(第1回)注意欠如・多動症(ADHD)のわが子が薬物療法を薦められたら
(毎月上旬更新予定)
Q. 子どもが注意欠如・多動症(ADHD)と診断されて薬物療法を薦められました。薬が必要なのでしょうか?
うちの子どもは、落ち着きがない、注意が持続しない、忘れ物が多いと思って頭を悩ませていたとしても、実際に診断をされ、さらにお薬が必要と言われると、本当に薬が必要なほど問題なのだろうか、と誰しも思うものです。
それも無理はありません。注意欠如・多動症(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD)の不注意や多動性―衝動性を示すエピソードは、いずれも誰にでも経験のあるエピソードであって、ADHDであるか、そうでないかは、程度の差に過ぎないからです。12歳以前から学校、家庭などの複数の場面で発達水準に不相応なほどに不注意、多動性―衝動性の一方、あるいは両方が認められ、そのために日常生活に支障がある場合に診断が下されるのです。
ADHDの診断は、ごくありふれたことです。学童期の子どもの3~7%、大人の2.5%はADHDと診断されます。30人学級であれば、1人2人は診断されるという割合なのです。それなら、うちの子が診断されるのも無理はない、とご納得されたかもしれません。しかし、親御さんの根本的な疑問は解決していません。それは、診断されたとして、うちの子に薬が必要なのだろうか、という疑問です。
その疑問はもっともなのです。なぜなら、ADHDと診断されたからただちにお薬を飲まなければいけない、とは限らないのです。保険支払いデータから日本でどれくらいの18歳未満の子どもがADHDによる薬物療法を受けているかを調べたところ、人口当たりの年間処方率(2014年度)は0.4%に留まりました1)。ADHDは3~7%の子どもにみられるのですから、そのうちの0.4%というのは10%にも至りません。すなわち、診断を受ける子どもの90%以上は薬物療法を受けていない、ということになります。診断可能な子どもであっても、学校や家庭で行うさまざまな工夫で対処されている子が多いのです。困難な子育てにもたくさんの工夫があります。しかし、それでもうまくいかないときに受診となるのです。病院では、さまざまな環境調整や薬物療法以外の取り組みを行います。それでも困難が大きいと見なされた場合に、薬物療法が提案されるのです。
ADHDがある子どもでは、前頭葉の機能が低いために順序立てた行動をとったり、行動や感情を抑制したりすることが不得手であると言われています。また、待つべきときに待つことが苦手、時間の感覚が異なることもあると言われています。ADHD治療薬は、神経細胞と神経細胞の間のやりとりを司るドパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の働きを高めることで、脳の働きのアンバランスを軽減し、不注意や多動性―衝動性を改善するのです。
治療と言いましたが、ADHDの治療は症状の軽減であって、根治させるというものではありません。早めに治療を開始したからといって、将来の経過がよくなるとも限りません。そのため、効果と副作用のバランスを見て薬物療法の是非を考える必要があります。服薬している間だけの症状の軽減なら意味がない、と感じられた方もあるかもしれません。しかし、治療の効果は、不注意や多動性―衝動性への直接的な効果だけではないのです。子どもが日々の暮らしの中で生活しやすくなれば、自信がつき、また学業面においても努力が成果に結びつきやすくなります。また、友人や家族との衝突も減るでしょう。そのようなさまざまな変化が子どもや親御さんのストレスを軽減し、メンタルヘルス不調を抱えずにすむかもしれません。ADHDの症状が顕著であったときには、その症状にうまく対処できなかったけれども、薬物療法を行うことによって、子どもが自分の特性と向き合いやすくなったということもあります。薬物療法と薬物を用いない治療は、相容れないものではなく、互いに効果を高め合う可能性があるのです。
このように見てくると、薬物療法を開始するという選択をするだけの理由も数多くあります。同時に、薬物療法をためらう理由もたくさんあります。この難しい問題について、主治医と相談しながら、親御さんと子どもで結論を出していくことになります。とても難しい意志決定ですが、そのプロセスが治療の一環であるとも言えます。主治医と親子が、いまの困りごとを子どもさんの特性に照らし合わせながら考え、その対処をともに考えることになるのです。
ADHD治療薬による治療を始めると言っても、いろいろな薬があり、それぞれに効果と副作用があります。次の質問では、治療薬の種類とその使い分けについてみていきます。
Q. 注意欠如・多動症(ADHD)治療薬にはどのようなものがありますか?
脳にはたくさんの神経細胞があり、これらが網の目のようなネットワークをつくって電気信号を伝えることで、私たちは考えたり、感じたり、行動することができます。その働きを調整しているのが神経伝達物質です。ADHDでは、主としてドパミンとノルアドレナリンという神経伝達物質の働きが弱いといわれています。そのため、神経細胞と神経細胞の間で作用しているこれらの神経伝達物質の再取り込みを阻害したり、放出を促進したりすることによって、これらの神経伝達物質の働きを増強するのです。その結果、前頭前野など、ADHDの人では働きが弱いとされている領域の脳の機能を高め、不注意や多動性―衝動性を改善するのです。
現在(2021年9月)、日本で使用できるADHD治療薬は、メチルフェニデート徐放錠(コンサータ)とリスデキサンフェタミン(ビバンセ)、アトモキセチン(ストラテラ、アトモキセチン)とグアンファシン徐放錠(インチュニブ)があります。子どもにはいずれの薬剤も使用できますが、リスデキサンフェタミンだけは成人ではまだ使用できません(子どものときから継続していた場合のみ使用できます)。前の2つを中枢刺激薬、後の2つを非中枢刺激薬と言います。この分類にわけて説明すると違いがわかりやすいので、この分類に従って説明します。
中枢刺激薬は、非中枢刺激薬に比べて、服薬を始めてから早い段階で効果が見えやすく、また効果も強い薬剤です。しかし、いずれの薬剤も朝に服用して夕方には効果が切れてきます。そのため、学校に行っている時間には効果が認められても、塾や家庭で過ごす時間の行動は改善しないことがありますし、薬が切れてきた時間に疲れがあらわれることもあります。中枢刺激薬で、もっとも問題となるのは食欲の低下です。いままでおかわりをしていた子が給食を残すようになった、というようなこともありますので、薬が効いていない時間帯の朝食をしっかり食べさせたり、夕食に一品補ったり、間食をもうけるという方法もあります。それでも解決できず、体重が伸びにくいというような場合には、週末や夏休みなどの長期休暇の服薬を中止することもあります。
中枢刺激薬で、もっとも心配されるのは依存性の問題です。たしかに、薬剤そのものが報酬系(欲求がより満たされるように行動を選択する脳の働き)を刺激することから依存リスクがあります。ただし、そのリスクは、報酬系の働きがもともと低いADHDの人の場合のほうが低いと考えられますので、正しい診断がもっとも大切です。もう一つは服用の仕方です。今日は集中したいからいつもより多めに服用する、とか、薬が切れてきたから追加して服用する、などとしていると、依存のリスクは高まってしまいます。医師と決めた用法・用量をきっちり守ることが何よりも大切なのです。メチルフェニデート徐放錠は、錠剤の表面に塗られたメチルフェニデートがまず溶け出し、その後、ゆっくりと錠剤内部のメチルフェニデートが放出されるように設計されています。一方、リスデキサンフェタミンは、血液中で徐々にアンフェタミンとなって効果を発揮するのです。このようにゆっくりと薬理作用が発揮されるということも、依存性のリスクを低減する工夫です。依存リスクは、過小評価することも過大評価することも適切ではなく、きっちりと管理されていくことが大切です。そのため、これらの薬剤は、投与できる医師や薬剤師が限定されているのです。また、処方も登録システムに入力することとなっており、ひとりの患者が複数の医療機関で処方を受けることがないようになっています。
非中枢刺激薬は、中枢刺激薬に比べると、治療効果が見えてくるのもゆっくりで、その治療効果もマイルドです。しかし、終日にわたる治療効果が得られるという利点があります。また、中枢刺激薬よりも依存リスクの懸念が低いことも安心材料でしょう。しかし、副作用の面では注意することもあります。アトモキセチンでは、吐き気、血圧上昇、心拍数の増加、眠気などが認められることがあります。グアンファシンは、眠気やだるさ、血圧の低下などが問題となりえます。ですので、少量から丁寧に用量調節を行っていくことが大切になります。
治療薬の選択にあたっては、一日のうちどのような時間帯に困難さがあるのか、その困難の程度はどの程度のもので、速やかな解決が求められる状況か、年齢や体格、投与前の血圧や心拍数はどうか、子どもや親御さんの考えはどうかなど、さまざまな要因を考慮して決定します。そして治療開始後には、効果や副作用の状況を見て、またさらに調節をしたり、薬を切り替えたりするのです。ですから、親御さんの観察とお子さんとの対話がとても大切になりますし、学校の先生からの情報も非常に役に立ちます。そのような連携が築かれてから薬物療法を開始することも重要だといえます。
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脚注
1. | ↑ | Okumura Y, Usami M, Okada T, Saito T, Negoro H, Tsujii N, Fujita J, Iida J: Prevalence, incidence and persistence of ADHD drug use in Japan. Epidemiology and Psychiatric Sciences 28(6): 692-696, 2019. |
精神科・児童精神科医師。1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科、デイケア診療部などの勤務を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所に勤務。