『物理なぜなぜ事典[増補新版]1』『物理なぜなぜ事典[増補新版]2』(編著:江沢洋・東京物理サークル)
第1巻
はじめに
この本は,物理を学ぶ人々の「なぜ?」に答えようとする.高校物理の大事な項目にスポットライトをあてた参考書としても役立つと思う.
「なぜ?」は日本全国に散らばった友人たち–高校・中学・小学校の先生方–にお願いして拠出していただいた.クイズ風の「なぜ」でなく,永年にわたって心に暖めてきた「なぜ?」を提供して下さったことに心から感謝している.学校の授業にでてこない話題も多く含まれているが,先生方がおもしろいと思って大事にしてきたものだから,教育上も大きな意味をもっているはずである.
たとえば,「ブレーキをかけると前の人工衛星が追い越せるのはなぜか」.これなどは,生徒たちの「なぜ?」に触発されて考えてこられたものかもしれない.「黒いものは,よく熱線を吸収する」と話したら,生徒が「宇宙空間は真っ暗だ,きっと太陽の熱線を吸収してひどく高温になっているにちがいない」と言ったという.これは小学校の先生からの提供.話は,宇宙空間の温度とはなにか,という方面にも広がってゆく.
「なぜ?」への答えは,それを考え続けてこられた先生御自身に,まず書いていただいた.「こう説明すればよかったのか」と思わず頭の下がる答えが多かったが,それでも一冊の本にするには,編集作業が必要である.また,「なぜ」と「答え」に「実験」の項や「試験が終わったから勉強する」と言った朝永振一郎 (1965 年にノーベル物理学賞) の言葉などのコラムを添えた.
こうした編集の仕事は東京物理サークルの面々が行なった.ぼくは,そのお手伝いをした.
なお,東京物理サークルというのは,東京近辺の高校の先生方の集まりで,定期的に集まって研究会をしている.ぼくが彼等と知り合ったのは,夏休みの合宿に招んでいただいたときで,質問攻めにあって往生した.いや,根堀り葉堀り,それも思わぬ視点から攻めてくるので,大いに勉強になった.以来,長いおつきあいである.
そういう連中が編集作業に当たったので,周到な答えと思われたものでも議論百出,議論のあげく書き直すことにしたものが少なくない.
ひとつには,答えをお願いしたときの字数の見積りが甘かったということがある.これは編集委員会として深くお詫びせねばならない.物理の説明は,一筋縄ではいかないのだ.最初からゆったり書いていただけるだけのスペースを差し上げていたら,書き直しも少しですんだだろうと思う.編集委員会が書き直して答えを長くしてしまったのだから,これはフェアでない.書き直した原稿は,はじめの執筆者にお送りして御意見を伺い,修正をした.その過程で共同執筆に変わったりした項目もある.原稿はもはや自分のものでなくなってしまったという理由で降りられた方が数名あった.申し訳なく,また残念に思う.こうして執筆者となった方々のお名前は項目ごとに記してあるが,巻末にはまとめてリストしてある.
議論を重ねている間に時間は容赦なく過ぎていった.「なぜ?」と「答え」とを最初に提供していただいてから,こうして本が形を現わすまでに何年かかったことか?
その結果,一冊として計画した『なぜなぜ事典』が御覧のとおり二冊になってしまった.題して「力学から相対論まで」と「場の理論から宇宙まで」–場の理論の「場」というのは,電場とか磁場,あるいは運動場とか市場のように何かが分布している場所のことである.波動は空間にひろがっているので場の現象の一つである.だから「普通の物体の運動とはまったく違う波のなぜ」という章ができた.
こうして編集には時間をかけたが,校正刷を見ると,まだあちこちに不統一が残っている.でも,この辺で踏み切らざるを得ない.あえて統一しなかったところもある.雑誌の28 (1911) 605 は 1911 年に出た第 28 巻の 605 ページという意味で, vol.28 , p.605 (1911) と同じである.力の単位の表記に kg 重, kgw , kgf が共存しているのも,不統一の一例で,どれも現実に使われているのだから,そのままがよいと考えたのである.
索引は特別に念入りにつくった.これを利用して,あちこちの項目をつないでみることもおもしろかろう.また索引に目を走らせて「おやっ」と思った項目から拾い読みするという読み方も,また一興かと思う.
参考書には,古い本や雑誌も遠慮なしにあげた.古いものは町や村の図書館にゆけばそろっているという時代–文化を大切にする時代がくれば,という願いをこめてしたことである.図書館に要求を出してゆこう.そうしないと図書館が古くなった本を棄ててしまうという困った風潮は改まらないだろう.
これからは,編集に当たったわれわれが読者のみなさんから御批判をいただく番である.どうか遠慮のない御意見をお寄せください.それによって,この本を育ててください.
最後になったが,われわれのエンドレスの討論を辛抱強く見守り,われわれの勉強を暖かく支えてくださった日本評論社・編集部の亀井哲治郎さん,原稿の整理から編集作業まで気の遠くなるような仕事を辛抱強く続けてくださった永石晶子さん,図版の作製を手伝ってくださった何森要さん,菅谷直子さんに心から感謝する.
この序文を書く役がぼくにまわってきたが,まもなく敬老の日がめぐってくるからだろう.これは編集一同の討議を経て,その考えを述べたものである.
2000 年 9 月
『なぜ?』編集委員会
江沢洋
増補版をおくる
『物理なぜなぜ事典』を初めて世に送り出してから 10 年あまり,さいわい好評を得て刷を重ね,韓国語訳もでるという光栄に浴した.
こんど改版の機会にサークルで手分けして点検したが,大きな改修を要するところは見当たらなかった.むしろ, 10 年の間に書きたいこ
とがたまっているという声が上がり,増補に踏み切ることにした.しかし,厳しい出版事情の中で大幅な増補はできない.討論の末,この
第①巻では次の項目が選ばれた.
- 断面が正方形の木材は水にどのように浮くか (II 章)
- 体を上下させるだけでなぜブランコを前後に漕げるのか (実験編・理論編 (III 章))
- 人工衛星は軌道上を東向きに回ることが多いのはなぜか (III 章)
- 弾道ミサイルを迎撃するのはなぜ困難か (III 章)
この本を読んで,興味ふかい物理は身近にいくらでもあることを知ってほしい.
なお増補版の出版にあたって日本評論社の佐藤大器さんと筧裕子さんにたいへんお世話になった.おふたりは原稿もていねいにチェックして下さった.感謝したい.
2011 年 3 月『なぜ?』編集委員会
江沢洋
初版から 21 年,第 2 回目の増補・改訂をして
この『物理なぜなぜ事典』全 2 巻は 2000 年の初版から 20 余年,好評を得て刷を重ね,このたび第 2 回の増補・改訂をすることができた.増補した題目は,例によってケンケン・ガクガク皆で討論して選んだ.自ら実験した報告から一般相対論の問題まで多彩だ.お楽しみに!
2021 年 3 月『なぜ?』編集委員会
江沢洋