コロナ禍における家賃問題(松井和彦)
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。
(毎月下旬更新予定)
◆この記事は「法律時報」92巻10号(2020年9月号)に掲載されているものです。◆
1 はじめに
民法の教科書において、不可抗力ないし債務者の責めに帰することができない事由として挙げられる例の代表格は、地震や台風などの自然災害である。あるいは、輸出入の禁止や戦争の勃発などが例に挙げられることもある。これに対し、新型コロナウイルス感染症の世界規模での感染が例として用いられることは、ほとんどない。そのような、にわかに想定できない出来事に、われわれはいま直面している。
2019年12月ころに中国で感染が確認された新型コロナウイルス感染症は、最初は東アジアで流行し、次いでヨーロッパ、そしてアメリカに飛び火し、世界中に広まった。日本では、2020年4月7日に新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」という)32条1項に基づき政府から緊急事態宣言が発出され(当初は7都府県を対象に発出され、同月16日に全都道府県に拡大された)、これを受けて各都道府県知事から休業要請、外出自粛要請が行われた。緊急事態宣言は同年5月14日に解除され、これに伴い休業要請等についても漸次解除されたが、いまだ感染の収束には至っていない。
この間、多くの事業者は休業や事業の大幅な縮小を余儀なくされた。これにより収益が激減した事業者が多く、営業所や店舗等を賃借している個人事業者・中小企業経営者のなかには、賃料の支払に困難を来す事態が生じている。この事態に対応すべく家賃支援給付金等の制度が創設されているが、本稿では、政策面での対応とは別に、民法の観点から「コロナ禍」における家賃問題を考えてみたい。
ただし、以下の検討は、今般のコロナ禍に適用可能な特約が当事者間にないことを前提とする。多くの場合、そのような特約がないと考えられるからである。
また、以下の検討では、原則として2017年改正前民法(以下、「改正前民法」という)に依拠することとする。というのは、家賃問題に直面している賃貸借契約の多くは2020年4月1日以前に締結されたものと推測されるところ、これらの契約には改正前民法が適用されるからである。