米国ロー・スクールにおける情報技術(IT)と法学教育―文明の衝突か、幸福な結婚か(ジェイ・P・キーサン、訳/曽野裕夫)

2020.05.08
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響で、さまざまな教育権場において、オンライン授業等の遠隔授業が手探りで開始されています。この状況を受け、Web日本評論では、アメリカの法学教育における「教室のいらない教育」(インターネットを通してのみなされる教育や授業)をめぐる議論を紹介し、その障壁と積極面、注意点等を論じた、ジェイ・P・キーサン(訳/曽野裕夫)「米国ロー・スクールにおける情報技術(IT)と法学教育―文明の衝突か、幸福な結婚か」(「法律時報」2002年3月号 掲載の「特集/情報技術革新と法科大学院教育ー[ITと法学教育機関、そして法学教授法]より)を再公開します。
なお、執筆者の所属等は刊行時のままで公開しています。

◆この記事は「法律時報」74巻3号(2002年3月号)に掲載されているものです。◆

【特集】情報技術革新と法科大学院教育ー[ITと法学教育機関、そして法学教授法]

Ⅰ はじめに

われわれの住む世界は情報技術(IT)の発展によって革命的に変貌し、いまや技術を介して相互に接続し、一体となっている。情報革命は、より高性能のコンピュータ、高速通信ネットワーク、電子的なテキスト・音響・映像を同時に取り扱える技術をもたらしたが、こういったITの発展は、社会制度から普通の市民の生活にいたるまで、社会全般に変化をもたらしている。とくに、ロー・スクールをはじめとする高等教育機関をとりまく環境は、技術の変化によってすっかり様変わりした。本稿は、ITが法学教育に与えた影響を検討することを目的とする。以下では、ロー・スクールの教室内外でITが活用されるようになったことで生じた文化の変化、アメリカの法学教育にITを取り入れることへの賛否、ヴァーチュアルなロー・スクールの登場といった問題を扱うことにしよう。

ところで、法学教育においてITやインターネットの利用を増やすことに対しては多くの障壁や抵抗がある。これらには、制度的なものもあれば、教育上の配慮に基づくものもある。しかし他方で、法学教育においてITの利用を増やすことに積極面があることはたしかである。これからの法実務ではITに習熟していることが求められるから、学生をそれに備えさせるために、ITをある程度は法学教育に取り入れるべきことに異論はないのである。また、インターネットは、法学教育のコストを下げ、人々が法学教育にアクセスしやすくするための重要な道具にもなりうる。

これらの問題に関する両極端の考え方が、「教室のいらない教育」(classroom‐free education)をめぐる、支持者と批判者の間の議論にみられる。Robert Oliphant教授(William Mitchell College of Law)は、Concord Law Schoolの遠隔法学教育の努力を賞賛し、アメリカ法曹協会(ABA)がインターネット上のロー・スクールに対する認定(アクレディテーション)をできるように認定基準を変更しようとしないことを批判する。Harvard Law SchoolのArthur Miller教授は、Concord Law Schoolのために講義を行い、同校の試みを支持するとともに、自分の名声を貸している。それに対して、議論の対極には、合衆国最高裁のRuth Bader Ginsburg裁判官がいる。彼女は、Concordを公に批判し、遠隔法学教育一般に対する懸念を表明している。

とはいえ、法学教育における、ある程度のIT利用に積極面があることを認めない者はほとんどいない。ITを導入した「拡張された教室(extended‐ classroom)」でも、「教室のいらない教育」と同様の問題が生じはするが、その程度は、「教室のいらない教育」ほど深刻ではない。現在アメリカですべての教育をインターネット上で行っているロー・スクールは、Concord Law Schoolしかないが、ほとんどすべてのロー・スクールが、法学教育を促進するためにITを用いている。

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