(第13回)参議院議員選挙における投票価値較差の合憲性(毛利透)

私の心に残る裁判例| 2019.08.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

◎参議院投票価値較差訴訟平成21年大法廷判決

公職選挙法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定の合憲性
平成19(2007)年7月施行の参議院議員通常選挙当時の参議院選挙区選挙の議員定数配分規定は、憲法14条1項に違反していたということはできない。

最高裁判所平成21(2009)年9月30日大法廷判決

【判例時報2053号18頁掲載】

私が投票価値較差訴訟について本格的に勉強し始めたのは、『判例講義 憲法』(悠々社、2010年)で参政権の章を担当することになったことによる。同書では、投票価値較差訴訟を、平等ではなくこの章で扱うことになっていた。当時はまだ衆議院については、一人別枠制を合憲とした平成11(1999)年判決が疑われていなかったが、参議院については判例に動きが生じていた。平成16(2004)年判決は2つの補足意見によって合憲の結論を支えるという異例の形式をとっており、しかもそのうちの一つの補足意見は従来の判例に対し批判的な姿勢を明確にしていた。

次の平成18(2006)年判決は、私にとって非常に不可解な判決であった。同判決は、問題となった選挙時の定数配分規定の合憲性を判断するのに、選挙後の法改正をも「考慮」に入れていたのである。私は、同書ではこれを「無理やりの合憲判断」と批判した。自分でも、最高裁判決に出現したこの「無理やり」さを生み出す論理が何なのか、引っかかりを覚えてはいたのだが、多くの判例を手短に解説するという同書の性格上、それ以上突っ込んで論じる紙幅はなかったし、自分でそれ以上論じるまでの関心も持ち合わせていなかった。

同書の原稿は平成21(2009)年判決の前には提出しており、同判決には注でほんの少ししか触れられなかった。これで投票価値較差訴訟ともお別れかと思っていたのだが、偶然にも、「民商法雑誌」からこの判決についての評釈を依頼されたのである(142巻4・5号に掲載)。平成21年判決もまた、選挙時の投票価値較差の合憲性を、選挙後の国会の取組みをも考慮に含めつつ判断している。私は、この機会に最高裁の論理をもう一度じっくり捉えなおそうと努力してみた。

私の理解したところでは、同判決は、従来の判決の流れを引き継いだように見せつつ、参議院の投票価値平等について新たな、より厳格な立場を示した判決であると同時に、投票価値較差合憲性の判断を大幅に立法者の努力に依存させる論理をも導入した、鋭い緊張関係を内包する-あえて言えば-スリリングなものであった。この緊張関係を指摘した私の判例評釈は、幸いにもその後しばしば引用していただいているが、まず間違いなく自発的には書かなかった文章だけに、少々大げさに言えば、運命のようなものを感じないでもない。

その後の衆議院・参議院双方についての判例の大きな展開は、周知のところであろう。私は、「判例時報」上での共同連載「憲法訴訟の実践と理論」において、今度は自発的に、この展開を振り返る機会を得た(2354号に掲載)。そしてその過程で、衆議院についての平成27(2015)年判決で千葉勝美裁判官が補足意見として、対象となる選挙後の事情を選挙時の投票価値較差合憲性の考慮対象に含める論理を説明したことに、―また少々大げさに言えば―感慨を覚えた。

この拙論を含む連載は、単行本化されて新たに刊行されている。手前味噌になるが、近年の憲法訴訟について有益な分析が含まれている(はず)なので、手に取っていただければ幸いである(判例時報2408号臨時増刊『憲法訴訟の実践と理論』2019年7月刊行)。

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毛利透(もうり・とおる 京都大学教授)
1967年生まれ。東京大学法学部助手、筑波大学助教授などを経て現職。
著書として、『表現の自由』(岩波書店、2008年)、『統治構造の憲法論』(岩波書店、2014年)、『グラフィック憲法入門 補訂版』(新世社、2016年)、『憲法Ⅰ 総論・統治(第2版)』『憲法Ⅱ 人権(第2版)』(共著、有斐閣、2017年)など。