(第3回)日本近現代史のなかの「日本人」(大日方純夫)
私たちが今、日々ニュースで接する日本の社会状況や外交政策を、そのような歴史的視点で捉えると、いろいろなものが見えてきます。
この連載では、「日本」と東アジア諸国との関係を中心に、各時代の象徴的な事件などを取り上げ、さまざまな資料の分析はもちろん、過去の事実を多面的に捉えようとする歴史研究の蓄積をふまえて解説していただきます。
現在の日本を作り上げた日本の近現代史を、もう一度おさらいしてみませんか。
(毎月下旬更新予定)
1 「大日本帝国」の「国民」と「日本人」
前回(第2回 日本近現代史における「日本」の範囲)は、「日本」の範囲について考えた。今回は「日本人」についてである。前回紹介した1918(大正7)年発行の地理教科書『尋常小学地理書 巻一』(第3期国定教科書)は、日本列島に関する説明につづいて、「大日本帝国」の「国民」について、つぎのように説明している。
国民の大多数は大和民族にして、其の数五千四百余万に及ぶ。其の他、朝鮮には約一千六百万の朝鮮人あり、台湾には十余万の土人と支那より移り住める三百余万の支那民族とあり。又北海道にはアイヌ、樺大にはアイヌ其の他の土人あり。民族は相異なれども、ひとしく忠良なる帝国の臣民たり。
「大和民族」以外に、朝鮮の「朝鮮人」、台湾の「土人」と「支那民族」、北海道の「アイヌ」、樺太の「アイヌ」と「土人」がいて、これらすべてが「国民」、すなわち「帝国の臣民」だというのである(ネイティヴの人びとを「土人」、中国を「支那」と呼ぶことは、今日、差別的な呼び方として避けているが、歴史的文献としてそのまま引用)。
第4期国定教科書の『尋常小学地理書 巻一』(1935年発行)では、「国民」の総数は九千万人を超えているが、その構成は第3期と同じである。この教科書には、円グラフ「国民の民族別とその割合」、「台湾土人とその住家」・「アイヌ人とその住家」の絵が掲げられている。
「日本人」について、『世界大百科事典』(平凡社)は、「日本国籍をもつ人の呼称であるが、通常は、日本列島に住んで日本語を話し、共通性のある文化と身体的特性をもち、さらにある程度歴史的な認識なども共有して互いに同胞意識をもつ人々(つまり一民族としての〈日本人〉)を指す」、と説明している。「日本国籍をもつ人」という法的規定(国籍法上の「日本国民」)とあわせて、言語・文化・身体的特性の共通性と、歴史的な認識などの共有ということが指摘され、あわせて、それにもとづく「同胞意識」(いわばアイデンティティ)が重視されているのである。では、『尋常小学地理書 巻一』の「国民」は「日本人」なのか。
早稲田大学名誉教授、専門は日本近現代史。
主著に、『警察の社会史』(岩波新書、1993年)、『未来をひらく歴史:東アジア3国の近現代史』(共著、高文研、2005年、日本ジャーナリスト会議特別賞受賞)、『新しい東アジアの近現代史:未来をひらく歴史(上)(下)』(共著、日本評論社、2012年)、『「主権国家」成立の内と外』(吉川弘文館、2016年)、『日本近現代史を読む 増補改訂版』(共著、新日本出版社、2019年)、『世界の中の近代日本と東アジア』(吉川弘文堂、2021年)など。