単位の話 — 歴史から最先端まで(内村直之)

単位って何だろう| 2020.09.15
私たちの日常生活と密接不可分な「単位」.この小特集では,(1)誰もが通ってきたはずの小学校の授業で「単位」がどのように教えられているか,(2)そもそも歴史的に「単位」はどのように定義され,定義自体がどのように変遷してきたかをふりかえってみます.

$\def\t#1{\text{#1}}\def\dfrac#1#2{\displaystyle\frac{#1}{#2}}$
「合い挽き,300 グラムね」「はい!100 グラム 150 円なので 450 円よろしく! 」

買い物をするたびに店先ではこんな会話がかわされていました.グラムというのは重さの単位です.このような「単位」を人間は数千年前から使ってきました.商取引,建築やモノの製造,健康や環境の保護……生活のすべてで一貫性のある「単位」は必須です.今使われている国際単位系 (SI) は,最近大きく変わりました.単位の歴史と現状について紹介しましょう.

商行為,ものづくりに必須の『度量衡単位』

旧約聖書創世記第 6 章で,神さまはノアに大きな方舟を作るよう命じます.「長さは 300 アンマ,幅は 50 アンマ,高さは 30 アンマ……」

このアンマという長さの単位は,ユダヤでの言い方で,もとはキュビットです.大人の肘から中指までの長さが 1 キュビットで,今で言えば約 45 センチほどの長さです.これから計算すればノアの方舟は,長さ 135 メートル,幅 23 メートル,高さ 14 メートルという堂々たる大船です.キュビットという長さの単位はもともと古代メソポタミアで生まれ,エジプトを経てローマ時代も使われました.

古代文明が起こったもう一つの場所である中国など東アジアでも,いろいろな単位が作られ,使われました.たとえば「尺」という単位は,手を親指から中指までいっぱいに広げたその長さに相当し,漢字の形はまさにそれを下向きにしたものになっています.最初,1 尺は 20 センチほどだったようですが,時代を経るに従ってだんだん長くなり,日本に伝わって大宝律令 (701 年) で測地/建築用の大尺,その他公的な計測用の小尺が決められたときは,大尺の 1 尺 (高麗尺) は 35 センチほどだったようです.この高麗尺は法隆寺の部材の寸法をすべて決めているそうです.

このように,長さや重さ,容積などを測るための『単位』は,商取引や徴税,あるいは建築などのものづくりには必須でした.しかし問題は,そのような単位を各国がばらばらで決めていて,通常に使う単位の呼び名が違っていたり,同じ名称でも同じ量を示さなかったりという困ったことがありました.たとえば,現在のヤード・ポンド法の長さの単位であるフート (複数はフィート) は,もともとは「足の踵から爪先までの長さ」で,英国では 30 センチほどなのに,ドイツ・プロイセン地方で使うフースという単位では 38 センチもあったそうです.「3 フィートの長さの布」が国によって長さが違うとすれば,その間の商売はけっこう大変なことになります.

フランスの努力で誕生したメートル法

18 世紀になって英国で産業革命が起こり,ついでフランス革命の後にフランスなどへ波及すると,並行して欧州全体の資本主義経済が活発になりました.当然,人や物資の移動もどんどん増加します.そのとき,地域や職業分野を超えた『単位の統一』が不可欠になってきました.そこで生まれたのが『メートル法』です.ここで,「法」は法律ではなくて,まとまった系を指す「システム」です.英語でメートル法は「metric system」です.

1789 年に起こったフランス革命の後,政府への意見書の中に「度量衡の統一」が挙げられていました.当時の啓蒙主義的雰囲気の中での科学技術の発達も影響したのでしょう.『1 秒の長さを振り子の振動で定めよ』という主張が 1790 年,フランスの国民議会で承認されたのをきっかけにパリ科学アカデミーは,度量衡の不変の標準を作る作業を始めました.まず,長さの標準として,地球の子午線の長さをもとにして決めようということになり,92 年から 6 年余をかけてスペイン・バルセロナ~フランス・ダンケルク間の距離 (約 1000 キロメートル) の精密測量が実行されました.これから地球を 4 分の 1 周する子午線の長さを求めその千万分の 1 を「1 メートル」とし,その長さの白金製「ものさし」が作られてフランス文書館に収められました.これが『アルシーブのメートル原器』といわれるものです.

同じように『4 度の水の $1/10$ メートル立方の質量』を質量の単位としてキログラムとし,白金製の『アルシーブのキログラム原器』も作られました.1799 年,これらを長さと重さの基準とするという法令が作られ,メートル法の基礎はできあがりました.

単位の統一体系である『メートル法』は,次第にフランス以外の国も理解するところとなり,1870 年代に国際的な単位の統一をする会議が開かれ,最終的に 1875 年のメートル法外交官会議で 17 カ国によってメートル法条約が結ばれ,その後も参加国が増え続けていきました (日本の加入は 1885 年).

メートル法が世界に広まるためには,その基準がどこでも使えるように広まらなければなりません.もともとのメートル,キログラムの定義通りにするのは,各国の技術力の差もあり,なかなか難しい.そこで,アルシーブの原器に合わせて,新しい基準を作りそのコピーをメートル法条約参加国に配布することになりました.そこで作られたのが,白金にイリジウムを 10%入れた合金によるメートル法の「国際原器」で,1889 年,第 1 回国際度量衡総会で,メートル原器の摂氏零度での長さ$=$ 1 メートル ($\t{m}$),キログラム原器の質量 $=$ 1 キログラム ($\t{kg}$) と定められました.

長さ,質量のほか,電流 (アンペア A),時間 (秒 sec),熱力学的温度 (ケルビン K),物質量 (モル mol),光度 (カンデラ cd) の計 7 つがメートル法の基本単位として定義されました (1948 年〜71 年).この組み合わせでいろいろな量の単位を組み立てます (たとえば力の単位 N (ニュートン) は $\t{kg}\,\t{m}\,\t{sec}^{-2}$ で表せます).これらを国際単位系 (SI : Système international d’unités) といいます.

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内村直之 科学ジャーナリスト.
1952年生まれ.東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程を単位取得満期退学.朝日新聞で科学記者,編集者として勤務.2012年よりフリーランスの科学ジャーナリスト.
基礎科学全般,とくに進化生物学,人類進化,分子生物学,素粒子物理,物性物理,数学などの最先端と額研究発展の歴史に興味を持って取材・執筆をしている.