職場での性自認の尊重と人事院・裁判所の責任:東京高裁2021(令和3)年5月27日判決(岡田正則)
月刊「法律時報」より掲載。
(不定期更新)
◆この記事は「法律時報」93巻12号(2021年11月号)に掲載されているものです。◆
東京高裁令和3年5月27日判決
1 はじめに
各人の性自認は職場においてどのように尊重されるべきなのか。国家公務員の勤務条件の保障としてこの点が問われた事件を取り上げて、考えてみたい。
原告は経済産業省に入職後、1999年に性同一性障害の診断を受け、2009年に職場でも女性職員として働きたい旨を所属室長に申し出た。人事担当の秘書課調査官らは、関係部署との協議、所属部署職員対象の説明会などを経て、2階以上離れた女性トイレの使用など、一定の条件付きで女性としての勤務を原告に認めることとした。その後、室長や調査官らから原告に対し、性同一性障害者特例法に定める性別適合手術を受けない理由の確認や、戸籍上の性別を変更しないまま異動した場合には性同一性障害である旨の表明を異動先ですることがトイレ使用の条件であるとの説明などが行われた。こうした状況の下で、原告は抑うつ状態となり、また身体的疾病を発症した。
原告は、2013年12月、国家公務員法86条に基づき、「戸籍上の性別及び性別適合手術を受けたかどうかに関わらず、異動、トイレ使用に制限を設けず、原則として他の一般的な女性職員と同等の処遇を行うこと。また、性的なプライバシーを尊重すること。」という措置要求を人事院に対して行った。人事院は、2015年5月、原告の措置要求を認めない旨の判定(以下「本件判定」という)を行った。原告は本件判定の取消しと室長・調査官らの言動についての国家賠償を求める訴訟を提起した。
第1審の東京地裁は本件判定の取消請求を認容したのに対して、控訴審の東京高裁は、トイレ使用の制限等が経産省および人事院の裁量権の範囲内だとして当該取消請求を棄却した(この控訴審判決を以下「本件高裁判決」という。国賠に関する判断は末尾で触れる)。以下、2つの判決を概観した後、主に本件高裁判決の検討をとおして、性自認の尊重をめぐる人事院と裁判所の責任を考察する。