『基本刑事訴訟法2─論点理解編』(著:吉開多一・緑大輔・設楽あづさ・國井恒志)

一冊散策| 2021.04.15
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はしがき

本書は、刑事訴訟法(以下、本書では「刑訴法」と呼ぶ)を学修しようとする初学者が、基礎力と各種試験に合格するための応用力を身につけ、さらに、実務家となって刑訴法を自ら実践するまでの架け橋となることを目的としたテキストであり、既に多くの読者に恵まれた『基本刑事訴訟法Ⅰ―手続理解編』(日本評論社、2020年)の姉妹編である。

刑訴法の多くのテキストは、手続と論点の関係を自然に理解できるように、手続の中に論点をちりばめている。しかし、本書は、読者が、手続の通常の流れと論点と呼ばれる病理現象を区別して学修できるように、『基本刑事訴訟法Ⅰ―手続理解編』と『基本刑事訴訟法Ⅱ―論点理解編』の2部構成にしつつ、手続と論点の関係を意識的に理解してもらうために、「手続理解編」と「論点理解編」の関係を一覧できるようにした(⇒「本書の構成と手続理解編との関係」【PDF】参照)。「手続理解編」の「本書の構成」とともに、手続法における「体系的理解」の意味を1つのイメージとして理解してもらえるのではないだろうか。さらに、本書は、本文中にクロスレファレンスを多用することで、手続の全体像と論点が影響する手続的な効果を意識しながら、刑訴法上の論点を段階的に深く理解できるように工夫している。本書の具体的な使用方法については、「本書の使い方」を参照されたい。

刑訴法は、民訴法と同じく「手続」法であるから、まず実際の手続の流れを理解する必要があり、「手続理解編」は刑事手続を興味深く理解してもらうためのテキストである。他方で、法は紛争解決のための手段であるから、刑事手続上の紛争(=論点)を法的に解決するところに刑訴「法」の面白味があり、「論点理解編」は、まさに刑訴「法」の面白さを味わってもらうためのテキストである。

本書は、研究者と法曹三者の経験者によって作成された体系的なテキストである。自学自修の書として、法学部生、法科大学院生、予備試験や司法試験の受験生を主な読者として想定しているが、既に実務で活躍している実務家や実務に関心のある研究者が、最近の論点や実務の運用を気軽に参照したいときに読んでもらうことも想定している。本書の執筆者は、日頃から、法学部生や法科大学院生の教育、司法修習生や若手法曹の指導と育成に関わっている関係で、刑訴法の学修者がどのような点で悩み、つまずき、誤解しやすいのかを実体験として理解している。本書の最大の特色は、このような執筆者が、初学者のため、各種受験生のため、そして、実務家や研究者のために、協働して作り上げた点にある。

本書の具体的な特色は、以下のとおりである。

第1に、本書は、初学者のためにわかりやすさを追求したテキストである。全体を通じて平易な説明を心がけていることや、各講において、学習のポイントを明らかにし、書式や図表を豊富に使用している点は、「手続理解編」と同じである。さらに、「論点理解編」では、問題解決のためのプロセス、すなわち、「問題の所在」、「判例の理解」あるいは「判例・学説」(規範)、「設問の検討」(当てはめ)が明確になるように努めている。

第2に、本書は、読者が基礎力と各種試験に合格するための応用力を身につけることができるように種々の工夫をこらしたテキストである。定期試験、予備試験、司法試験、昇任試験、選考試験等の各種試験は、刑訴法の基本が身についているか否かを直接的にはかるものであり、本書では、これらの過去問を検討し、判例や実務を中心として、その合格に必要な知識を盛り込んでいる。特に「論点理解編」では、司法試験や予備試験の論文試験のレベルを想定し、これらの過去問をアレンジするなどして、数多くの設問を設け、その解説という形で説明するスタイルをとり、読者が、問題意識をもちながら本書を使用し、基礎力と各種試験に合格するための応用力を自然と身につけることができるように工夫している。

第3に、本書は、将来、実務家になることをめざす人だけでなく、刑訴法の基本を復習したい実務家や実務に関心のある研究者のためのテキストでもある。特に「論点理解編」では、多くの判例を設問にアレンジし、GPS捜査など最新の論点や判例もふんだんに取り上げて、現在の実務をできるだけ具体的に解説し、さらに、本書の随所に「コラム」を設け、「予測的警察活動」や「一般面会における接見等禁止の当否」などの最近の実務の関心事を取り上げながら、法曹三者の実務上の悩みや実感を要所要所で吐露し、実務家にとっても研究者にとっても面白い内容となるように工夫している。

本書は、初学者が手に取って刑訴法の面白さを知り、本書で培った基礎力と応用力でそれぞれの道の先にある試練を乗り越え、さらに、実務に出て刑訴法の運用に実際に携わるときに再び手に取ってもらえる、そんな長年にわたって交友できる友人のようなテキストをめざしている。是非とも、「手続理解編」と「論点理解編」という2人の友人と手を携えながら、刑訴法の理解をさらに深めていただきたい。

末筆ながら、本書の企画から完成まで、日本評論社編集部の田中早苗さんに大変お世話になった。本書は、「手続理解編」「論点理解編」ともにさまざまなアイデアと工夫を取り入れているが、その分、編集作業の苦労は類書を超えるものがあったと推察される。会議や打合せもままならない中、田中さんの熱意とテキスト編集の豊富な経験がなければ、両編が世に出ることはなかったと思う。田中さんには、執筆者一同、改めて、心から感謝申し上げたい。

2021年2月

吉 開 多 一
緑   大 輔
設 楽 あづさ
國 井 恒 志

本書の使い方

1 本書の狙い

(1) 実務と理論とのバランスに裏打ちされた刑訴法の理解

本書は、「はしがき」にも記載されているように幅広い読者層を想定しつつ、特に自学自修する初学者にもわかりやすい刑訴法の教科書にするという編集方針の下で執筆された。この点は、『基本刑事訴訟法Ⅰ―手続理解編』と同様である。

(2) 「手続」と「論点」の区別

本書では、「手続」と「論点」とを意図的に区別し、『基本刑事訴訟法Ⅰ―手続理解編』と『基本刑事訴訟法Ⅱ―論点理解編』の2部(2冊)構成とした。「論点」は、手続が何らかの事情で通常の運用のとおりに進まないとき、あるいは通常の運用のとおりに進めると問題があるときに生じるものである。いわば、通常は生理作用として手続が進められているところ、手続に何か病理現象があるときに「論点」として議論する必要が生じる。なぜ「論点」が生じるのか、何が問題なのかを明確に理解するためにも、通常の手続への理解は前提となる。そのため、まずは「手続理解編」において、手続をしっかりと押さえてほしい。

2 本書の工夫と読み方

(1) 基本事例と書式

各講に先立ち、本書では「基本事例」として《事例1》から《事例4》を挙げた。読者が参照しやすいように、日本評論社ウェブサイトにも掲載してあるので、そちらも活用してほしい。実務的に遭遇することが多い事案を想定した架空の事件であるが、各講では、できる限りこれらの《事例》に関連づけながら、実際の「手続」の進行と、その法律・規則上の根拠について解説し、「事例で学ぶ刑訴法」をめざしている。「論点理解編」でも、必要に応じてこれら《事例》を利用している。「手続理解編」に引き続き、どのような場合に論点が生じるのかを意識するために参照してほしい。

また、これらの《事例》に基づき、「論点理解編」でも書式を適宜掲げた。「手続」の実際を理解してもらうのみならず、「論点」を理解するための工夫でもある。刑事訴訟の実務は、書式なくして成り立たない。実務家となって刑訴法を自ら実践するには、書式の理解が不可欠である。こうした書式はいずれも法律・規則に基づいて作成されるから、書式を通じて法律・規則の理解を深めることもできる。そういう観点からも書式に慣れ親しんでほしい。

(2) 全体の構成

「論点理解編」は全部で15講から30講の計16講から構成されており、手続の順に沿って論点を配置している。15~19講が捜査手続に関わる論点を扱う。20講は特に被疑者の防御と弁護人の役割に関わる論点を扱う。21講は公訴提起に関わる論点を、22~23講は特に公判手続における審判・防御対象の変動に関わる論点をそれぞれ扱う。24~29講は証拠法に関わる論点を、30講では事実認定、判決手続および裁判の効力に関わる論点を扱う。「手続理解編」の内容と対照させつつ、理解を深めてほしい(→「本書の構成と手続理解編との関係」【PDF】参照)。

初学者から司法試験受験生までを読者として想定する教科書としての性格から、本書で取り上げたトピックの最高難度は、司法試験・予備試験の論文試験・短答試験で実際に問われた知識のレベルである。刑事訴訟の実務では、さらに高度な知識が求められることもあるだろう。幸い、刑訴法の分野では数々の定評ある演習書・実務書・研究書が刊行されている。本書を卒業した後には、それぞれの関心事項に応じて、さらに挑戦を続けてほしい。

(3) 学習のポイント

本書も「基本シリーズ」の1つとして、既刊本と同様に、各講の冒頭に「学習のポイント」を掲げている。もっとも本書では、法科大学院協会による「共通的な到達目標モデル(第2次案修正案):刑事訴訟法」を参考にして「学習のポイント」がまとめられているという特色がある。とりわけ司法試験・予備試験受験生は、そのような観点から「学習のポイント」を活用してほしい。

(4) 【設問】と解説

【設問】ごとに解説をする形式も、これまでの「基本シリーズ」と共通した特色になっている。最初は【設問】に対する答えを確認しながら読んでいくことになろうが、ある程度理解が進んだら、【設問】だけを見て解説を読まずに、自ら答えを説明できるか、セルフチェックしていくのもよいであろう。そうした読み方ができるように、前記日本評論社ウェブサイトに【設問】だけを抜き出した「簡易問題集」を掲載してあるので、そちらもぜひ活用してほしい。「論点理解編」の【設問】は、判例の事案を数多く取り入れている。「論点理解編」を通じて、判例についての基本的な理解を得ることができるであろう。なお、解説では、重要な用語のみならず、重要なフレーズも太字で強調してある。太字のところは特に意識しながら読んでいただきたい。

特に、判例を理解する際には、個々の裁判例が手続の「病理現象」として生じた事案に解決を与えるために示されたものであることを、意識する必要がある。判例は、事案の事実を前提として示されるものであり、事実が異なれば、結論のみならず、判断枠組みそのものが変わる可能性もある。そのため、判例を単純に学説と並べて理解するのではなく、判例を事案に即した裁判所の判断として、事実を意識しながら読み解くことが重要である。

以上の観点から、「論点理解編」の【設問】は、「手続理解編」の【設問】に比べて事案が詳細である。何が法的判断に影響する重要な事実なのかを意識して読んでほしい。「論点理解編」の解説は、そのような観点から執筆されている。具体的には、【設問】で事実を示した上で、そこに含まれる論点を端的に整理する「問題の所在」、それに対する「判例の理解」あるいは「判例・学説」、そして、当該事案の事実を踏まえて【設問】に対する結論を示す「設問の検討」を示している。理解を整理するのに役立ててほしい。

判例については出典を明示したほか、井上正仁=大澤裕=川出敏裕編『刑事訴訟法判例百選(第10版)』(有斐閣、2017年)とリンクさせて判例番号を付してある(〈百選〇〉または〈百選A〇〉)。必要に応じて、より詳細な事実や解説を確認するとよいだろう。

また、本書では、「手続理解編」と「論点理解編」の2冊組となったこともあり、両者の間はもちろんのこと、「論点理解編」内部でも、クロスリファレンス(→〇講〇)をできる限りたくさん入れた。前から順に読み進めるだけでは相互の理解が固まらない場合もあるので、クロスリファレンス先に何が記載してあるか理解が曖昧だと感じたら、参照する労をいとわないでほしい。

さらに本書では、刑訴法と憲法・行政法・刑法との強い関連性に鑑みて、木下智史=伊藤建『基本憲法Ⅰ―基本的人権』(2017年)、中原茂樹『基本行政法(第3版)』(2018年)、大塚裕史=十河太朗=塩谷毅=豊田兼彦『基本刑法Ⅰ―総論(第3版)』(2019年)および同『基本刑法Ⅱ―各論(第2版)』(2018年)(いずれも日本評論社)とのクロスリファレンスも入れた。こうした試みは珍しいかもしれないが、法律を横断的に理解することはそれぞれの法律の理解を深めるためにも欠かせない。本書が想定している読者が、法律の「つながり」を理解する上でも、有益なものになるはずである。

解説は、活字の大きさを変更することで、メリハリをつけた。【設問】についての基本的な理解は、通常の大きさで記載したが、アドバンス的な内容のものは*を使用して、補足的に小さい字で解説してある。司法試験・予備試験受験者は、*の解説まで理解することが望ましいが、逆に*の解説まで理解していれば、試験対策としても十分であろう。

(5) コラム

コラムには、【設問】の解説からやや外れるプラスアルファの知識のほか、法曹三者のそれぞれの実務経験からくる雑感などを記載した。過去の実務がどうなっていたのか、最近の新しい動きなども記載されているので、読み物としても楽しんでいただければ幸いである。

(6) 「覚醒剤」の表記について

「覚せい剤取締法」(昭和26年6月30日法律第252号)は、令和2年4月1日に施行された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第63号)4条により、題名が「覚醒剤取締法」に改正された。本書の書式は、施行前の日付に合わせて、従前の「覚せい剤」と表記しているが、本文中では法改正を踏まえ、「覚醒剤」と表記しているので、注意願いたい。

【本書の構成と手続理解編との関係】(クリックでPDFが開きます)

目次

基本事例
第15講 捜査(1)――総説・強制と任意の区別
1 捜査の違法とその影響
2 捜査の適法・違法の判断方法
3 「強制の処分」の意味
4 「強制の処分」の具体例
第16講 捜査(2)――任意捜査の限界
1 基本的な考え方
2 写真・ビデオ撮影
3 秘密録音
4 おとり捜査
5 任意取調べ
第17講 捜査(3)――捜査の端緒
1 捜査との関係
2 職務質問のための停止
3 職務質問のための停止以外の措置
4 所持品検査
5 自動車検問
第18講 捜査(4)――証拠の収集と令状主義
1 令状による証拠物の収集
2 令状によらない証拠物の収集
3 証拠の収集に関するその他の論点
第19講 捜査(5)――身体の拘束
1 現行犯逮捕の適法性
2 逮捕の違法と勾留
3 再逮捕・再勾留
4 一罪一勾留の原則
5 別件逮捕・勾留と余罪取調べ
第20講 接見交通権
1 接見指定
2 秘密交通権
第21講 公訴の提起
1 公訴権の濫用
2 訴因の設定と審判の範囲
3 訴因の明示・特定
4 起訴状における余事記載――予断排除の原則との関係
5 親告罪の告訴
6 起訴後の捜査
第22講 審判・防御の対象とその変動(1)――訴因変更の可否
1 訴因変更が問題となる場面
2 訴因変更の可否――可能性
3 訴因変更の許否――許容性
4 訴訟条件と訴因変更
第23講 審判・防御の対象とその変動(2)――訴因変更の要否
1 訴因変更の要否――必要性
2 訴因・罰条変更命令
3 罰条変更の要否――必要性
第24講 証拠法(1)――関連性
1 証拠の関連性の検討の視点
2 悪性格証拠
3 科学的証拠
第25講 証拠法(2)――違法収集証拠排除法則
1 違法収集証拠排除法則の前提知識
2 違法収集証拠排除法則の検討の視点
3 違法収集証拠排除法則の諸問題
4 毒樹の果実論の諸問題
第26講 証拠法(3)――自白法則
1 自白法則の検討の視点
2 自白の任意性の諸問題
3 不任意自白と派生的証拠
4 反復自白
第27講 証拠法(4)――伝聞法則
1 伝聞法則の検討の視点
2 伝聞証拠の判断
3 共謀の立証と伝聞証拠
4 現場写真・その他の記録媒体
第28講 証拠法(5)――伝聞例外(1)
1 伝聞例外の検討の視点
2 第三者の供述を録取した書面――321条1項各号
3 検証調書・実況見分調書
4 鑑定書――検証調書・実況見分調書との区別
第29講 証拠法(6)――伝聞例外(2)
1 特殊な伝聞例外または非伝聞
2 特信文書
3 伝聞供述――再伝聞
4 同意書面
5 証明力を争うための証拠
6 複数の被告人の証拠の取扱い
第30講 裁 判
1 補強法則
2 択一的認定
3 一事不再理効の及ぶ範囲

書誌情報など