(第5回)訴状の作法(1)

民事弁護スキルアップ講座(中村真)| 2020.06.26
時代はいまや平成から令和に変わりました。価値観や社会規範の多様化とともに法律家の活躍の場も益々広がりを見せています。その一方で、法律家に求められる役割や業務の外縁が曖昧になってきている気がしてなりません。そんな時代だからこそ、改めて法律家の本来の立ち位置に目を向け、民事弁護活動のスキルアップを図りたい。本コラムは、バランス感覚を研ぎ澄ませながら、民事弁護業務のさまざまなトピックについて肩の力を抜いて書き連ねる新時代の企画です。

(毎月中旬更新予定)

前回まで民事調停手続を取り上げてきましたが、第5回となる今回からは、「訴状の作法」と題して、何回かに分けて民事訴訟の訴状作成の勘所について掘り下げてみたいと思います。

シリーズ第1回目となる今回は、訴状に関する法令・規則上の規律について取り上げます。

1 はじめに

訴状は、いうまでもなく民事訴訟の端緒となる法定の書面であり、その提出は民事裁判という戦いの戦端を開く行為に他なりません。

民事訴訟の数だけ訴状(やそれに代わる申立書)があるわけですが、実務を見回すと、紛争の内容や代理人の力量・仕事のスタンスによってそのレベルはまちまちです。

原告やその代理人だけでなく、裁判所や被告(代理人)にとっても、訴状の内容は、これから争われる訴訟の方向性を決める重要な意味を有します。これは、もう少し平たい言い方をすると、独りよがりな訴状は多くの関係者に無用の負担を負わせる結果になってしまうということです。

私は、「訴訟の書面は、常に優れたものである必要はないけれども、最低限、その作法を守ったものではあるべきだ」と考えており、今回このようなテーマを選んだのもそのような想いからです。

今後数回に分けて「訴状の作法」について取り上げますが、その中では、訴状の作成・提出に関するヒントについても言及したいと思います。

2 法令上の規律

第一回となる今回は、訴状に関する法令上の規律について整理します(ここでの「法令」には、もちろん最高裁判所規則も含みます)。

最初に法令を取り上げるのは、われわれが法律家であるから、そして、法令上の定めが法定文書である訴状のルーツとして極めて重要だからです。この点は、訴状の攻撃防禦方法としての位置づけや訴訟手続における効果の議論よりも本来ずっと重要です。

ところが、残念ながら実務で見られる「訴状」では、この点がないがしろにされたものが多く見られます。

実は、訴状の完成度を上げるために必要な要素の8割方は民事訴訟法及び民事訴訟規則上に明記されています。

それなのに、なぜイマイチな訴状がなくならないのか。それは、非常に残念なことですが、法律家であるにもかかわらず条文を読もうとしない、理解しようとしない人が少なからずいるからです。

(1) 訴状の記載内容について

① 形式面について

まず、具体的な内容に踏み込む前に、手続的・形式的なところから見てみましょう。

訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければなりません(民訴133Ⅰ)。訴え提起は、簡易裁判所の場合を除き(民訴271)、訴状という書面を提出して行うべしという定めです(ただし、民訴法271条を真に受けて簡易裁判所に口頭で訴訟提起しようとしてはなりません)。

そして、民訴法上は、当事者及び法定代理人、請求の趣旨及び原因を記載せよということになっています(民訴133Ⅱ。なお、多くの実務家にとって縁は薄くなりますが、再審の訴状については、その記載内容について特別の規定(民訴343)が置かれています)。

以上は、法律上の定めですが、民事訴訟規則には、訴状、準備書面その他の当事者又は代理人が裁判所に提出すべき書面に記載しておくべき事項の一般的ルールとして、より具体的な内容が定められています。

まず、当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所を記載することが必要です(規則2Ⅰ①。但し、住所の記載は初回提出の書面のみで足りるとされています。規則2Ⅱ)。また、原告は送達を受ける場所の届出をできる限り訴状に記載してしなければならないとされており(規則41Ⅱ)、原告又はその代理人の郵便番号、電話番号(FAX番号も)を記載しなければならないということも定められています(規則53Ⅳ)。

これらは通常、訴状の当事者欄(当事者目録)でまとめて記載することになります。

なお、送達場所の届出の際には、当事者、法定代理人または訴訟代理人と届出場所との関係を明らかにする事項を記載しなければならないのですが(規則41Ⅲ)、代理人が訴状を作成する場合は、当事者目録の代理人事務所の記載の末尾に「(送達場所)」と記載することで足ります。

事件の表示も規則で記載を求められている事項の一つですが(規則2Ⅰ②)、訴状提出段階では事件番号はまだ振られていないので、ここでいう事件の表示は「○○○○請求事件」といった、原告が付す事件名を言います(通常は訴状1頁目の書面の表題や原告・代理人の表示の下に記載されることが多いでしょう)。この事件の表示(事件名)は、訴状での請求内容に沿った形で原告が付しておけば良く、原則として裁判所は訴状に記載された事件名を元に立件します。

年月日(規則2Ⅰ④)、裁判所の表示(同⑤)も訴状の冒頭に記載することになるでしょう。

附属書類の表示(規則2Ⅰ③)については、不動産に関する事件なら登記事項証明書、手形小切手に関する事件なら手形又は小切手の写しを添付せよと明示的に定められている点に少し注意が必要です(規則55①)。

そして、訴状には当事者又は代理人が記名押印する必要があります(規則2Ⅰ)。

少し見落としがちなことがらですが、訴えの提起前に証拠保全のための証拠調べが行われている事案では、訴状に、その証拠調べを行った裁判所及び証拠保全事件の表示を記載しなければならない、とされていることも押さえておきましょう(規則54)。

以上のような、訴状作成の形式面に関する法令上のルールについては、これを無視したり落としたりすることは普通ありません。

ただ、われわれがいつも当たり前のように(あるいは、なんとなく)訴状に記載している事項も、明確な法令上の根拠があってのことなのだと知ることは、法律家の姿勢として極めて重要です。

② 実質面について

以上の形式面と一部重複する部分はあるのですが、次に訴状記載の実質的な側面に関わる法令上の規律について見てみたいと思います。訴状の内容を良いものとするか悪いものとするかという点では、こちらの方がより重要です。

まず、訴状には、請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいいます)のほか、請求を理由づける事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならないとされています(規則53Ⅰ)。

ここで重要なのは、①請求を理由づける事実を具体的に記載しなければならないということ、②当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならないということ、そして、③(②について)立証を要する事由ごとに分けて記載しなければならないということでしょう。

①については、特におろそかになりがちなのが、いわゆる規範的構成要件を基礎づける具体的事実の記載でしょうか。この記載(5W1H)が曖昧なパターンはよく見られますが、被告が認否できないだけでなく、裁判所も事実認定のしようがないため、仮に被告が不出頭でも欠席判決をとれません。その意味で大きな欠陥をはらんでいます。

なお、訴状記載の内容は、理論的には、原告が第1回口頭弁論期日に不出頭であった場合の陳述擬制の対象となるのですが(民訴158)、通常、原告が第1回に出頭しないことはないため、この点は実務的にはさほど重要ではありません。

②については、訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(書証の写し)で重要なものを添付しなければならないという重要なルール(規則55Ⅱ)も併せて押さえておく必要があります。

③については、「立証を要する事由ごとに分けて」とあえて書かれている意味を理解する必要があります。つまり、訴状の末尾に「証拠方法」として甲第1号証から順に列記するだけでは足りず、立証事項と具体的な証拠の対応までがわかる形で記載せよということです。したがって、訴状の本文中で、具体的な証拠番号(場合により、その中の頁数等)までも記載することが求められているとみるべきです。これがなされていないと、訴状を読んで証拠を見てみても、原告の主張のどこに証拠の裏付けがあるのかが非常にわかりにくくなってしまいます。

ときどき、全く証拠の付されていない訴状を目にすることがありますが、これはそもそも法令上求められる要件を満たしていないという意味で、不完全な「訴状のようなもの」と言わざるを得ません。弾劾証拠と異なり、請求原因事実を裏付ける証拠は(まだ入手できていないという特殊な状況でもない限り)提出を先延ばしにする合理性が無いので、形式的にも実質的にも不十分な訴状というほかないのです。

ここにはこのようなルール違反の問題とは別に、より根源的な問題が横たわっています。

すなわち、本来、訴状の起案は手元にある証拠と主張すべき事実を突き合わせ、過不足が無いか、不足があるとすればそれはどこかを吟味しながら行っていくべきものです。このため、客観証拠が全くなくすべての立証を尋問に賭けて突っ込むという特殊な状況でもない限り、証拠の添付の全くない訴状というものができあがる余地は本来ないのです。

逆に言うと、そのように証拠の裏付けのない訴状の作成が常態化しているとすれば、訴状作成の姿勢自体を見直すべきかもしれません。

証拠自体は添付されているものの、請求原因事実の記載の中で証拠の引用がない訴状というのも比較的よく見るパターンですが、これは先に述べたように立証事項と具体的な証拠の対応が全く見えないという問題があります。「見ればわかるでしょ」といわんばかりに、被告や裁判所に理解の努力を強いる訴状、これもまた正されるべき訴状の一類型と言えます。

実質的な側面に関するもう一つのルールとして、④訴状に事実についての主張を記載するには、できる限り、請求を理由づける事実についての主張と当該事実に関連する事実についての事情を区別して記載しなければならない、というものがあります(規則53Ⅱ)。

また、これと少し似た問題として、事実と法的評価の渾然一体となってしまっている訴状というものもあります。

以上のような実質面のルールは、これが守られていない場合、訴状の迫力が大きく削がれてしまい、裁判所にとっては感銘力のないもの、被告にとってはなんの脅威や痛痒も感じさせものになってしまうという問題があり、先に述べた形式面のルールの違反よりも深刻です(以上のような問題のある訴状の傾向と改善例については、また回を改めて詳しく述べます)。

(2) 提出された訴状の取り扱いについて

最後に、提出された訴状の取り扱いに関する定めについても軽く見ておきましょう。

提出された訴状は審査に付され、不備がある場合、裁判所は相当の期間を定めて補正命令を発しなければならないとされています(民訴137Ⅰ。「命じなければならない」とあるように、これは必要的なものです)。

ただし、実務では補正命令に至ることはほとんどなく、多くの場合、担当書記官による補正の促し(規則56)を経て補正に至ることになるでしょう。

なお、訴状の記載内容の訂正は、かつては2頁目以下の誤りについては、以降の頁(ないし該当頁)の訂正版を改めて提出して替える「差し替え」の運用が認められていました(1頁目は事件受付係で受付印が既に押印されているため、訴状訂正の申し立てを行う必要がありました)。ところが、現在はこの運用は改められ、個別に訂正事項を記載した「訴状訂正の申立書」を提出するよう求められます。そのため、訂正箇所が多いと、訂正申立書も大部になり、しかも客観的に誤記があったことが明確に残ってしまうため、訴状の誤記には気を配る必要があります(ときどき、訴状よりも長い訂正申立書を目にすることもありますが、こうなると被告の認否は大変です)。

訴状審査と必要な補正が完了した後、訴状は被告に送達されます(民訴138Ⅰ)。

3 まとめ

以上の通り、「訴状の作法」の第1回となる今回は、訴状を巡る法令上の規律のうち主立ったものについて概観しました。

どれも「こたえ」を聞いてみると何のことはないものばかりですが、重要なのは、訴状作成をはじめ民事訴訟手続は徹頭徹尾法令上のルールを明確に意識して処理に当たる必要が極めて大きいという点です。簡易裁判所の口頭の訴訟提起がほとんど利用されていないなど、個別の運用や実質的な必要性からこれらのルールが修正されている点も少なくありませんが、そのことは法令上の理解の重要性を何ら減ずるものではありません。そして、このような法令上の定めに軸足を置いた手続理解の重要性は、何か具体的な必要性に迫られて、裁判所と処理・方針の議論を行わなければならない場面で痛感することでしょう。

さて、「訴状の作法」の第2回となる次回は、訴状が持つ民事訴訟手続上の実質的な意味や代理人として目指すべき形について取り上げたいと思います。

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中村真(なかむら・まこと)
1977年兵庫県生まれ。2000年神戸大学法学部法律学科卒業。2001年司法試験合格(第56期)。2003年10月弁護士登録。以後、交通損害賠償案件、倒産処理案件その他一般民事事件等を中心に取り扱う傍ら、2018年、中小企業診断士登録。現在、大学院生として研究にも勤しむ身である。

著者コメント 今回から新たに訴状を取り上げることと致しました。「切れ味鋭い訴状作成のために何が必要か」を意識して検討していきますので、お付き合い頂ければ幸いです。