(第2回)性別変更をめぐる韓国の最近の判例(國分典子)

特集/LGBTQ・性的マイノリティと法——東アジアにおけるLGBT法政策の現状と課題| 2022.04.15
LGBTQあるいは性的マイノリティの人権問題が日本社会の中で注目を集めるようになってから久しいですが、未だその人権保障状況が充分に改善しているとはいえません。本特集では、日本と関連性の深い東アジア諸国に目を向け、そのなかでの特徴のある最近の事例や具体的な問題を紹介しながら、それぞれの歴史や現状を踏まえ、今後の展望などを考えていきます。

前特集「LGBTQ・性的マイノリティと法――トランスジェンダーの諸問題」も、ぜひ併せてお読みください。

はじめに

2021年3月、韓国ではトランスジェンダー兵士の自殺という悲しいニュースが話題となった1)。亡くなったピョン・ヒス氏は、長期間にわたって心理相談やホルモン治療を受けたうえ、2019年に所属部隊の承認を受けてタイでいわゆる性転換手術を完了し、その後、家族関係登録簿上の性別訂正許可を管轄法院2)に申請し、変更許可を受けており、女性兵士としての服務を希望していた。

しかし、陸軍の退役審査委員会は、女性兵士としての服務希望を認めず、強制退役を決定した。この結果、同氏は軍隊をやめることになったのであった。

本稿では、韓国におけるトランジェンダーの性別変更についての法制変化を概観し、2021年度の主要判決とされるトランスジェンダーの性別変更についての判例の動きと上述の事件をめぐる判決を紹介したい。

韓国におけるトランスジェンダーの性別変更の手続

韓国では、トランスジェンダーについての性別変更手続を定めた法律はない3)。家族関係登録簿上の性別変更の申請をして法院の許可を得ることで、変更が行われている。2006年に大法院が「性転換者に該当することが明白であると証明される場合には、戸籍法第120条の手続に従い、転換された性の戸籍の性別欄記載を一致させることで、戸籍記載が真正な身分関係を反映しうるようにすることが戸籍法第120条の立法趣旨に合致」するとして、当時の戸籍法上の訂正事由「戸籍の記載が法律上許され得ないもの又はその記載に錯誤若しくは遺漏があると認めたときは、利害関係人は、その戸籍のある地を管轄する家庭法院の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる」にあてはめ、性別変更を許可した4)ことを端緒として、戸籍法が廃止された今日では、「家族関係登録等に関する法律」第104条第1項5)に基づき、同様の手続で性別変更が認められてきた。2006年の大法院決定直後に、大法院は「性転換者の性別訂正許可申請事件等事務処理指針」を「戸籍例規」として定めており、「家族関係登録等に関する法律」に代わってからも同名の事務処理指針が「家族関係登録例規」として定められて、法院の性別変更許可基準となっている。

この例規はその後、何度か改正され(本稿末の表、参照)、直近では法院行政処が2020年2月21日に改正した「家族関係登録例規」として「性転換者の性別訂正許可申請事件等事務処理指針」(以下、「事務処理指針」という)が出されている。

この2020年の改正後の「事務処理指針」(家族関係登録例規第550号)の内容は以下の通りである。

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脚注   [ + ]

1. この事件についての日本語での報道記事として、BBC NEWS JAPAN 2021年3月4日オンライン記事(2022年3月17日最終確認)、聯合ニュース2021年3月3日オンライン記事(2022年3月17日同最終確認)等がある。
2. 韓国では、通常裁判所を漢字語で「法院」と呼ぶので、ここではそのまま「法院」と記載する。後述の「大法院」は最高裁判所にあたる、通常裁判所の最上級審である。
3. 以下の韓国の性別変更手続に関しては、本稿末の表の出典として挙げた国家人権委員会の2020年度人権状況実際調査研究委託報告書参照(なお、この報告書の概要については、2021年2月12日のヤフーニュース記事(2022年3月17日最終確認)でも紹介されている)。また日本語文献として、岡克彦「韓国における性転換と性差基準の法的模索」福岡女子大学国際文理学部紀要国際社会研究3号(2014年)57頁以下参照。
4. 大法院2006年6月22日 2004스42 全員合議体決定
5. 第104条第1項は、「登録簿の記録が法律上許可され得ないもの又はその記載に錯誤や遺漏があると認めたときは、利害関係人は、事件本人の登録基準地を管轄する家庭法院の許可を得て、登録簿の訂正の申請をすることができる」としている。

國分典子(こくぶん・のりこ)
法政大学法学部教授