(第8回)林 貴志さん:2019 年度日本経済学会・中原賞を受賞して
毎号話題の人をお訪ねして、研究や仕事についてインタビューす
(偶数月下旬更新予定)
雑誌収録版:『経済セミナー』2019年10・11月号(通巻710号) この人を訪ねてVol.16 「2019年度日本経済学会・中原賞を受賞して」
インタビュー日:2019 年 6 月 8 日
プロフィール
林 貴志(はやし・たかし)
グラスゴー大学アダム・スミス・ビジネススクール教授。
2004 年、ロチェスター大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。テキサス大学オースティン校助教授等を経て、2012 年より現職。「王様」の愛称で親しまれている。
主著:『 意思決定理論』(知泉書館、2020 年)、『マクロ経済学—動学的一般均衡理論入門』(ミネルヴァ書房、2012 年)、『ミクロ経済学(増補版)』(同、 2013 年)、 General Equilibrium Foundation of Partial Equilibrium Analysis (Palgrave Macmillan, August 2017) 。
1.研究テーマが一貫していない?
— まずは中原賞受賞、おめでとうございます。
林 ありがとうございます。今日は電車の中で、佐伯啓思『隠された思考 — 市場経済のメタフィジックス』(ちくま学芸文庫、1993 年)を読みながら来たのですが、その言葉を借るなら、「方法的手続きの儀礼化」の世界でそれなりに出世したのかなという気持ちです。いきなりキザな話で申し訳ないですが素直に嬉しいです。でも、選考委員の方々も受賞理由をカテゴライズするのには悩まれたのではないかなと思います。
— 受賞理由といえば、その説明にある「a great independent thinker」という言葉が印象深いです。経済理論の基礎的 Preference Aggregation 問題への重要な貢献として評価されています。
林 その割には、僕の仕事は他人の研究の後追いに見えたり、過去の受賞者と比べてテーマが一貫していないように見えたりするかもしれません。でも、自分の中では自力でたどり着いた問いに答える研究で、一貫した興味に基づいているんです。
僕は京都大学では西村和雄先生、大阪大学では浦井憲先生と猪木武徳先生のもとで、一般均衡理論や成長理論、経済思想などを中心に学びました。その後はロチェスター大学に留学して、ラリー・エプスタイン (Larry Epstein) 先生のもとで意思決定理論、ウィリアム・トムソン (William Thomson) 先生のもとで公平配分の理論を勉強しました。
博士号を取得して最初の 7、8 年は意思決定理論の研究が中心でした。その後はガラッと変わって、現在に至るまで公平配分の理論や社会的選択、厚生経済学で論文を書いています。
しかし、キャリアの最初に意思決定理論を研究し、不確実性と時間の概念を考慮する世界の取り扱いに慣れたのは、大きな財産になったと思います。それにより、公平配分を考える際に不確実性と時間が公平という概念にどんな影響を及ぼすか、という視点を持つことができたからです。