第16章 当事者の意思による訴訟の終了
第1節 概説/第2節 訴えの取下げ/第3節 訴訟上の和解/第4節 請求の放棄・認諾
第17章 共同訴訟
第1節 多数当事者訴訟・共同訴訟の意義と類型/第2節 通常共同訴訟と同時審判申出共同訴訟/第3節 必要的共同訴訟/第4節 共同訴訟参加/第5節 主観的追加的併合
第18章 補助参加と訴訟告知
第1節 概説/第2節 補助参加の要件/第3節 補助参加の手続/第4節 補助参加人の地位/第5節 補助参加人に対する判決の効力(参加的効力)/第6節 共同訴訟的補助参加/第7節 訴訟告知とその効力
第19章 独立当事者参加
第1節 独立当事者参加の意義と機能、訴訟の構造/第2節 独立当事者参加の要件/第3節 独立当事者参加の手続/第4節 独立当事者参加の審理・判決・上訴/第5節 訴訟脱退
第20章 訴訟承継
第1節 概説/第2節 当然承継/第3節 参加・引受承継
第21章 上訴等の不服申立て
第1節 概説/第2節 控訴/第3節 上告と上告受理申立て/第4節 抗告/第5節 特別上訴
第22章 再審
第1節 概説/第2節 再審事由/第3節 再審の訴えの訴訟要件ないし適法要件/第4節 再審の手続
第23章 簡易裁判所とその審理、略式訴訟手続、家庭裁判所と人事訴訟
第1節 簡易裁判所とその審理/第2節 略式訴訟手続/第3節 家庭裁判所と人事訴訟
第24章 国際民事訴訟
第1節 概説/第2節 国際裁判管轄/第3節 外国判決の承認と執行/第4節 国際訴訟競合
事項索引
判例索引
書誌情報など
- 瀬木比呂志:著
- 紙の書籍
- 定価:税込5400円(本体価格5000円)
- 発刊年月:2019年3月
- ISBN:978-4-535-52236-7
- 判型:A5判
- ページ数:784ページ
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