集団的自衛権の「無力」と危うさ:「プーチンの戦争」から見えるもの (水島朝穂)

2022.04.06

三度目の「勃発」?

1914年7月28日、1939年9月1日、2022年2月24日。それぞれの年数を二分して足し算した上で月日を加えると、すべて「68」になるという数字の不思議はともかくとして、「2月24日」が三度目の世界大戦「勃発の日」として歴史年表に記録されるかどうかはわからない。ただ、この日を期して、新たな戦争の時代に入ったことは間違いないだろう。この30年あまりの「ポスト冷戦」期における「地域紛争」や「対テロ戦争」といった非(準)国家的主体が絡んだ「戦争」とは異なり、戦後国際秩序の形成者を当事者とする、典型的な国家間戦争への歴史の逆走なのか。それはすでに8年前に始まっていた。

セヴァスティアン・キールマンセックの編著『国土防衛と同盟防衛の再帰―古いシナリオの新しい法的諸問題』1) には、2014年3月のロシアによるクリミア併合が、「北大西洋条約機構(NATO)の新しいパラダイム転換」になるという分析が示されていた。実は「NATOのパラダイム転換」は30年あまり前に劇的な形で起きていた。それは「ベルリンの壁」崩壊後の1991年、ソ連邦とワルシャワ条約機構(旧WTO)の解体である。その意味で今回は、「パラダイムの360度転換」となるのか。

NATOとAMPOの再定義

NATOとワルシャワ条約機構はともに集団的自衛権の機構である。NATO条約5条にはこうある。「締約国は、ヨーロッパ又は北アメリカにおける一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなすことに同意する。したがって、締約国は、そのような武力攻撃が行われたときは、各締約国が、国際連合憲章第51条の規定によって認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、この攻撃を受けた締約国を援助することに同意する」と。

他方、今は存在しないワルシャワ条約4条は、こう規定していた。「ヨーロッパにおける締約国の一又は二以上の国に対するいずれかの国若しくは国家群からの武力攻撃の場合には、各締約国は、国際連合憲章第51条に従い、個別の又は集団的な自衛権の行使として、このような攻撃を受けた一又は二以上の国に対し、個別に、及び他の締約国との合意により、その必要と認めるすべての手段(武力の行使を含む。)により即時の援助を与えなければならない」。ワルシャワ条約は、1949年設立のNATOに対抗して1955年に設立されたので、文言にはNATOの存在が意識されており、何よりも、武力攻撃の主体に「国家群」を含めている。また、両者ともに、集団的自衛権の措置については、国連安保理に報告ないし通告することを求めている。これは国連憲章51条に従った条文の建て付けといえる。

1991年、NATOは、ワルシャワ条約機構の解体により「最大の仮想敵」を失うことになる。巨大な軍隊と高額の軍事費に依存する軍需産業を維持し続けるためには、「新たな脅威」が必要となった。ここから、NATOは自らの存在証明のため再定義を試み、1999年の「新戦略」により、世界各地のさまざまな地域・民族紛争に関与・介入していくことになる。これは、ソ連を最大の仮想敵国としていた日米安保条約体制も同様だった。

22年前、平和学者のヨハン・ガルトゥングは、NATOとAMPO(日本通の彼は日米安保体制を「アンポ」と呼ぶ)の拡張を「地球軍事的構成」と喝破していた2)。即ち、NATOの「東方拡大」とAMPOの「西方拡大」である。湾岸への掃海艇派遣(1991年)に始まり、イラク派遣や南スーダン派遣、アフリカ・ジブチの海外拠点(基地)など、自衛隊の「西方拡大」が進んでいることは周知の通りである。NATOも、コソボ(KFOR)やアフガニスタン(ISAF)など、「北大西洋」にとどまらないグローバルな規模で新たな脅威を求めていった。2001年の「9.11」には、集団的自衛権機構としての「原点」である「5条事態」を宣言したものの、行使の相手が国家でなかったため、「テロとの戦い」という変則的な形となった。

NATOは加盟国を増やしてきたが、1999年からは「東方拡大」路線をとり、チェコやポーランドなど、ワルシャワ条約機構加盟国の大半を取り込んでいく。ソ連邦解体で独立した諸国の多くも、NATOへの加盟を希望するに至った(現在、加盟国は30カ国)。

プーチン演説とウクライナ侵攻

プーチン・ロシア大統領は、ソ連邦の解体を「20世紀最大の地政学的大惨事」として捉え、「白ロシア」(ベラルーシ)を同盟国としつつ、「小ロシア」(チャイコフスキー交響曲第2番ハ短調のタイトル)3)のウクライナを最後の砦として重視してきた。プーチンの世界観からすれば、NATOの「東方拡大」がウクライナにまで進めば、ロシアの安全保障に対する明白かつ現在の脅威ということになる。2014年2月の政権交代により、親米政権がNATO加盟に前のめりになるに至り、プーチンは同年3月、一気に「クリミア併合」という禁じ手を使う。そして、東部のドンバス地域で、親ロシア派勢力がウクライナ政府軍との戦闘に突入していく。この「クリミア併合」に始まる一連の動きは、NATO本来の集団的自衛権機構としての本質に関わる重大事態だったはずだったが、米国もNATOもこれに効果的に対応することができなかった。ドイツのメルケル政権は、ウクライナのNATO加盟を「永遠の待合室」にとどめるように動く。バイデン米大統領も、2022年2月10日、「ロシアがウクライナに侵攻した場合、米軍を派遣する考えはない」と明言してしまう。2014年同様、ここでプーチンは電撃的な行動に出た。

2月24日、ロシア軍のウクライナへの全面的な軍事侵攻が始まった。「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」(国連憲章24条)を負う安全保障理事会の常任理事国であるロシアが、自ら「平和に対する脅威」「平和の破壊」「侵略行為」の主体となるという、戦後国際秩序が想定していなかった異常事態が生まれた。

背景を理解するために、侵攻に先立ち、プーチン大統領が行った24日未明の演説4)が重要である。そこには、彼なりの歴史認識、世界観、西側世界の嘘とダブルスタンダード(旧ユーゴ、イラク、リビア、シリア) への怒り、NATO「東方拡大」への本能的恐怖と激しい敵意・嫌悪感が滲み出ている。「わが国家の存在、主権そのものに対する現実の脅威、レッドラインを超えた」と。そして、ウクライナの極右民族主義者「ネオナチ」によるドンバス地域のロシア系住民の「ジェノサイド」を激しく非難する。ただ、それに対処するための「人道的介入」や「保護する責任」、あるいは「極右民族主義者の政権」を倒す「体制転換」(レジーム・チェンジ)という理由づけには踏み込まず、法的根拠らしきものは、直前の2月21日に国家承認した2つの親ロシア系「人民共和国」からの「要請」に基づく集団的自衛権行使ということにつきる。この「特別軍事作戦」を実施したことを、ロシアは、憲章51条に基づき、国連事務総長に対して、そこは遅滞なく通告している(S/2022/154)5)

ウクライナ侵攻は明白な侵略

国際法上、一般に「集団的自衛権」とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利をいう。ロシアの通告は、憲章51条に則ったものであるが、問題は、ロシアの「特別軍事作戦」が慣習国際法を反映した合法的な自衛権行使だったかにある6)。2つのポイントが重要で、一つは、自衛権行使の要件である「武力攻撃」があったかである。この要件がクリアされないことは明らかだろう。2つ目は、ロシアが駆け込み的に承認した2つの「人民共和国」が国家といえるかである。国際社会でこれを承認する国はほとんどない。加えて、ロシアの主張には、自衛の必要性、緊急性、比例性のすべてが欠けている。プーチン大統領が「レッドライン」を超えたとするNATOの「東方拡大」について、ロシアの国境に敵対的な攻撃的同盟が近づいたとしても、それだけではロシアの自衛権行使を正当化することはできない。ロシアの侵攻は、非常にシンプルな意味での侵略であり、違法な武力行使であり、重大な国際法違反とされる所以である。民間人や民間施設に対する無差別の砲爆撃によって多数の死者を出していることも徐々に明らかになりつつあり、戦争犯罪として国際刑事裁判所が活動を開始している。

集団的自衛権の「無力」と危うさ

日本では、クリミア危機が起きていた2014年7月、安倍晋三内閣は、「集団的自衛権の行使は違憲」とする政府解釈を変更する閣議決定を行った7)。無理筋の解釈変更の上に、防衛法制に接ぎ木した「平和安全法制」(安全保障関連法)は、相当無理をした建て付けになっている。集団的自衛権行使を可能にしたことで、日本の安全保障は確実なものになったのか。そこに、今回の「プーチンの戦争」は2つの「不都合な真実」を突きつけている。

まず、いまウクライナは個別的自衛権で対応しているわけで、米国もNATO理事会も加盟国政府も、ウクライナのNATO加盟に積極的ではない。集団的自衛権の行使がもたらす破局的結果(核戦争に至る)を誰しもが自覚しているからである。NATO加盟に前のめりだったウクライナ大統領ですら、NATOとは別の、「新しい安全保障枠組み」を求めている。これは集団的自衛権機構たるNATOが歴史的使命を終えつつあることを示すものではないか。ミンスク合意で重要な役割を果たした欧州安全保障協力機構(OSCE)の再登場とそれをさらに発展させていく安全保障枠組みが検討されていくだろう。安倍元首相が強引に行った解釈変更や法整備は歴史的退歩ということになる。

もう一つは、ロシアが集団的自衛権を「濫用」したことである。ウクライナ東部に「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」という2つの「国」をつくり、それらと「友好協力相互支援協定」を締結し、それらの「国」の政府の要請という形をとって、集団的自衛権行使としての「特別軍事作戦」を実施している。集団的自衛権の場合、自国に対する武力攻撃の存在という明確な外形的事実が問われないため、行使の必要性を「創作」するなど、恣意的な運用が可能なことを示している。

「プーチンの戦争」を「奇貨」として、米国とNATOは、ハイテク軍隊と軍需産業の「持続可能な発展」を確保する方向に動くだろう。「プーチンの戦争」は、地球温暖化問題やSDGsに世界が尽力し、資源や資金を投じていくことを阻止しようとする、世界の軍事・軍需パワーによる歴史的逆行(Restauration)といえるかもしれない。それゆえに、またそれだからこそ、ウクライナの民衆を犠牲にしているこの戦争を、一刻も早く止める必要があるわけである。

なお、詳細は、筆者が毎週更新しているホームページの「直言」を参照されたい8)

《2022年4月3日脱稿》

脚注   [ + ]

1. Sebastian Graf von Kielmansegg, u. a. (Hrsg.), Die Wiederkehr der Landes- und Bündnisverteidigung: Neue Rechtsfragen eines alten Szenarios, 2000, S. 12, 27f.
2. Johan Galtung, Die Zukunft der Menschenrechten, 2000, S. 126f. 水島朝穂「日本の「防衛政策」―転換への視点」ジュリストNo.1192(2001年1月1/15日号)45頁。
3. 第1楽章冒頭から全体を通して3曲のウクライナ民謡が使われているため、「小ロシア」という「愛称」が付けられた。ウクライナでこの曲が演奏される際、これが使われてきたのかどうかはわからない。
4. 演説全文の翻訳がNHKのサイトにある。英文のテキストは、ここから
5. 事務総長に宛てたロシアの通告文(2022年2月24日)【PDF】
6. ここからの叙述は、Cf.Michael N.Schmitt, Russia’s “Special Military Operation”and the(calaimed) Right of Self-Defense, Feb 28, 2022. 参照。
7. 水島朝穂『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』(岩波書店、2014年)、『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年)215-231頁参照。
8. ウクライナをめぐる「瀬戸際・寸止め」手法の危うさ―悲劇のスパイラル」(2月21日)
「東アジアの不戦のメッセージ」―「プーチンの7日間戦争」が始まるなかで」(2月28日)
「プーチンの戦争」に反対する―ロシアの研究者と弁護士の抗議声明」(3月7日)
戦争のために憲法を変える―2020年ロシア憲法改正の深層」(3月14日)
「大本営発表」はロシアだけではない─メディアが伝えないウクライナの「不都合な真実」」(3月21日)
わが歴史グッズの話(49)「プーチンの戦争」の不条理―兵器の在庫処分と新兵器の実験場」(3月28日)

水島朝穂(みずしま・あさほ 早稲田大学法学学術院教授)
1953年生まれ。早稲田大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。札幌学院大学、広島大学を経て、1996年より現職。専門は、憲法学/法政策論。著書に、『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年)、『18歳からはじめる憲法〔第2版〕』(法律文化社、2016年)、『ライブ講義 徹底分析!集団的自衛権』(岩波書店、2015年)、『はじめての憲法教室――立憲主義の基本から考える』(集英社、2013年)、『戦争とたたかう――憲法学者・久田栄正のルソン戦体験』(岩波現代文庫、2013年)など。