生きづらさから解放された後に何が起こるのか(林利香)(特別企画:摂食障害の生きづらさ

特別企画から(こころの科学)| 2019.12.25
心理臨床、精神医療、教育、福祉等の領域で対人援助にかかわる人、「こころ」に関心のある一般の人を読者対象とする学術教養誌「こころの科学」。毎号の特別企画では、科学的知見の単なる解説ではなく、臨床実践に基づいた具体的な記述を旨としています。そうした特別企画の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆本記事は「こころの科学」209号(2020年1月号)の、永田利彦=編「摂食障害の生きづらさ」に掲載されているエッセイです。◆

かつては非の打ち所がない良家の子女を襲う奇病であった摂食障害は、誰もが痩身に憧れダイエットに励むようになるとともに多様化し、現在では小学生から中高年、男性にまで波及しています。往々にして患者本人は受診を拒否し、家族ばかりが危機感に苛まれます。治療者は摂食障害の背景にある「生きづらさ」に気がつくにつれて、多次元的・重層的な取り組みを創り出してきました。日々当事者に向き合う臨床現場の実践を、本特別企画では紹介します。

平日の残業帰り。JRと私鉄を乗り継ぎ、改札を右に出て飛び込んだ閉店間際のスーパーで、当時同棲していた彼に尋ねた瞬間を私は今でも鮮やかに思い出せる。夜を忘れさせるほどにまばゆい、人影まばらな東急ストア。鳥肌が立つほど冷え過ぎた食品売り場。「牡蠣を食べれば恋に落ちる」と朗らかに歌う能天気なBGM。
「ねえ。いつも思ってるんだけどさ」

「何?」

「豆腐、10種類も売る必要あるのかな」

彼は3秒ほど考えて言った。

「僕は豆腐が10種類ある世界が素晴らしいと思うけどな」

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