(第21回)実務家が外国法に触れる際の視点(松井博昭)
(毎月中旬更新予定)
両角道代「外国法を学ぶ意味─労働法の視点から」
法律時報92巻4号(2020年年4月号)29頁以下
筆者は、主に労働法について、外国法に触れる機会が度々あった。その際に、実務家としてどのような視点で分析すべきかを漠然と考えてきたが、この点について考え直す良い機会になったのが両角道代「外国法を学ぶ意味─労働法の視点から」である。
本稿は、冒頭でClyde Summersの言葉を引用し「すべての比較法と同様、比較労働法においても、我々はまず比較と対比に着目する。しかし、それは始まりに過ぎない。それだけなら、動物園に来た小学生が、首がひょろ長い脚だけでできているみたいなキリンを見て驚くのと変わらない」とする。比較と対比はあくまでも出発点に過ぎず、より重要なのは、外国法と自国の法の相違点に対し「なぜ、そのような違いがあるのか?」を問うことであり、適切な問いを重ねれば、自明と考えていた前提から解放され、新しい視点を得て、自国の法のより良い理解に至ることができると述べる。そして、海外の優れた法理論に接することもまた利点であるとする。
では海外の優れた法理論とは何か。本稿は、Anna Christensenが生み出した「規範フィールドにおける規範パターンの理論」(以下「規範パターン理論」という。PDFはこちら)を例として挙げる。規範パターン理論は、法を階層的秩序としてでなく、「規範フィールド」における複数の「規範パターン」として理解することで、社会的次元における法の動的発展を分析することを目的とする理論である。その中でも重要な基本的規範パターンとして三種類が紹介されている。
基本的規範パターンの第一は、「市場機能パターン」であり、契約自由の原則、取引の自由等、近代的な市場経済の基礎をなすものである。
基本的規範パターンの第二は、「確立された地位の保護」と呼ばれるパターンであり、主な例として、解雇からの保護、賃借人の保護等が挙げられる。
基本的規範パターンの第三は、「公正な分配」パターンであり、既得権益に限られない、社会における利益や価値の再分配に関わるもので、主な例として、最低賃金の保証、生活保護等が挙げられる。
本稿は、規範パターン理論は、法解釈の理論ではなく、ある分野における法規範の複雑な発展過程を俯瞰し、背後にある社会の変化と関連付けながら分析することを可能にする概念であるとする。その上で、日本の労働法の規範フィールドにおいて、社会の変化により規範パターン間のバランスが崩れ、法規範の動きが活発になっていると指摘している。
この規範パターン理論は、実務家が外国法に接する際にも、新たな視点を提供するものとして有益かと思われた。
筆者は、昨年まで香港に駐在し、現地法律家と両国の労働法制について話す機会があったが、香港では、雇用差別禁止に関する特有の規制が存在する反面、解雇や労働時間に関する規制が非常に緩いことを知り驚かされた。また、香港の弁護士に、日本に存在する解雇権濫用法理、労働時間規制(時間外労働に関する36協定等)、整理解雇の四要件等を説明したところ、現地とは異なる制度として関心を引いたようであった。
基本的規範パターンを軸に考えると、香港では、「市場機能パターン」が重視され、その分、「確立された地位の保護」は減退しているが、「公正な分配」に分類される差別禁止につき特有な規制が存在する。これに対し、日本は、本稿にもあるとおり、元々「市場機能パターン」と「確立された地位の保護」を共に重視し、香港とは重点を置く規範パターンが異なる。このように法制度が大きく違う国(地域)の法律に触れ、日本人の実務家として関心を引かれた場合、相手も日本法に対し、同じような印象を持つことがある。
本稿が指摘するように、制度の違い自体は、各国特有の労使関係の下で発展を遂げたものであり、優劣があるものではなく、また、同じ制度を外国でそのまま取り入れても良い結果を生むとは限らない。しかし、異なる条件の下で個性的な発展を遂げた法制度に興味を持ち、比較対象とすることにより、先入観から解放され、自国の制度を客観的な視点、広い視野から考えることに繋がるのである。
ところで、近時、外国人弁護士から質問を受け、労働紛争解決制度や、新型コロナウィルス感染症の影響下における雇用調整助成金について説明した際、理由を尋ねられて困ったことがあった。諸外国の裁判所では電子媒体での提出が認められるのに、なぜ日本の裁判所では未だ紙とファックス中心なのか。また、新型コロナウィルス感染症の影響下で苦しむ現状は同じなのに、なぜ諸外国と比べ助成金の支給やオンライン申請への対応が遅れているのか。法解釈と離れ、法制度の相違点を見つけ「なぜ、そのような違いがあるのか?」を問うても、回答が難しいことがある。
しかし、諸外国が、新技術を導入し、必要な施策を迅速に導入する中、日本だけ採用が遅れ、しかもその背景に合理的な理由が(少なくとも外部から簡単には)見出しにくい場合、関心を持たれるというより、必要な変化に対応する力が弱いと受け止められる可能性もある。上記はいずれも制度改正のただ中にあると理解しているが、諸外国と比較しても、興味を引くような先進的な制度となることを願っている。
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弁護士(日本・NY州)。AI-EI法律事務所、信州大学特任准教授、日中法律家交流協会理事。早稲田大学法務研究科、ペンシルベニア大学ロースクール(LL.M.)卒業。
編著者を務めた書籍として、日本法に関し『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(中央経済社、2019年)、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社、2017年)等。