(第9回)シェアリング・エコノミーに関する課税問題(伊藤剛志)
(毎月中旬更新予定)
渡辺徹也「シェアリング・エコノミーに関する課税問題―所得課税および執行上の問題を中心に―」
税務事例研究168号21頁(公益財団法人日本税務研究センター、2019年)より
近年、急速に発達し成長を続けるシェアリング・エコノミーは、租税法においても注目されている分野の一つである。政府税制調査会は、シェアリング・エコノミーについて「個人等の資産等(スキル等の無形資産を含む)をインターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする仕組み」1)と述べる。資産を複数で利用するという行為は、とりわけ新しいものではないが、現代ではインターネットやIT技術の発達・普及により、知らない者同士が結び付き、活用されていない資産・稼働していない資産を利用することが容易にできるようになっている。シェアリング・エコノミーの代表例としては、民泊(Airbnbなど)、ライドシェア(Uberなど)、フリーマーケット(メルカリなど)などがある。これらのシェアリング・エコノミーでは、(1)知らない者同士を結び付けるプラットフォーム企業が存在し、かかる企業の提供するプラットフォームを通じて、(2)商品・サービスを提供する者と、(3)商品・サービスを購入する利用者が結び付けられ、取引が行われるという特徴を有している。租税の賦課・徴収という側面から考えると、利益が生じる(1)プラットフォーム企業と(2)商品・サービスを提供する者に対する課税が特に問題となる。
シェアリング・エコノミーが惹起する問題の一つは、商品・サービスを提供する者(供給者)にとって、その商品・サービスを必要とする者(需要者)を探すコストが格段に低下し、これまでよりも零細で小規模なレベルでビジネスが成り立ち得るということ、そして、そのそれぞれのビジネスは零細で小規模であっても、総体としては無視できない規模となる、ということにあると思われる。我が国は、申告納税制度を原則としており、納税者は租税法令に従って自ら所得と税額を計算し納付をしなければならない。そのためには、納税者が自ら売上と費用を管理して租税法令に従った計算をする(自らにその能力が無ければ税理士等の専門家にそれを委託する)必要があり、シェアリング・エコノミーでもこの点は同様である。しかしながら、申告納税のために売上と費用を管理して所得と税額を計算し、そして適切な申告と納税をするコストもゼロではない。シェアリング・エコノミーでは零細・小規模なレベルでビジネスが成り立ち得るが故に、これらのコストが相対的に高いものとなる可能性がある。また、零細・小規模なレベルでビジネスが成り立ち得るが故に、法人形態よりも、個人が副業・兼業として商品・サービスを提供することが想定され、個人の所得課税が問題になる可能性が高い。我が国の租税制度は、申告納税制度を前提としながらも源泉徴収制度が発達しており、給与所得者は、源泉徴収と年末調整により納税が完了し、確定申告をしない者も多い。シェアリング・エコノミーにおける商品・サービスの担い手が、コストをかけずに適正な申告と納税をできる環境を整備することが重要である。
本論稿は、民泊アプリを利用して自宅マンションの一部を民泊に提供する者、配車アプリを利用して外国人観光客の送迎サービスを利用する者、フリーマーケットアプリを利用してブランドバックを売却する人気ホステスという事例を通じて、シェアリング・エコノミーにおける商品・サービスの提供者に生じる所得課税上の問題を具体的に示している。シェアリング・エコノミーにおける商品・サービスの提供者(本論稿では、「ホスト」と呼んでいる。)が個人の場合には、まず、所得種類が問題となる。最終的には個別の判断となるが、ホストが給与所得者の場合には、シェアリング・エコノミーからの利益は雑所得に該当することが多いと考えられる。もっとも、生活用動産をフリーマーケットアプリを利用して売却した場合など、非課税規定により、そもそも所得に該当しないと考えられる場合もある。
シェアリング・エコノミーでは、違法民泊や白タク行為のように、ホストの違法所得の問題も発生する。違法なシェアリング・エコノミーからの所得であっても、ホストには申告義務があるが、オンライン・プラットフォームが使いやすくなれば、申告されない違法行為も増える可能性がある。かかる問題の解決については、プラットフォーム企業の協力が必要であり、違法民泊を取り締まるために、Airbnbに対してホストの氏名や住所を法務執行機関に開示することを義務づける条例案を採択したNY市議会の例などが紹介されている。
ホストの所得が原則として雑所得となるならば、必要経費の控除が認められることとなるが、その範囲については問題となる。渡辺教授は、創設時のAirbnbのエピソードを紹介し、シェアリング・エコノミーには、利益を得るためだけでなく、趣味や楽しみといった要素があることを指摘している。例えば、民泊を提供するホストはゲストと仲良くなれたことに満足感を得ることもあり、ホストの消費活動とみられる側面もある。ホストの消費であれば、それに要する費用は必要経費に該当しない。しかしながら、渡辺教授は民泊において一切の必要経費が認められないとすべきではないとする。民泊により資産の使用頻度が上がり、資産価値の減少速度は速まることになるし、民泊による電気代や水道代の増加、業者に依頼する部屋の清掃代など新たに生じる費用もある。これらは家事関連費ではなく、雑所得における必要経費に該当する。実定法上は、所得税法施行令96条1号の解釈であり、雑所得を生ずべき業務の遂行上、必要である部分を明らかに区分することができる場合に該当する必要がある。
さらに、民泊事業の担い手が個人であるとすると、住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)の利用が継続できるかも問題となる。床面積の2分の1以上に相当する部分が居住の用に供されている限り、民泊のホストであっても税額控除の利益を享受することはできるが、本論稿は、その範囲などについて関連規定等を詳細に検討している。
本論稿は、シェアリング・エコノミーにおいて商品・サービスを提供する個人の所得課税を具体的に検討した論稿として、実務上、参考になるものと思われる。
本論考を読むには
・「税務事例研究」168号のページ(直近1年の電子書籍データ(PDF)はどなたでも閲覧できます。)
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伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2012年より西村あさひ法律事務所・名古屋事務所代表。2016年より東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。
脚注
1. | ↑ | 政府税制調査会「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告②(税務手続の電子化等の推進、個人所得課税の見直し)」2頁。 |