(第37回)画期的判決も見直しは必要(泉徳治)

私の心に残る裁判例| 2021.06.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

議員定数配分規定違憲大法廷判決

1 公職選挙法13条、別表第1及び同法附則7項ないし9項(昭和50法63号による改正前のもの)の合憲性
2 選挙が憲法に違反する公職選挙法に基づいて行われたことを選挙無効の原因とする選挙の効力に関する訴訟につき行政事件訴訟法31条1項の規定の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に従い当該選挙は違法であるがこれを無効とすべきではないとして請求を棄却するとともに主文で当該選挙の違法を宣言した事例

最高裁判所昭和51年4月14日大法廷判決
【判例時報808号24頁掲載】

私の司法研修所におけるクラスメート越山康が自ら原告となって提起した参議院議員定数是正訴訟について、最高裁昭和39年2月5日大法廷判決(判例時報361号8頁)は、公選法204条の選挙の効力に関する訴訟として認めたものの、議員定数の配分は、選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合は格別、選挙人の人口に比例していないという一事だけで違憲無効と断ずることはできないとして、違憲の主張を排斥した。

しかし、越山康は、その後も選挙のたびに定数是正訴訟を提起し続け、ついに最高裁昭和51年4月14日大法廷判決(判例時報808号24頁。以下「本判決」という。)で定数配分規定を違憲とする判断を勝ち取った。本判決は、第一段階で、当該選挙当時の投票価値の格差が憲法の平等の要求に反するか、第二段階で、その格差が当該選挙までの合理的期間内に是正されなかったか、第三段階で、事情判決の法理により当該選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか、という三段階の判断枠組みを示し、最大格差約1対5の衆議院議員定数配分規定が違憲であるとして、主文で当該選挙は違法であると宣言した。定数配分規定について初めて実質的な違憲審査を行い、かつ、違憲と判断した本判決は、社会に与えた影響も最大級のものであり、民主主義のシステムを護ることが裁判所の最重要使命であると考える私にとって、最も心に残る裁判例である。ただし、本判決には問題が二つある。

第一の問題は、第一段階で違憲の判断を下すべき格差の範囲につき、具体的な判示をしていないことである。1対5の格差を違憲としているだけで、どの程度以上の格差が違憲となるかを示していない。最高裁が主文で違法宣言を行えば、行訴法43条2項、38条1項、33条1項の判決の拘束力により、国会は判決理由中の判断内容を尊重し、その趣旨に従って定数配分規定を改正しなければならない。しかし、最高裁が理由中で違憲とすべき範囲を明示しないから、国会は部分的手直しを小出しにしてしのごうとする。

また、最高裁自身も、平成29年9月27日大法廷判決(判例時報2354号3頁)で、公選法改正法の附則において、次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を定めているという、当該選挙当時における投票価値の格差に関係のないことまで、第一段階の判断材料として取り込み、違憲の主張を退けるに至っている。

第二の問題は、第二段階で合理的期間内に是正されなかったという要件を設けたことである。このことについて、本判決の実質的起案者と思われる中村治朗首席調査官は、最高裁判事となって書いた最高裁昭和58年11月7日大法廷判決(判例時報1096号19頁)の反対意見の中で、人口異動は可変性を有し違憲状態そのものについても変化が予想されること、人口異動に応じ定数配分の手直しをすることは政治の安定の要請の面からみて望ましくないこと、という二つの理由を挙げている。しかし、人口異動が逆戻りして違憲状態が解消されるというようなことは考えられない。また、政治の安定よりも民主的政治の基本である投票価値の平等の方が重要である。その上、合理的期間内に是正されなかったという要件は、きわめてあいまいなものである。この要件は取り除くべきであり、政治の安定等の問題はせいぜい第三段階の事情判決の法理を適用するか否かの場面で考慮すれば足りると考える。

最高裁が、定数配分規定は憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたとしながら、合理的期間内に是正がされなかったものということはできないとして、主文での違法宣言を避けた判決(いわゆる違憲状態判決)は、衆議院議員について5件、参議院議員について3件ある。違憲状態判決は、合憲判決よりはましとしても、主文における違法宣言をさけることにより、定数是正を先延ばしにしていることは明らかである。違法宣言により定数是正が実行されることを確実にすべきである。

本判決後に、最高裁が定数配分規定を違憲と判断したのは、昭和60年7月17日大法廷判決(判例時報1163号3頁)一件のみである。

本判決から45年を経て、最大格差は衆議院議員が約1対5から約1対2までに、参議院議員が約1対5.5から約1対3までに縮小されてきてはいる。しかし、本来の1対1の定数配分からはかなり乖離していることをみると、本判決のような画期的判決でも、常に見直して修正を加えていく必要があることを教えている。

私は、最高裁判事時代に、平成16年1月14日(判例時報1849号9頁)、平成18年10月4日(同1955号19頁)、平成19年6月13日(同1977号54頁)の三つの定数是正訴訟大法廷判決に加わり、定数配分規定を違憲とする反対意見を書いたが、第一段階で違憲の範囲を明示し、第二段階の合理的期間経過の要件は採用しなかった。平成19年6月13日の判決言渡しの大法廷には、越山康が車椅子で出頭した。司法修習生時代に実務修習先として配属された東京地裁民事部の服部高顯判事(後の最高裁長官)から紹介された米連邦最高裁のベイカー対カー判決に示唆を受け、我が国で初めて定数是正訴訟を提起し、投票価値の平等化の問題に一生をささげた越山康との対面は、私にとりこの大法廷が最後の場となった。


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泉徳治(いずみ・とくじ)
弁護士。1939年生まれ。最高裁事務総長、東京高裁長官、最高裁判事を経て現職。
著書に、『私の最高裁判所論:憲法の求める司法の役割』(日本評論社、2013年)、『一歩前へ出る司法:泉徳治元最高裁判事に聞く』(日本評論社、2017年)。