(第18回)会社法を考える:平成から令和へ(野澤大和)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2020.02.19
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

松井智予「平成年間の会社法」

法律時報91巻9号(2019年8月号)30頁~34頁より

2019年12月4日、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)(以下「令和元年改正会社法」という)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)が成立し、同月11日に公布された。令和元年改正会社法の主な改正項目は、株主総会資料の電子提供制度の創設、株主提案権の制限、役員報酬の規律の見直し、会社補償・D&O保険の規律の整備、社外取締役への業務執行の委託、社外取締役の選任の義務付け、社債管理補助者制度の創設、株式交付制度の創設等である。このように多岐にわたる改正項目を見ると、株主の個別の同意なく電磁的方法による提供を可能とする株主総会資料の電子提供制度の創設や新たなM&Aの手法となる株式交付制度の創設等の規制緩和という側面だけでなく、株主提案に係る議案の個数制限や有価証券報告書提出会社である監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)への社外取締役の選任の義務付け等の規制強化という側面もあるように思われる。令和元年改正会社法に対する評価は今後実務及び学界において検証されることになるが、統一的な評価はますます難しくなってきている(神田秀樹他「【座談会】『会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱』の検討」ソフトロー研究第29号(2019年)24頁、25頁〔田中亘発言〕)。令和時代の会社法を考えるにあたり、一歩立ち止まって平成時代の会社法を振り返ってみることは重要である。

法律時報2019年8月号
定価:税込2,310円(本体価格 2,100円)

本稿は、昭和時代から平成時代にかけて起きた、会社のガバナンスを支えるプレイヤーやそのルールの策定者の変化及びそれを背景とした会社法学の変化を分析し、将来の会社法制度の方向性や課題を展望するものである。

まず、本稿は、平成時代のガバナンスの変化について、①銀行規制の国際化・厳格化と機関投資家の台頭、②系列による持ち合いから持株会社構造による統一的戦略的な事業体への変化、③内部昇進によるガバナンスの限界、④働き方の多様化と人事政策を指摘する。

①昭和時代のメインバンクによる企業のモニタリングは、バブル崩壊後の銀行の財務健全性確保のための規制強化を受けた株式保有比率の低下に伴って機能しなくなった。平成時代には、銀行に代わって機関投資家の株式保有比率が上昇し、その投資行動も受動的な分散投資から積極的なガバナンスへの介入及び長期的な対話によるガバナンスとの協調へと順次変化した。②昭和時代には企業の株式は銀行及び系列グループ内で分散保有されていたが、銀行の財務健全化に伴って持ち合いは解消され、機関投資家による株式保有が増大し、持ち合い株式が問題視されるようになった。また、企業側でも戦略的に事業を組み替えたり業務プロセスを効率化し、持株会社形態によるグループ経営・管理が重要性を増した。③終身雇用の終着点として同質・多人数の社内取締役によって経営陣が構成される傾向にあったが、事業サイクルの早まりや不祥事等を経て、平成時代には外部の視点の必要性について理解が高まり、会社法の改正や議決権行使助言会社による圧力等によって経営陣の監督が期待される社外取締役の導入が進んだ。④次世代の経営者を生み出す仕組みの一つである終身雇用は、長時間労働を前提としない多様な働き方等により平成末期では維持することができなくなってきた。

次に、本稿は、平成時代のガバナンスの変化を受けた平成時代の会社法学の変化を分析する。第一に、企業において法を諸環境の一つとしてとらえ、遵守のコストを意識し、規定の性質が任意法規である限り積極的にカスタマイズしたり利用することでビジネスの目的を達成する姿勢が顕著になった。第二に、企業を活性化する戦略の一つとして会社法が意識され、平成年間に規制緩和が繰り返され、政経界が政策実現の道具として企業法制に着目し、急速な改正が進められた。

第三に、会社法を制度の一部として理解しようとする動きが強まり、会社法学において、従来無自覚に強行法規的説明を与えられていた諸制度を再度問い直したり、任意法規として捉えることが望ましいか、その場合の弊害や他の制度による担保可能性等を検討するようになった。また、会社法が所与のものとする社会環境等の理解が重視され、経済学的・統計学的手法による分析が利用されるようになった。そして、社会への関心は、会社法学者の研究対象の多様化(ソフトロー、取引慣習、人間行動など)を生むことになった。

最後に、本稿は、平成時代のガバナンス及び会社法学の変化を受けて行われた、ハードローからソフトロー、ルールからプリンシプルへと企業の選択できる規範の幅を広げてきた平成年間の制度改正が、将来の会社法制度の方向性をある程度固定化したと評価する。一方、平成末期に生じたSDGs等の新たな課題が規制緩和とグローバル化を志向してきた平成時代の政策からの何らかの変更が迫られる可能性も指摘する。そうした変化に自覚的であることが会社法を取り扱う上では不可避の課題であると総括する。

令和元年改正会社法は平成年間の規制緩和の流れを受け継ぐものであることは間違いないが、冒頭に指摘したとおり、統一的な評価は難しくなってきている。こうした平成年間の制度改正が将来の会社法制度の方向性をある程度固定化したという本稿の評価には異論があり得るかもしれない。しかし、本稿の意義は、令和時代の会社法を考える上で、会社法改正の背景にある会社のガバナンスやルールの策定者の変化、社会環境の変化等に自覚的でなければならないことの重要性を説くことにあろう。

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野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年ノースウェスタン大学ロースクール卒業(LL.M.)。15年ニューヨーク州弁護士登録・シカゴのシドリーオースティン法律事務所で研修。15年~17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、「有価証券報告書の記載事例の分析:企業内容等の開示に関する内閣府令の改正を受けて」別冊商事法務444号(共著、2019年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)、「有価証券報告書の記述情報(非財務情報)の分析:役員報酬にかかる情報」資料版商事法務429号(共著、2019年)、「武田薬品によるシャイアー買収の解説〔I〕~〔VI〕」旬刊商事法務2199号2204号(共著、2019年)、「取締役会の監督機能を補完する任意の委員会の委員としての活動と会社法上の報酬規制」旬刊商事法務2200号(2019年)ほか多数。