総論:スラップ対策についての整理(青木歳男)(特集:スラップ訴訟の形態と対策)
◆この記事は「法学セミナー」780号(2020年1月号)に掲載されているものです。◆
特集:スラップ訴訟の形態と対策
スラップ訴訟への有効な対策が提示されていない状況のなか、同訴訟の判定基準および抑止・被害救済に資する方策について検討する。
――編集部
1 はじめに
スラップは、アメリカにおいて「市民参加に対する戦略的訴訟」(Strategic Lawsuit Against PublicParticipation)と呼ばれるものである。典型的な場面として、次の例を挙げよう。
ある宗教団体が大規模な団体施設を建設しようとして、それに反対する地域住民と対立した場合に、ある地域住民がミニコミ誌を作成して抗議の意見を表明し、これを配布した行為に対して、宗教団体がミニコミ誌に記載された表現は名誉棄損に当たるとして訴訟を提起するという場面である。
地域住民は、弁護士費用等の金銭的負担、応訴して訴訟を戦わなければならない時間や労力を強いられ、訴えられたことや敗訴するかもしれない不安といった心理的負担を強いられる。
その訴訟の目的が、住民運動を弱体化させるための不当なものであった場合が問題である。訴訟の勝ち負けを度外視して、被告を威嚇し、疲弊させ、疲弊していく様を周辺の協力者に見せつけることにより、反対運動全体を萎縮させることを目的とし、反対運動を弱体化させるための戦略的な手段として訴訟が利用される場合である。
このような場合であっても、被告は判決まで訴訟に付き合わなければならない。あるいは仮に、その訴訟に勝利し、場合によっては低額の賠償金を得たとしても、訴訟が終了した時点で周辺あるいはメディアは、原告を恐れて沈黙しているかもしれない。
このような不当な訴訟制度の悪用を抑止し、被害者を救済する必要があるとすれば、それはどのような場合であろうか、具体的に論じていきたい。
なお、米国諸州で法的に定義されるスラップは、概して請願権ないし表現の自由を侵害する目的で提起される訴訟を指す。本稿において、スラップ訴訟は、日本における不当訴訟の中でも、表現の自由に対して脅威となる不当訴訟と位置付けて論じる1)。
脚注
1. | ↑ | 本稿では、このような日本における不当訴訟を「スラップ訴訟」、アメリカのSLAPPを「スラップ」と区別して表記する。 |