「この論文は『物』ですか?いいえ、著作物です」というタイトルはたぶん著作物ではありません:法学セミナーから始める知的財産法入門(金子敏哉)(特集:応用科目へのいざない)

特集から(法学セミナー)| 2021.12.13
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」804号(2022年1月号)に掲載されているものです。◆

特集:応用科目へのいざない

法律の基本7科目と呼ばれ、法学部では必修科目とされることの多い、憲法・行政法・民法・商法(会社法)・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法をひと通り学修した読者の皆さんは、つぎにどういった法律科目を学びたいでしょうか。

基本7科目学修の道すがら、また違った切り口から、法学のおもしろみを感じたいという読者の方もいるかもしれません。

本特集では、基本7科目の「応用力」が求められ、法律学と社会との関係をより深く知ることにつながる法律科目の魅力をお伝えします。

来年度の履修登録の参考にしてみては?

――編集部

1 はじめに

今あなたはこの論文を読んでいる。あるいは聞いているのかもしれない。ともあれ、あなたが読んでいる/聞いているこの論文(本稿)は、法的にはどのような「もの」だろうか?

2 民法上の「物」と所有権

現行1)民法上、「物」とは有体物をいう(民法85条)。

あなたが今、「法学セミナー2022年1月号」(本書)2)という紙の雑誌を手に取りこのページを開いている場合、あなたが今手に取っているその紙の雑誌は、有体物である。あなたが書店で紙の雑誌である本書を購入した場合、あなたは本書について所有権を有する。

あるいはあなたは、日本評論社から提供されているデジタルコンテンツ(「法学セミナーベストセレクション」や「法セミe-Book」)の一部として本稿のPDFファイルをパソコン等で閲覧しているのかもしれない。この場合、あなたが今閲覧しているPDFファイルはデジタル形式のデータであり、有体物ではない。PDFファイルが記録されている記録媒体(又はこれが組み込まれているパソコン)等が有体物ということとなる。

そして本稿という言葉が、紙の雑誌としての本書やコピー用紙に印刷される/PDFファイルの形式で保存される/機械や人の音声によって伝達される対象としての「情報」を意味する場合、本稿は民法上の「物」(有体物)には該当しない。

所有権者は、自由にその所有する有体物を使用、収益及び処分する権利を有する(民法206条)。本稿が印刷された紙の雑誌である本書を読む行為は、有体物としての本書の使用行為にあたる。

しかし所有権の権利内容は、あくまで、その客体である有体物の物理的な使用に対する排他的支配権能であるにとどまる。当該物の物理的な使用を伴わない、物の名称や画像等の当該物に具体化された情報のみを利用する行為は、当該物に対する所有権の侵害とはならない3)

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脚注   [ + ]

1. 現行民法とは異なり旧民法(明治23法律第28号)財産篇6条は、「物」に有体物と無体物が含まれると規定し(1項)、有体物を「人ノ感官ニ触ルルモノ」(2項)、無体物を「智能ノミヲ以テ理会スルモノ」(3項)としてその一例として「著述者、技術者、及ヒ発明者ノ権利」を挙げていた。
2. 本稿で示された立場は、本稿の執筆者自身の見解である。本稿が本書に掲載されているからといって、本書の出版社である日本評論社が本稿の見解に賛成していることを意味するわけではない点に特に留意されたい。
3. 最判昭和59・1・20民集38巻1号1頁〔顔真卿自書中告身帳〕(ある寺が所有する顔真卿〔唐の政治家。その著作権は既に存続期間が満了して消滅〕による書について、寺の許可を得て撮影された写真を第三者が寺に無断で書籍に掲載した行為につき所有権侵害を否定)、最判平成16・2・13民集58巻2号311頁〔ギャロップレーサー〕(競走馬の名称をゲーム内で競走馬の所有者に無断で使用する行為につき所有権侵害を否定)を参照。