(第32回)さらなる研究の素材を与えてくれた判決(柴田潤子)

私の心に残る裁判例| 2021.01.05
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

排除型私的独占・NTT東日本事件

自ら設置した加入者光ファイバ設備を用いて戸建て住宅向けの通信サービスを加入者に提供している第一種電気通信事業者が、他の電気通信事業者に対して上記設備を接続させて利用させる法令上の義務を負っていた場合において、自ら提供する上記サービスの加入者から利用の対価として徴収するユーザー料金の届出に当たっては、光ファイバ一芯を複数の加入者で共用する安価な方式を用いることを前提としながら、実際の加入者への上記サービスの提供に際しては光ファイバ一芯を一人の加入者で専用する高価な方式を用いる一方で、その方式による上記設備への接続の対価として他の電気通信事業者から取得すべき接続料金については自らのユーザー料金を上回る金額の認可を受けてこれを提示し、自らのユーザー料金が当該接続料金を下回るようになるものとした行為が、独禁法二条五項にいう、「他の事業者の事業活動を排除」する行為に該当するとされた事例

最高裁判所平成22年12月17日第二小法廷判決
【判例時報2101号32頁掲載】

経済法を研究し、ドイツのマックスプランク研究所に留学したことを契機に、市場支配的地位にある事業者の濫用行為規制を研究のテーマにしてきた。自由かつ公正な競争秩序維持法として、現実の経済社会の市場参加者(消費者を含む)の取引の立場は対等ではないし、その場合、支配的地位にある事業者に「特別の責任」を課し、歪みのない競争を維持していこうとするドイツ・欧州の競争法の考え方が、違和感なく、むしろ説得的であると思えた。当時は、いわゆる公益事業分野における規制緩和が進展する中で、従前、法的独占を認められていた経済主体は依然としてドミナントな地位にあり、かかる事業者の行為を濫用行為としてどのように規制すべきかが重要な課題であった。この点では、競争の過程でドミナントな地位を獲得してきたGAFA等とは様相が異なるかもしれないが、垂直的あるいは多面的に事業活動を展開する中で起こる濫用行為に対する規制は、益々重要な規制課題となっている。

この市場支配的地位の濫用行為は、日本の独占禁止法にいう「私的独占」が、厳密には異なる要素もあるにしても、概ね対応する規定となっている。私的独占が対象としているのは、市場支配的地位の形成・維持・強化にあたる「支配」「排除」行為であるのに対し、ドイツ・欧州の濫用規制は、市場支配的地位の存在を前提としており、市場支配的地位を形成すること自体が問題視されているわけではないことに根本的な違いが見出される。それでも、実際の運用の実態は、大きく乖離しているわけではない。

独占禁止法については、主に公正取引委員会が運用している。私的独占に関する従来の公正取引委員会による運用姿勢は一貫して積極的であったとは言えないのであるが、本件は、公正取引委員会の審決、東京高裁の判決を経た最高裁判決であり、まさに、従来の学説での議論や公正取引委員会の見解の集大成の意味を持つ、待望の判決となった。

この「NTT東日本」の最高裁判決は、まず、私的独占にいう排除行為の意味を明らかにした。従来から、競争の結果生じる正当な排除と不当な排除の区別が難しいとされていたところ、「自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点から見て正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有する」行為であると定義した。支配力の裏付けのある、正常とは捉えられない排除行為が捉えられている。さらに、本件で問題になった違反行為は、従来、排除と捉えられてきた典型的な排除行為を超えて、「マージンスクイーズ」が初めて私的独占にあたることが明らかにされたという点でも大きな注目を集めた。

「マージンスクイーズ」は、既に欧州において、最大の通信事業者であるドイツテレコムによる支配的地位の濫用行為として裁判所で判断されており、その後、さらにいくつかケースがあり、米国を含め国際的にも関心の高い排除行為である。

「マージンスクイーズ」は、本件では、支配的な垂直的統合事業者が、川上市場である光ファイバ設備の接続において事実上唯一の供給者であった地位を利用し、当該設備の接続料金との関係で、光ファイバを用いた通信サービスであるFTTHサービス(川下市場)のユーザーに対する価格を低く設定したことから生じた。ユーザーに対する川下での価格と競争者に対する川上の接続料金との価格差に着目し、川下市場での競争者の事業活動を困難にすることが排除に当たるとされた。この「マージンスクイーズ」を従来の排除行為類型との関係でどのように理解するかは、日本だけでなく、ドイツ・欧州、米国でも活発に議論された。日本の本件最高裁は、「本件行為の単独かつ一方的な取引拒絶ないし廉売としての側面」という両側面を持つことを明らかにし、取引拒絶と廉売のハイブリッドと捉えうることを明らかにしたのである。「マージンスクイーズ」は、反競争効果という点からは、不当な廉売・取引拒絶と同様に捉えられつつも、直ちに従来の違法行為類型には含まれないという意味で独自の違反行為であると考えていた筆者にとって、その理解を一歩前に進めることができたと信じている。


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柴田潤子(しばた・じゅんこ 香川大学教授)
1966年生まれ。著書に、『独占禁止法とフェアコノミー』(共著、日本評論社、2017年)、『経済法への誘い』(共著、八千代出版、2016年)、『経済法の現代的課題―舟田正之先生古稀祝賀』(分担執筆、有斐閣、2017年)、『電力改革と独占禁止法・競争政策』(共著、有斐閣、2014年)など。論文として、「グーグルの市場支配的地位濫用とEU競争法」法律時報91巻3号(2019年)63〜66頁など。