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単位の話 — 歴史から最先端まで(内村直之)

単位って何だろう| 2020.09.15
私たちの日常生活と密接不可分な「単位」.この小特集では,(1)誰もが通ってきたはずの小学校の授業で「単位」がどのように教えられているか,(2)そもそも歴史的に「単位」はどのように定義され,定義自体がどのように変遷してきたかをふりかえってみます.

単位の定義に自然定数を使え!

20 世紀の初頭,現代の物理学が勃興しました.ミクロの世界の法則である量子力学と時間と空間の捉え方を一新した相対性理論が 2 つの大きな柱でした.この柱を支える大事な数値が二つありました.量子力学を支えているプランク定数 h,相対性理論を支えている光速度 c です.これらはいずれも自然に共通に存在する定数で変わることがないと考えられています.

これまでの単位の定義のうちで,長さの単位であるメートルの定義がどのように変わってきたか,を見てみましょう.

子午線の長さから決める メートル国際原器で決める ある原子の出す光の波長で決める 光速度で決める (光速度は定義値)

地球というマクロな存在から,人工物,そして原子標準,さらに物理的な自然定数へとその定義の根拠が移っています.長さ以外での単位でも,これと同じようなことができないだろうか,と考えるのは当然のことでしょう.2007 年に始まった単位系改定の動きは,その路線をすべての単位に徹底するという大きなものだったのです.

基本単位の数と合わせて,定義される自然定数が次のように選ばれました (カンデラに関するものを除く).

  • セシウム 133 の基底状態超微細構造遷移周波数:ΔνCs
  • 真空中の光速度:c
  • プランク定数:h
  • 電気素量 (電荷の基本単位):e
  • ボルツマン定数 (温度とエネルギーの換算係数):k
  • アボガドロ定数 (原子や分子の個数を示す単位):NA

いずれも 710 桁の精密な測定をもとにして,厳密な確定値として定義されたのです.

測定の例をあげましょう.第 1 にアボガドロ定数の測定です.アボガドロの法則というのは,温度,圧力,体積が同じ気体には同じ数の分子を含むというものでした.1mol=22.4リットル=6.02×1023 というのを高校の化学で習ったでしょう.この値がアボガドロ数です.もともとの定義は「炭素 120.012 キログラムが含む原子の個数」でした.21 世紀に入って,このアボガドロ数を実際の計測で求めようというアボガドロ国際プロジェクトが起こったのです.

数えるために使ったのは,炭素ではなくシリコン (Si) でした.半導体産業のおかげで,不純物のないシリコン (同位体を除いている) を完全な結晶に作り上げることが可能となっていました.それを 1 キログラムの完全な球に仕上げ,その体積と質量を精密に測ることにより,その中にある原子数を求め,1mol (シリコンでは 0.029 キログラム) に相当するアボガドロ数に換算する,という手順です.プロジェクトに参加した国際度量衡曲,米国,日本,カナダ,オーストラリア,フランスなどの度量衡に関する研究機関 (日本では産業技術総合研究所) でこの研究が進められ,2018 年に 1mol=6.02214076×1023 という定義がなされました.ここには,半導体に関するあらゆる最新テクノロジーは注ぎ込まれました.

シリコン単結晶球体(左),その体積を精密に測定するレーザー干渉計(右).産業技術総合研究所提供.

もう一つ大事な値は,プランク定数 h です.これは電流の流れる磁場中の導体に掛かる力と,磁場中で導体を動かした時の起電力を精密な天秤で比較しながら,電流をジョセフソン効果で測定する「キッブル・バランス」という方法で精密に測ることができます.米国,カナダ,フランスでこの測定が行われました.実は,アボガドロ定数とプランク定数を結びつける厳密な式があり,その値も含めてプランク定数 h の定義値が 6.62607015×1034Jsec と決まりました.逆に,この定義値を使えば,キッブル・バランスを応用して質量を測定することができるわけです.

このような手順を経て,基本単位は,定義された自然定数のもとで,以下の表のような手順で決まることになりました.

  • 長さm 光速度,セシウム周波数で決める
  • 質量kg プランク定数で決める
  • 時間sec セシウム周波数
  • 電流A 電気素量で決める
  • 熱力学温度K ボルツマン定数で決める
  • 物質量mol アボガドロ定数で決める

以上の基本単位のお互いの関係を図示するとこんなふうになるということです.この定義による単位は 2019 年 5 月から有効になっています.

単位についての挑戦がこれで終わりということはありません.実は,時間に関して,セシウム原子時計よりも精度のいい『光格子時計』という装置が日本の研究者によって開発されています.この性能が十分であることが証明されれば,『秒の定義』が今のセシウムによるものから変更される可能性があります.

参考文献

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内村直之 科学ジャーナリスト.
1952年生まれ.東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程を単位取得満期退学.朝日新聞で科学記者,編集者として勤務.2012年よりフリーランスの科学ジャーナリスト.
基礎科学全般,とくに進化生物学,人類進化,分子生物学,素粒子物理,物性物理,数学などの最先端と額研究発展の歴史に興味を持って取材・執筆をしている.