偽情報・誹謗中傷対策の法的課題(宍戸常寿)

法律時評(法律時報)| 2021.06.03
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」93巻7号(2021年6月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

インターネットは、表現の受け手と送り手の乖離をある程度解消し、マスメディアに属しない通常の利用者の知る権利、意見や情報を発信する自由を拡張してきた。その反面、通常の利用者による名誉毀損や著作権侵害、青少年の健全な育成にとってのコンテンツリスク及びコンタクトリスクへの対応、ターゲティング広告への対応、検索結果の削除、「自画撮り」を含む児童ポルノの規制、インターネット上のヘイトスピーチといった様々な難問が、検討の俎上に上ってきた。

これらの課題のうちいくつかは立法がなされ、またあるものには判例により一定の指針が示されてきたとはいえ、客観的に見れば、現実の具体的対応ひいては対応の方向性までもが、広くインターネットに関わる事業者や政府の取組に委ねられてきたことは否定しがたい。これらの取組については解釈論・政策論としても論ずべき点が多いにもかかわらず、ハード・ローの形を纏うことがほとんどないが故に、法学的な評価や批判の対象とされることを免れてきた憾みなしとしない。

筆者は近年、SNSにおける偽情報及び誹謗中傷対策について、総務省「プラットフォームサービスに関する研究会」(以下、PF研という)をはじめ、官民での検討に関わってきた。この間、上記の問題点を痛切に感じる機会も多いため、本誌時評の場を借りて覚え書きを残すとともに、法学的検討のための一資料を供することにしたい。当然ながら、意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りする。

2 総務省PF研最終報告書

2021年6月号 定価:税込1,925円(本体価格 1,750円)

PF研はもともと、総務省による電気通信事業法の包括的検証の一翼を担うものとして2018年10月に設置された。この時期はちょうど“GAFA”と呼ばれるプラットフォームに対する規制のあり方が政府各所で論じられ始めた頃である。電気通信事業法は、インターネットにとって基礎的な法的枠組みを定めるが、同法の定める通信の秘密と国外プラットフォーム事業者が国内で提供するサービスの関係を整理することがPF研の第1の任務であって、中間報告書の取りまとめ(2019年4月)まではほぼこの問題に傾注していた。PF研の第2の任務であるトラストサービス(タイムスタンプ等、インターネット上における人・組織・データ等の正当性を確認し、改ざん等を防止する仕組み)に関する制度のあり方については、PF研の下に設けたワーキンググループに、検討を委ねていた。

PF研の第3の任務として挙げられたのが偽情報対策である。これは2016年のイギリスのEU脱退を巡る国民投票、そしてアメリカ大統領選挙において、プラットフォーム事業者が提供するSNS上で流布したフェイクニュースが投票・選挙の結果を左右したことが世界的に話題となり、特にEUでの対応が進められるという時点で、いまだ問題が顕在化していない日本においても、「転ばぬ先の杖」として状況を把握し検討しておくことが有用と考えられたことによる。さらにいえば、そのような検討もないまま一朝問題が生じた際に、安易なSNS規制へと政治及び世論が流されることを防ぐためにも、あらかじめ論点や対応の方向性を整理しておきたいという問題意識が、PF研での議論に通底していたように感じている。

上記のPF研の進め方のため、偽情報対策に関して中間報告は「民間部門における自主的な取組を基本」とすること、リテラシーの向上、ファクトチェックとプラットフォーム事業者の連携等について検討すること、「憲法における表現の自由に配慮し」、またプラットフォーム事業者の役割のあり方に留意すること等を示すにとどまった。本格的な検討は2019年5月から開始され、4回の会合でEU等の海外調査の報告及びヒアリング(ファクトチェック・イニシアティヴ(FIJ)、インターネットメディア協会(JIMA)、各大手SNS事業者、研究者)を行った。さらに4回の会合で論点整理や文案を検討し、パブリックコメントを経て、PF研は「フェイクニュースや偽情報への対応」に一章を充てた最終報告書を公表した(2020年2月)。

最終報告書は、偽情報対策の必要性及び目的に始まり、諸外国における対応状況や国内外における関係者の取組状況を紹介・分析した上で、①自主的スキームの尊重、②日本における実態の把握、③多様なステークホルダーによる協力関係の構築、④プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保、⑤利用者情報を活用した情報配信への対応、⑥ファクトチェックの推進、⑦ICTリテラシー向上の推進、⑧研究開発の推進、⑨情報発信者側における信頼性確保方策の検討、⑩国際的な対話の深化という具体的な対応を示した。

詳細は報告書そのものに譲るが、私見では、当然のこととはいえ「プラットフォーム事業者による情報の削除等の対応など、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から、政府の介入は極めて慎重であるべき」と明言した点は、この種の文書としては特筆されるべきであろう。次に、偽情報を明確かつ限定的に定義してハードローにより断固とした対処を採るというのではなく、「偽情報」とされる問題群を広く視野に入れて検討した点は、国内での偽情報の実態が正確に把握し得ない時点でやむを得ないものであったとして、事業者や様々な分野の研究者の協力による実態把握が求められることを浮き彫りにしているともいえよう。第3に、SNS事業者に単に削除やアカウント停止等を要請するというのではなく、むしろ対応ポリシーを明確化することと、過剰な対応を防ぐための透明性やアカウンタビリティの確保を求めている。その背後には、SNS事業者のサービスの形態が様々であり、さらにグローバルな事業者に対して一国がハード・ローによらずに特定の表現の削除等を強制することが不当かつ困難であるという事情があることも、率直に認めるべきであろう。

3 民間における偽情報対策

PF研最終報告書の③は、「国内外の主要なプラットフォーム事業者・政府・有識者・利用者等の関係者で構成するフォーラムを設置し、偽情報の実態や各ステークホルダーの取組の進捗状況を共有しつつ継続的な議論を行っていくこと」を提言した。これは行動規範(Code of Conduct)を事業者に提出させた上で実際の取組を公的なモニタリングの下に置くというEU方式を採る前に、先に述べた実態の把握や透明性等の確保に向けた協力を推進しようというアプローチを選択したことを示すものである。

この提言を受けて一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)は、各大手SNS事業者と有識者からなる「Disinformation対策フォーラム」(以下、フォーラムという)を2020年6月に立ち上げた。フォーラムは6回の会合を経て中間とりまとめを公表している(2021年3月)。

中間取りまとめでは、偽情報への接触は若い世代に限らず全年齢層に満遍なく存在している等の調査結果等が共有され、ファクトチェックの意義や実施に向けての課題、リテラシー向上の現時点での取組が示されている。特に注目されるべきは、新聞協会・NHK・民放連がオブザーバとしてフォーラムに参加している点であろう。PF研は国内外のファクトチェックに注目していたが、そのことはマスメディアへのファクトチェックに政府が梃子入れし、報道の自由を脅かすのではないかという懸念を報道関係者に抱かせることもあったようである。むしろ調査結果が示すように、日本においては新聞・放送への信頼がなお高く、また報道機関による偽情報対策の取組が期待されている。これを受けて、フォーラムはネット上の偽情報対策に対して、報道機関がいかなる知見を持ちまた対応を進めているかについて、貴重な情報の提供を受けつつ進められている。ジャーナリズムとSNS事業者の連携の触媒としての役割も、今後のフォーラムに期待されるところである。

他方、ジャーナリズムへの支援やコンテンツ・モデレーションの現状等、各SNS事業者の取組に関する情報も、フォーラムの場で共有されている。国外SNS事業者は、先述したEUでの取組に加え、2020年アメリカ大統領選挙及び2021年連邦議会襲撃事件を経て、偽情報へのグローバルな対応を強化している。その反面、日本における偽情報対策として見た場合、どのようにローカルな現状を把握し、取組や他の主体との連携を図っていこうとしているのか、なおその態度が不鮮明な事業者がいる点は、最終報告書フォローアップのためのPF研によるヒアリング(2021年3月30日)でも強く指摘されたところである。

4 SNS上の誹謗中傷

テレビのリアリティ番組の出演者がSNSでの誹謗中傷を原因として自殺に追い込まれた事件の報道(2020年5月)を契機に、世論および与野党においてプロバイダ責任制限法(以下、プロ責法という)の改正を含む対策を求める声が高まったことを受けて、PF研は「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方に関する緊急提言」を公表した(同年8月)。別に開催されていた「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(以下、プロ責研という)の中間取りまとめと合わせて総務省は、①ユーザに対する情報モラル及びICTリテラシーの向上のための啓発活動、②プラットフォーム事業者の取組支援と透明性・アカウンタビリティ向上、③発信者情報開示に関する取組、④相談対応の充実に向けた連携と体制整備を柱とする「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」を公表している(同年9月)1)

緊急提言は、誹謗中傷対策における基本的視点の一つとして「適法な情報発信を行っている者の表現の自由の確保」を挙げ、「憲法を始めとする我が国の法秩序を踏まえ、具体的な方策を検討する」ものとした。また、「それぞれのユーザが他人を個人として尊重し、SNSを始めとするインターネット上での自らの書き込みに対して他人が傷つく可能性を想像し、誹謗中傷を行わないよう心がけるなど、ユーザ自身の情報モラルが最も重要である」と指摘している点も、注目に値しよう。

その後、プロ責研の最終取りまとめ(2020年12月)を受けて、総務省はプロ責法を改正する法律案を提出し、国会も速やかに同法案を成立させた(2021年4月)。この間、SNSにおける誹謗中傷の原因は表現の匿名性にあると指弾され、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。」(プロ責法4条1項1号)という発信者情報開示請求の実体的要件を緩和すべきとの議論もあったが、匿名表現の自由の意義やSLAPP的な濫用のおそれを意識して、改正法は同要件には手を触れなかった。むしろ、現在のインターネット環境ではまずSNS事業者に対して、次に通信事業者に対して開示を求める裁判が必要だった点について、一回的な解決のための新たな非訟手続の創設により、裁判を受ける権利の行使や被害者救済の実効性を高めることが改正法の狙いである。

5 民間における誹謗中傷対策

翻って総務省の政策パッケージは、プロバイダ等が自ら発信者情報開示の要件を満たすと判断して裁判外で開示する(任意開示)ことを促進することにしていた。それ以前にSIAは2020年6月に「誹謗中傷ホットライン」を設置して、通報された情報について誹謗中傷に当たると判断した場合に削除を促すよう匿名掲示板管理者等に通知を行うとともに、「権利侵害投稿等の対応に関する検討会」を開催している。誹謗中傷の被害者の代理人を多く経験した弁護士も加わって5回の会合が開催され、すでに「権利侵害明白性ガイドライン」が公表されている(2021年4月)。

ガイドラインは、名誉権・名誉感情侵害を理由とした発信者情報開示に関する裁判例を分析した上で、権利侵害が明白といえる類型として、(ア)一般私人の私生活上の行状について、嫌がらせ・復讐・人身攻撃等の目的が明記されており、文脈上、公益目的であることを推認させる事情が全くない場合や、(イ)同一人物が一般私人に対して存在を否定する表現を繰り返し執拗に行う場合を、プロバイダ等に示している。

さらにPF研は、法務省人権擁護機関による削除要請や対応率に関する情報提供も受けつつ、SNS事業者の誹謗中傷対策についてフォローアップを進めている。偽情報対策と同じく、事業者の対応には温度差が見られることは否定できないこともあり、今後予定されているPF研のとりまとめが法律家を含む世論の関心の対象となり、さらに議論が深まることを期待している。

(ししど・じょうじ 東京大学教授)

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脚注   [ + ]

1. 宍戸常寿「インターネット上の誹謗中傷問題─特集に当たって」ジュリスト1554号(2021年)14頁以下。