香港・市民たちが求めるものは──写真家が見た香港デモの7か月(キセキミチコ)
2019年、香港での大規模なデモの様子が次々と報道されました。
逃亡犯条例の改正案をきっかけに、その廃案が発表されたのちも抗議は続き、区議会議員選挙で民主派が大勝して、年が明けても続いていました。香港の市民は何を求めて抗議しているのでしょうか。現地で7か月にわたってデモ隊や街の様子を撮影し、抗議する人々のことばに耳を傾けてきた写真家に、お話をうかがいました。
実は香港では、ご自身の作品作りをする予定だったというキセキさん。デモ参加者が目の前で警官に殴られるのを見て大きな衝撃を受け、いま自分のいるところで起きていることが、すぐには受け入れられなかったといいます(そのときのことはこちらに短くまとめられています)。6月9日から始まり、日々変化し続けている抗議デモを前にして、「とにかく街に出て撮り始めた」というキセキさんに、2020年2月6日、電話にてお話をお聞きしました。
7月頃には出そろっていた市民たちの要求
キセキ 私が初めて参加したのは、7月の中旬でした。平和的に行進を行うデモで、参加者の年齢も幅広く、非常に大規模で、人々が道を埋め尽くすようなものでした。
この時点ですでに、デモの参加者たちは、5つの要求、いわゆる「五大要求」を求めていたように記憶しています。というのも、要求はいきなり5つ出てきたわけではなくて、3つになり、4つになり、と段階的に固まっていったからです。
香港市民の5つの要求(五大要求、五大訴求)
1 逃亡犯条例1)の完全撤回
2 6月12日のデモの「暴動」認定を撤回(その後、全てのデモの暴動認定の撤回)
3 デモ参加者の起訴の取り下げ
4 警察組織の独立調査委員会の設立
5 普通選挙の実施
──逃亡犯条例の改正案については、9月に正式に撤回するという発表がありました。
キセキ 逃亡犯条例改正案じたいに批判の声が上がり、それがきっかけでデモが始まったのは確かですが、背景には香港が抱える大きな問題があります。例えば、住宅問題です。
いま香港は、世界で一、二を争う地価の高い都市ですが、中国の富裕層が住宅を買い占め、異常な値段で貸しているという状況があるのです。これでは香港の人たち、とくに若者たちは生きられません。彼らの生きづらさが根本にあるのです。そして、自分たちの生活の改善、生きづらいといった声を届けたくても「民主的な選挙が行われていない」と語ります。
──香港の行政長官は、選挙委員会により選出され、中国の中央人民政府(国務院)により任命されます。立候補者は中国の同意が必要です。親中派でないと認められないのではないですか。
キセキ 結局のところ、それは富裕層を代表する人なのです。返還時に約束した「一国二制度」が守られておらず、本当に自治はあるのか、事実上「中国の支配下におかれている」と語る人も少なくありません。
市民活動としてのデモを暴動と決めつけられ、発言の自由もない、集会を行う権利もない、人権も守られていない。6月12日のデモで、いきなり催涙弾を発砲したというのも象徴的でした。
抗議のデモはどんどん大きくなり、11月頃には街中で催涙弾が飛び交い、「戦場のような」としか表現できない状況が続きました。
街の人々の様子は
──デモに対する街の人々の受け止めはどのようなものですか。
キセキ 香港にはさまざまな人がいます。香港で生まれ育った人もいれば、もともとはメインランドから来ている人も多い。親は中国出身で、子は香港生まれ香港育ちということもあります。そうすると親戚は中国にいて親は親中派だったりします。もちろん、いろんな考え方の人がいます。
最初の頃は、主に情報をテレビで得ている年配の人々からは、「ものを壊したり、レンガを投げたりする若者たちが悪い」という声が聞こえてきました。次第にデモが大きく、頻繁になり、警察の動きやその他の情報が明るみになるにつれて、商店を営んでいる人や年配の人たちの中にも、デモを支援する動きが出てきました。平和的なデモのときも、攻撃的なデモのときでさえ、おじさんおばさんが水や食べ物を配ったりして、サポートしている姿を見かけます。
──デモ参加者の親世代などはどうでしょうか。
キセキ デモ参加者の親に直接話を聞く機会はありませんでしたが、参加者本人に聞くと、親が政治に関わる仕事をしていたり、中国製品を扱うなど中国とビジネスをしているなどの場合、考え方が対立するので、「家出して参加している」とのことでした。
最前線で体を張っている子たちはとても若いのです。だから、彼らを犠牲にしていると言われることもあります。その親世代の30代~40代になると、仕事があるので、捕まることはできない。前線に行けないから、その代わりに若い子たちを全面的にサポートしたい、という人たちはかなり多いようです2)。
──デモの制圧についてどのように感じますか。
キセキ いま、逮捕者は7000人を超えました。行方不明者も、不審死も、「自殺者」もたくさん出ています。デモ参加者たちも、逮捕されればどういうことが起こるか、みんなわかっている、と言います。自分たちは声を上げる自由がなく、中国に睨まれれば個人なんて抹殺されてしまう可能性だってある。そんなことは小さいときから知っている、と言うのです。
私はそういう話を聞くとショックを受け、悲壮感でいっぱいになってしまうのですが、香港の人たちは、それよりも、怒りの感情の方が強いのです。いま勝たないと自分たちの未来はない、と考えているのです。
暴力的なデモもあります。そういった写真や映像を観たことのある人も多いでしょう。でも市民たちが自由を奪われ、そのような方法でしか抗議できないところまで追い詰めたのは誰か、なぜか。それも考えなければならないと思います。
──2020年に入ってからのデモの様子はどのようなものでしょうか。
キセキ 2019年11月末に区議会選挙が行われ、民主派が圧勝しました3)。その頃を境に、大規模なデモは少なくなっていたのは確かです。むしろ11月が異常だったのでしょう。皆、疲れ果てていましたし、その時点でだいたい半年で、引き続き声を上げながらも、その頃は「旧正月前にどうにかなるだろう」という言葉が、よく聞かれました(2020年の香港の旧正月は1月25日)。
しかしながら、年が明けると、新型肺炎が猛威を振るい始め、1月5日頃にはマスクをして警戒を、などと言われ、1月末には、危険だということで集会がキャンセルされていきます。そのようななか、今度は新型肺炎に関係して政府のやりかたに批判が集まり、デモに発展しています。
隔離施設を作るのに政府が指定した場所が、これだけ住宅問題が深刻化しているにもかかわらず、新築の政府住宅だったこと。その建物と隣接のアパートの下水管がつながっていることが判明したこと。これは2003年のSARS流行の際、大きな感染経路の一つが下水道だったということで、そのときの経験も生かされていなかったということです。
隔離施設は必要だと思いますが、より条件の整っている場所、例えば中心から離れたところにちょうどよい建物があっても、なぜか案として浮上せず、調べてみると近くに政府関連の人が住んでいたり、富裕層が不動産を持っていたりするということもあると聞きました。
また、中国国境の閉鎖も遅れていて、医療従事者のストライキも行われています。
私たちも同じように、知らないうちに自由が奪われるかもしれない
──7か月間取材をされて、いまもっとも伝えたいことは。
キセキ ひとことでは難しいのですが、香港で何が起こっているのか、関心を持って知ってほしいです。これだけ香港の若い子たちが自分の未来のために闘っている、自分の将来のこととともに香港のことを考え、行動を起こしている、ということを日本の人たちにも知ってもらいたい、彼らの言葉を聞いてほしいと思うのです。
日本は敗戦国で、「与えられた民主主義」と言われることがあります。自分たちの手で勝ち取った民主主義ではない、と。そう考えると、私たちはいろんなことに鈍感になってしまっているのではないかと思います。
日本で同じような状況になることはないかもしれませんが、いつか自分たちの自由や権利が知らないうちになくなってしまうんじゃないか、民主主義だってどうなるかわからない、という想像力を持つことが大切ではないかと思うのです。
私は、2019年12月、写真展「#まずは知るだけでいい展 2019年 香港 私の悲しみと祈り」を開催しました4)。5日間で2000人という、思った以上の人に来ていただきました。半分くらいの方々が、泣いて帰っていかれました。何ができるかわからないけれど、まずは本当に知るだけでいい、という言葉に後押しされて来ました、と言っていた方もいて、こういうかたちで写真展ができてよかった、と思います。そして、私がやってきたことに意味があったんだな、ということを、ようやくこのときに感じることができました。
2月末に、私は日本に帰ります。これからは、日本と香港を行き来しながら、香港の人々を見届けていきたいと思っています。撮影した写真は、引き続きインスタグラムなどで見られるようになっていますので、ぜひご注目いただければと思います。
──ありがとうございました。
(2020年2月6日インタビュー)
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脚注
1. | ↑ | 香港と犯罪人引渡協定を結んでいない、中国本土や台湾、マカオの捜査当局が、香港に対して事件の被疑者の身柄引渡しが要求できるようになるため、中国による恣意的な拘束や、不当な裁判につながりかねないと懸念の声が上がった。 |
2. | ↑ | 金銭的、物資の支援。同盟基金や、店先での募金で寄付を募り、デモ隊の支援に使用。例えば、デモ参加時の物資、逮捕時の弁護士費用、逮捕後の生活費などの支援。 |
3. | ↑ | 2019年11月24日に行われ、民主派が全452議席の9割にあたる390議席を獲得した。投票率は71%を超え、過去最高を記録した。 |
4. | ↑ | 2019年12月17日~22日まで。ジャーナリストの堀潤氏、コピーライターの澤田智洋氏との合同企画。 |
写真家。1981年ベルギー生まれ。香港、フランスで少女期を過ごす。日本大学藝術学部写真学科卒業。2019年7月より香港に滞在。
2017年EWAAC (LONDON) finalist、2019年APAaward2019広告写真部門/写真作品部門 入選。SNS上で香港デモの最前線を追った「#まずは知るだけでいい展」をスタート。「香港 私の悲しみと祈り」開催。
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