刑事裁判の流れを確認しよう(イマセン・宮本和弥)
刑事裁判とは何か
1 刑事裁判とは
刑事裁判では、罪を犯したと疑われて裁判にかけられた人(裁判にかけることを「起訴(きそ)」といい、起訴された人を「被告人(ひこくにん)」といいます)が有罪かどうか、有罪の場合にどのような刑にするのか(「量刑(りょうけい)」といいます)を判断します。したがって、刑事裁判では、窃盗や傷害、殺人など犯罪に関する事件が対象となります。
2 刑事裁判の主な登場人物
刑事裁判では、被告人が有罪かどうか、有罪の場合に量刑を判断する裁判官(さいばんかん)、罪を犯したと疑われる人を起訴して処罰を求める検察官(けんさつかん)、起訴された被告人を弁護する弁護人(べんごにん)で裁判が進行します。このほか、裁判のやりとりを記録する裁判所書記官(さいばんしょしょきかん)や法廷の管理をする廷吏(ていり)などがいます。
3 裁判員裁判制度(さいばんいんさいばんせいど)
有権者のなかから選ばれた一般市民がプロの裁判官と一緒になって、被告人が有罪か無罪か、また有罪の場合にはその量刑を判断する制度を裁判員制度といいます。この選ばれた一般市民を「裁判員(さいばんいん)」といいます。裁判官3名、裁判員6名の合計9名で裁判体を構成します。
裁判員裁判は、たとえば、殺人や身代金目的の誘拐、人が住んでいる建物への放火など、刑罰として死刑や無期懲役(むきちょうえき)などが定められている重大犯罪や、故意に被害者を死亡させた事件を対象とします。したがって、万引きや暴行などは、裁判員裁判の対象とはなりません。また、裁判員裁判は、第一審(地方裁判所)のみなので、たとえ殺人などの重大事件も、控訴(高等裁判所)・上告(最高裁判所)では裁判員裁判にはなりません。
ところで、裁判員は、本来の仕事や生活があるので、負担を少しでも軽減する必要があります。そこで、裁判員裁判では、公開の法廷で行われる審理の前に、裁判官や検察官、弁護人で事件の争点や証拠を整理する準備を行い、集中して審理できるようにします。この手続を公判前整理手続(こうはんぜんせいりてつづき)といいます。なお、裁判員裁判以外でも争点整理をする必要性が高い場合は、公判前整理手続に付されることがあります。
刑事裁判手続きの流れ
1 冒頭手続(ぼうとうてつづき)
刑事事件の審理は公開の法廷で行います。これを「公判」といい、その期日を「公判期日」と呼びます。
(1)人定質問(じんていしつもん)
裁判が開廷すると、はじめに、裁判官が、起訴状に書かれた人物と出廷した人とに人違いがないかどうかを確認するため質問をします。これを人定質問といいます。人定質問の際には、氏名や生年月日、住所、職業などを質問します。なお、ドラマや映画などでは裁判官が木づちを叩いているシーンがありますが、日本の裁判では木づちを叩くことはありません。
(2)起訴状(きそじょう)の朗読
検察官は、起訴状を読み上げます。起訴状には、審理の対象となる具体的な犯罪事実(これを「公訴事実(こうそじじつ)」といいます)や罰条(ばつじょう)が書かれています。これが、これから検察官が立証していく事実になります。
なお、性犯罪などの被害者の氏名等が公開の法廷で明らかにされると、被害者の名誉やプライバシーが著しく害されるおそれがあります。そこで、刑事裁判では、被害者の氏名や住所、勤務先や通学先、家族の情報などを公開の法廷で明らかにしないようにすることができます。これを「被害者特定事項の秘匿決定(ひがいしゃとくていじこうのひとくけってい)」といいます。
(3)黙秘権(もくひけん)の告知
審理に先立ち、裁判官は、被告人に対して、終始沈黙していてもいいし、言いたくないことは言わなくてもよい、という権利があることを伝えます。この権利を「黙秘権」といいます。なので被告人は、黙秘権を行使して黙っていても、それだけでは不利益には扱われません。
(4)罪状認否(ざいじょうにんぴ)
黙秘権を告知した後、裁判長は、被告人と弁護人に対し、公訴事実について意見を聴きます。これを「罪状認否」といいます。この段階での被告人側の認否は、「間違いありません」とか、「私はやっていません」、または「殺すつもりはありませんでした」などという概括的なものです。被告人の詳しい言い分は、審理の最後の「被告人質問」のときに聞くことになります。
2 証拠調べ手続(しょうこしらべてつづき)
(1)冒頭陳述(ぼうとうちんじゅつ)
証拠調べ手続では、まず、検察官が、被告人の身上や経歴、犯行に至る経緯・犯行の状況など、これからの審理で証拠によって証明しようとする事実(事件の全体像)を述べます。これを「冒頭陳述」といいます。
また裁判員裁判では、弁護人も冒頭陳述を行います。弁護人は、被告人の主張の基礎となる事実や証拠調べの際に着目してほしいポイントなどを述べます。
証拠調べ手続の最初に冒頭陳述をさせるのは、検察官と弁護人が対立点や証拠調べのポイントを示すことによって、分かりやすい審理となるようにするためです。
(2)証拠調べ請求(しょうこしらべせいきゅう)、証拠意見(しょうこいけん)、証拠決定(しょうこけってい)
刑事裁判では、法廷で見た証拠物や証人や被告人から聞いた話だけに基づいて、被告人が有罪かどうか、そして有罪のときは量刑を判断します。法廷で証拠物を見たり、証人から話を聞くことを「取調べ(とりしらべ)」といいます。
検察官と弁護人は、それぞれ取調べて欲しい証拠(物証や供述、証人)を裁判所に請求します。これを「証拠調べ請求」といいます。検察官請求証拠のうち、被告人の言い分が書かれている供述調書(きょうじゅつちょうしょ)や身上経歴にかかる書面(戸籍や前科調書)を乙号証(おつごうしょう)と呼び、それ以外の証拠を甲号証(こうごうしょう)と呼びます。たとえば、凶器の包丁や医師の鑑定書、目撃者の供述調書などは甲号証になります。他方、弁護人請求証拠は弁号証(べんごうしょう)と呼ばれます。たとえば、被告人が作成した謝罪文や、被害弁償として支払ったお金の受領証などが弁号証になります。
裁判所は、検察官と弁護人の証拠調べ請求について相手方から意見を聴き、証拠を取り調べるかどうかを判断します(これを「証拠決定」といいます)。誤判をさけるために、法律で証拠にしてはならないものの決め事もあります。
なお、裁判員裁判では、公判前整理手続において証拠決定まで済ませているので、証拠請求などは公判期日では行われません。その代わりに、裁判所は、公判前整理手続の際に整理された争点や、採用された証拠などを告げることとなっています。
(3)証拠調べの実施 など
ア 証拠調べは、まず、犯罪事実について立証責任を負う検察官請求証拠から取り調べ、次いで弁護人請求証拠を取り調べます。最後に被告人質問を行うのが通例です。
証拠調べの方法は、証拠書類の場合は朗読(読み上げること)、証拠物の場合は展示(物を示すこと)、証人の場合は尋問(質問して回答を得ること)になります。
証人尋問のはじめに、証人に対して宣誓(せんせい)をさせます。宣誓は、「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」などといった内容になります。裁判長は、宣誓をした上で記憶に反した証言をすると、偽証罪として処罰されることがあることを証人に告知します。
これに対し、被告人質問では被告人に宣誓をさせません。被告人には黙秘権がありますし、自己を守るために真実と違うことを供述してもやむを得ないという考えがあるからです。
証人尋問の順序は、まず証人尋問を請求した者が尋問し(「主尋問」)、次に相手方が尋問し(「反対尋問」)、さらに請求者が尋問し(「再主尋問」)、最後に裁判官・裁判員が尋問します。裁判官や裁判員の質問を「補充尋問」と呼びます。被告人質問も証人尋問と同じですが、最初に弁護人が質問します。
イ 刑事裁判では、証人等を保護するため次のような制度が設けられています。
まず、証人尋問をするにあたって、証人が被告人や傍聴人の面前では圧迫を受け精神の平穏が著しく害されるおそれがある場合には、証人の精神的負担を軽減するために、証人と被告人や傍聴人との間を遮へいする措置(ついたてなど)を採ることができます。被告人が暴力団関係者である場合や、証人が性犯罪の被害者などの場合がその典型例です。
また、遮へい措置以外にも、テレビモニターを通して、法廷外(別室)にいる証人を尋問するビデオリンク方式などもあります。
ウ 被害者やその遺族等が被害に係る刑事裁判に深い関心を持ち、審理に関与したいとの心情は十分に尊重されるべきものです。そのため、刑事裁判では、被害者等が裁判に参加できる制度を設けています。これを「被害者参加制度」といい、参加を許された被害者等を「被害者参加人(ひがいしゃさんかにん)」といいます。
被害者参加人は、証人に対して、犯罪事実以外の事情、たとえば示談や謝罪の状況について尋問をすることができます。また、意見陳述をするために必要な場合には、被告人に対しても質問をすることができます。
3 論告(ろんこく)、弁論(べんろん)
(1)論告・求刑(きゅうけい)
証拠調べが終わると、まず、検察官が論告をします。論告では、被告人が犯した罪となるべき事実が証拠によって十分証明されていることや、被告人に科せられるべき刑罰の種類や量(懲役5年など)について意見を述べます。この刑罰についての検察官の意見を「求刑」といいます。
なお、被害者参加人も検察官とは別に、意見陳述をすることができます。被害者参加人は求刑について意見を述べることが多いです。
(2)弁論
弁護人も、意見を述べることができます。この弁護人の意見陳述を最終弁論(さいしゅうべんろん)と呼んでいます。
(3)最終陳述(さいしゅうちんじゅつ)
すべての審理が終わった後、最後に被告人に陳述させる機会を与えます。被告人は「大変申し訳ございませんでした」と述べたり、否認している案件では、「私はやっていません。無実です」などと述べます。
そして、裁判長は、すべての審理が終了したことを伝えて、判決の言渡し期日を指定し、閉廷となります。
4 評議(ひょうぎ)
合議体や裁判員裁判の場合には、裁判官と裁判員は、非公開の評議室で、被告人が有罪か無罪か、有罪の場合は量刑などを判断します。様々な議論を尽くし意見の一致を目指しますが、最終的には多数決で決めます。裁判官も裁判員も同じ一票ですが、たとえば裁判員6名全員が有罪と判断しても、1人も裁判官が有罪と判断しない場合には、被告人を有罪にできないなどの特別なルールもあります。
5 判決宣告(はんけつせんこく)
裁判所は、公開の法廷で、被告人に対して、評議で決まった判断(「判決」)を口頭で宣告します。民事裁判の判決は、当事者が出頭しなくても言い渡すことができますが、刑事裁判の場合には被告人が在廷していなければ言い渡すことができません。
判決の宣告は、主文と理由を告げます。主文には、「被告人を懲役3年に処する」といった刑罰の種類と量です。理由では、裁判所が認定した「罪となるべき」が記載され、被告人が争っていた場合には争点に対する判断も示します。刑事裁判は、「疑わしきは罰せず」という大原則と、検察官が犯罪事実の立証責任を負っているので、証拠調べをした結果、合理的な疑いを入れない程度に証明できなかった場合には、被告人を無罪としなければなりません。
6 不服申立て
判決が宣告された日の翌日から14日間は不服申立期間となります。この不服申立てを控訴(こうそ)といいます。判決に不服があれば、検察官も、被告人・弁護人も控訴を申し立てることができます。
不服申立期間にどちらからも控訴の申立てがなされなければ、判決が確定することになります。
刑事裁判フローチャート
刑事裁判フローチャート(クリックするとPDFが開きます)
(イマセン、補助:宮本和弥)
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イマセン
本名今井秀智(いまい・ひでのり)。弁護士。弁護士法人東京開智法律事務所代表。新潟県生まれ。中央大学法学部卒業。1991年検察官(43期)、1997年弁護士登録(東京弁護士会)。「昔話法廷」(NHK Eテレ)などの法律監修も行っている。
宮本和弥
國學院大學法科大学院修了。平成30年司法試験合格・現司法修習生(72期)。