『入門 アタッチメント理論:臨床・実践への架け橋』(著:遠藤利彦)

一冊散策| 2021.10.25
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

私自身がアタッチメント理論に最初にふれたのは,今からかれこれ40年ほど前に遡るような気がします。ちょうど大学の教養課程で心理学という学問を学び始めた頃だったと記憶していますが,当時の私のアタッチメント理論の受け止め方は,ご多分に漏れず,幼い子どもとその母親の関係性がとても大切であることを殊のほか強調する考え方,というものだったように思います。1980年前後,たしか,子どものさまざまな発達上の問題の根本原因を母親の養育のまずさのなかに見出そうとする「母原病」という言葉が1つの流行語になっていたかと思います。その頃,浅学の私は,まさにジョン・ボウルビィのアタッチメント理論が,その理論基盤になっているかのように錯認していたかもしれません。

しかし,専門課程に進み,発達心理学を少しばかり深く識るようになってから,ボウルビィの代表的3部作のオリジナル版のタイトルに「母子関係」という文言がまったく使われていないことにようやく気がつくに至りました。その3巻通じてのタイトルはただ“Attachment and loss”であり,それに気づいたときに,なぜだか,その中身をすぐにでもじかに読んでみなければいけないような気持ちになったことを思い出します。実際に読んでみると,当時の私にはそれはそれは難解で,咀嚼できないところが多かったのですが,少なくともそれが,単なる母子関係の理論にとどまらず,人にとってアタッチメントなるものが一生涯にわたって重要なものであり続けることを強く主張する考え方であることだけはわかったような気がします。

最初の出会いから約40年の時を閲(けみ)し,この間,アタッチメントに関わるさまざまな学術研究にふれてきたことも大きいのですが,それ以上に,私自身が歳を重ね,正負さまざまな経験を積むなかで,ボウルビィ自身が企図したごとく,アタッチメント理論がまさに人の生涯にわたるパーソナリティ発達および心身の健康と病理を整合的に説明するための総合理論であるということを,必ずしも理屈ではなくむしろ肌感覚として理解できるようになったことを感じます。むろん,今でも,裾野が拡がる一方のアタッチメント理論の全貌を把握できたなどとはつゆほども考えていませんが,ようやく,ボウルビィがこの考え方の構築を通して何を目指そうとしたのか,あるいは何を訴えたかったのかということに関しては,何となくつかめてきたような気がします。

本書は私だけの手によるものではなく,複数の著者からなる本ではありますが,私がアタッチメント理論の根幹部分に関して感じてきたことの一端を,今回,入門書という形で多少ともご紹介できればと考えます。アタッチメント理論の成り立ちから成長のプロセス,そして現今における研究の到達点まで,その基本的なところを,本書を通して広く俯瞰していただければと切に願うものであります。

末筆になりますが,本書をまとめるにあたり,日本評論社の木谷陽平氏に多大なご尽力を賜りました。この場を借りて,心より感謝申し上げたいと思います。

著者を代表して 遠藤利彦

目次

はじめに

序章 アタッチメント理論の中核なるもの 遠藤利彦
1 アタッチメント理論がかくも重要なものであり続ける理由/2 改めてアタッチメントとは何か,何であったか/3 アタッチメントがもたらすもの/4 本書の構成と狙い

【第Ⅰ部】アタッチメント理論を俯瞰する

第1章 アタッチメント理論前史──精神分析理論との関わり 工藤晋平
1 伝記的展望/2 理論的展望

第2章 アタッチメント理論の萌芽と基盤の形成 遠藤利彦
1 ジョン・ボウルビィの生い立ちに見るアタッチメント理論の源流/2 精神分析家としての出立と「母性的養育の剥奪」概念/3 比較行動学との出会いとアタッチメント理論の体系化/4 アタッチメントと内的作業モデル/5 メアリー・エインスワースとストレンジ・シチュエーション法

第3章 アタッチメント理論の成長と発展 遠藤利彦
1 進化生物学的視座から見るアタッチメント/2 生涯発達的視座から見るアタッチメント/3 臨床的視座から見るアタッチメント/4 まとめ

コラム1 認知科学とアタッチメント 金政祐司
コラム2 アタッチメントの測定法 中尾達馬

【第Ⅱ部】アタッチメント研究の知見にふれる

第4章 胎児期・乳幼児期におけるアタッチメント 本島優子
1 胎児期におけるアタッチメント/2 乳幼児期におけるアタッチメントの発達プロセス/3 乳幼児期におけるアタッチメントの個人差と養育環境/4 乳幼児期におけるアタッチメントの連続性と変化/5 乳幼児期におけるアタッチメントと子どもの発達/6 まとめ

第5章 児童期におけるアタッチメント 中尾達馬
1 児童期の発達課題/2 児童期におけるアタッチメントの特徴/3 児童期におけるアタッチメントの個人差の測定/4 これまでに得られた知見/5 まとめ

第6章 青年期・成人期におけるアタッチメント 大久保圭介
1 測定法の変遷から捉えるアタッチメントという概念/2 誰に対するアタッチメントか/3 アタッチメント・スタイルをパーソナリティのように扱う研究/4 青年期・成人期のアタッチメント研究の重要なトピック/5 まとめ

第7章 アタッチメントの生涯発達・世代間伝達 石井 悠
1 養育者のアタッチメントと養育行動/2 アタッチメントの世代間伝達/3 世代間伝達のメカニズム/4 アタッチメントの個人内における時間的連続性/5 まとめ

コラム3 アタッチメントの神経生物学的基礎 金政祐司
コラム4 父子関係におけるアタッチメント 数井みゆき

【第Ⅲ部】アタッチメントを実践に応用する

第8章 アタッチメントの病理・問題と臨床実践 北川 恵
1 アタッチメントの個人差と病理・問題/2 アタッチメント障害とアタッチメントの問題/3 アタッチメント理論に基づく臨床実践

第9章 虐待・不適切な養育とアタッチメントの未組織化 平田悠里・遠藤利彦
1 虐待・不適切な養育とは/2 組織化されていないアタッチメント/3 組織化されていないアタッチメントの背景要因/4 組織化されていないアタッチメントの予後/5 まとめ

第10章 保育・教育の場におけるアタッチメント 篠原郁子
1 先生からの「大丈夫」という言葉/2 乳幼児期──幼稚園,保育園の保育者とのアタッチメント/3 児童期──学校の先生とのアタッチメント/4 保育・教育の場におけるアタッチメント/5 まとめ──保育・教育の場に期待される役割と課題

コラム5 ASD(自閉スペクトラム症)とアタッチメント 堤かおり・遠藤利彦
コラム6 社会的養護におけるアタッチメント 平田悠里・遠藤利彦
コラム7 DV,アディクションとアタッチメント 森田展彰

終章 アタッチメント理論の未来を占う 遠藤利彦
1 「統合」の必要性/2 「境界設定」の必要性/3 たかがアタッチメント,されどアタッチメント/4 親子関係から社会的ネットワークにおけるアタッチメントへ/5 モノトロピー・階層的組織化仮説を超えて/6 むすびとして

引用文献/索引

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