「大学ガバナンス改革」と 大学の自治(佐藤岩夫)

法律時評(法律時報)| 2022.06.30
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
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月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」94巻7号(2022年7月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

近年、大学ガバナンス改革をめぐる動きが活発である。2014年の学校教育法および国立大学法人法の改正によって、教授会の役割の「明確化」や国立大学法人の学長等の選考過程の「透明化」などが行われ、議論を呼んだ。国立大学については、2019年5月および2021年5月にも国立大学法人法の重要な改正が行われている。

私立大学の設置主体となる学校法人についても、2019年5月に私立学校法の改正が行われた後、文部科学省において、「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」(2020年1月~2021年3月)、「学校法人ガバナンス改革会議」(2021年7月~同12月)、「学校法人制度改革特別委員会」(2022年1月~同3月)と相次いで検討が行われている。学校法人ガバナンス改革会議の提言に対して私学関係者の強い反発があり、急遽新たに学校法人度改革特別委員会の検討が開始したことは記憶に新しい(その後、文科省は、本年5月20日に、「私立学校法改正法案骨子」【PDF】を発表した)。

さらに本年5月18日には、国公私立大学共通の仕組みとして、世界トップレベルの研究力をめざす大学(国際卓越研究大学)を10兆円規模の大学ファンド(基金)で支援する制度を創設する法律(国際卓越研究大学の研究及び研究成果の活用のための体制の強化に関する法律。以下、「国際卓越研究大学法」)が国会で可決成立した。この国際卓越研究大学構想においてもガバナンス改革が制度の重要な柱となっている。

これらの大学ガバナンス改革をめぐる議論の背景には、政府が進める大学経営における学長リーダーシップの強化の方針、他方で多発する私立大学の経営をめぐる不祥事や国立大学の学長選考・大学運営をめぐる混乱、そして、大学が社会の公共的負託に応える存在としてその組織・活動の透明性や説明責任を強化することへの要請など多様な背景がある。加えて、イノベーション創出のための大学の活用という近年の政府の科学技術・イノベーション政策の影響も重要である。

本稿では、最新の重要な出来事である国際卓越研究大学のガバナンス改革構想について、「大学の自治」の観点から若干の論評を試みる。国際卓越研究大学構想についてはいくつかのレベルで論ずべきことがあるが、今回は同構想に含まれる「ガバナンス改革」に焦点を合わせる。なお、筆者の知見の制約から、やや国立大学をめぐる状況に重点を置いた議論となったことはお許しいただきたい。

2 国際卓越研究大学のガバナンス構想

大学ファンドおよび国際卓越研究大学の構想については、政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に設置された「世界と伍する研究大学専門調査会」が2021年7月27日に『世界と伍する研究大学の在り方について(中間とりまとめ)』を発表し、2022年2月1日には、CSTIの名で『世界と伍する研究大学の在り方について 最終まとめ』【PDF】(以下、『最終まとめ』)を発表している。

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『最終まとめ』によれば、国際卓越研究大学の認定要件としては、①自律と責任あるガバナンス体制、②国際的に卓越した研究成果の創出、③実効性高く意欲的な事業・財務戦略(3%程度の事業成長)があげられている。本稿の主題であるガバナンスとの関係では、①の自律と責任あるガバナンス体制を実現するため、国際卓越研究大学に、法人の重要事項を決定し、法人の長の選考・監督を行う合議体を設置するものとし、そして、この合議体の構成員の相当程度(たとえば過半数、半数以上等)は学外者とすることが適当であるとされている。その上で、国立大学法人に設置される合議体のイメージとしては、文部科学省に設置された「世界と伍する研究大学の実現に向けた制度改正等のための検討会議」(以下、「検討会議」)の『論点整理』【PDF】(2021年12月24日)の「3」において、「法人総合戦略会議(仮称)」の名称が示され(ただし、本稿では「合議体」で統一する)、その構成員の選考は学内外同数の者による選考組織を設けるのが適当であるとされ、また、合議体が決定する法人の重要事項としては、国の定める中期目標への意見、法人の中期計画の決定、事業成長戦略や財務計画等の決定、予算・決算に関する事項が例示されている。現行国立大学法人法は合議体によるガバナンスを前提としていないため、『最終まとめ』の実現のためには国立大学法人法の改正が必要となる。同法の改正法案は来年の通常国会に上程される予定であると聞く。

なお、国際卓越研究大学法によれば、国際卓越研究大学制度の運用に係る基本方針の策定、国際卓越研究大学の認定、国際卓越研究大学が作成する目標・事業内容等の計画の認可は文科大臣が行うが、そのいずれについてもCSTIの意見を聴くものとされており(国際卓越研究大学法)、また、詳細はまだ不明であるが国際卓越研究大学への国の関与の仕組みはCSTIが文科省の科学技術・学術審議会と共同で実施する方針が示されている(『最終まとめ』・『論点整理』)。全体として、大学ファンドおよび国際卓越研究大学については、構想それ自体だけでなく、制度運用の各段階においても、政府の科学技術・イノベーション政策との連動が図られる制度設計となっている。近年の科学技術・イノベーション政策では、たとえば経済安全保障が重要課題となっているが、国際卓越研究大学は、この経済安全保障の課題(この問題はさらにデュアルユース、セキュリティ・クリアランス、米国DARPA型の研究資金制度、軍事的安全保障研究等幅広い問題に波及する可能性がある)にもより直接的に向き合う必要に迫られる事態も想定される。また、3%程度の事業成長という条件が、基礎研究を含めた各大学の研究の多様性にどのような影響を及ぼすかも気になるところである。このような背景の下で国際卓越研究大学自身の主体的な意思決定の仕組みをどのように確保できるか、「ガバナンス改革」の中身が重要な論点となる。

合議体を含む国際卓越研究大学のガバナンスの具体的あり方の検討は今後本格化すると思われるが、その際に「大学の自治」の観点から重要と思われる視点を2つあげておく。

3 大学の自治の原点に戻って

今さらであるが、憲法23条は学問の自由を保障し、東大ポポロ事件最高裁判決(最大判1963・5・22)は「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている」としている。そして学説では、この大学の自治は、大学それ自体が外部からの干渉を受けないと同時に、大学の構成員たる研究・教育者集団の自律をも意味し、大学の自治が学問の自由を保障する目的を持つことからすれば、後者の保障こそが眼目であるとの考えが有力である1)。さらに、この憲法23条の現代的意義として、裁判的保障の基準としての意義に加えて、各種法令の解釈・運用の基準、さらには大学における自律的な規則の制定や慣行の確立をリードするものとしての意義が重要であることも指摘されている2)

このような研究・教育に直接携わる大学構成員の自律の観点から現行国立大学法人法の枠組みを眺めた場合、そこには次のような一連の代表性の連鎖の可能性が開かれていることが重要である。すなわち、研究・教育の直接の担い手である大学構成員が各研究組織の長を選出し、それらの長が教育研究評議会の構成員となり(国立大学法人法21条2項3号)、その中から教育研究評議会において学長選考・監察会議委員に選出された者(同法12条2項2号)が経営協議会において選出された学外委員(同法12条2項1号)とともに学長選考その他の決定に携わる。このような代表性の連鎖が学長選考・監察会議による学長選考等の正統性をより確かなものとするという関係である。なお、学長選考・監察会議は学外委員・学内委員各同数により構成されるが(同法12条2項)、このことに積極的意義を見出すとすれば、それは、学長選考等に広く社会の意見を反映させることを前提に、学外委員・学内委員が同数であることによって、学外委員・学内委員それぞれだけでは決定することができず、そのことがむしろ学外・学内両者の視点の実りある対話の契機を与えること、また、学外委員だけでは決定できないことが上記の研究・教育者集団の自律の実効性を担保することにある。

もちろん、以上は原則型ないし理念的な姿であり、各国立大学の判断で多様な制度設計や運用が行われている結果、様々な問題も顕在化している。しかし、現行国立大学法人法が上記のような代表性の連鎖とそれによる正統性確保に制度上開かれた構造になっていることは改めて確認しておくべき事柄である。国際卓越研究大学の合議体の位置づけ・構成の問題は、合議体がどのような権限を持つかと密接に関係している。たとえば合議体の権限の範囲が限定的であったり助言的機能を持つに過ぎない場合は、合議体の構成には柔軟な設計の余地がある。しかし、現在議論されているように、合議体に対して、法人の重要事項を決定し、法人の長の選考・監督を行う強い権限が与えられる場合には、上に述べたような大学の自治の観点から代表性・正統性を確保しうる制度設計となるかが重要な試金石の一つとなろう。また、これに関わり、合議体の構成について、『最終まとめ』では「合議体の構成員の相当程度(たとえば過半数、半数以上等)は学外者」とされるが、ここに例示される「過半数」と「半数以上」では学内者・学外者を同数とする可能性が開かれるかどうかの点で大きな違いがあり、今後の議論の行方を注視する必要がある3)

4 大学全体の組織構造の視点

国際卓越研究大学のガバナンスを考える上で重要な視点のもう一つは、大学の意思決定に関わる組織構造全体を見る視点である。

たとえば、合議体の構想は米国の研究大学における理事会(board of trustees, board of regents)に似た面もあるが、よく知られているように、米国の大学では、教学事項について強い権限を持つ大学構成員のボトムアップ組織としてアカデミック・セネイト(academic senate)がある。米国の大学制度は、理事会、執行部、アカデミック・セネイトの三者がそれぞれ権限と責任を分有しつつチェック&バランスを行うシェアド・ガバナンス(shared governance. 協同統治)を形づくっている。強い権限を持つ理事会の役割は、このような大学全体の組織構造を離れて評価することはできない。

また、ドイツでも、近年、大学執行部の権限強化や、伝統的な合議制組織であり大学構成員の代表からなる評議会(Senat)に加えて、学外者が多く参加する大学審議会(Hochschulrat)を導入する動きがある。大学審議会導入の背景には、米国の理事会制度の影響があると言われるが、ここで重要なのは、ドイツでは、連邦憲法裁判所の判決を通じて、大学ガバナンスを大学の組織構造全体の中で考える視点が明確になっていることである4)。大学審議会が助言的機能を超えて、たとえば学長選挙の候補者の提案権限を持つような場合は、その権限の行使は評議会の合意の下に行われることを合憲性の根拠とする判決がある。さらに、学問の自由の保持者(教員、学生等)が十分なレベルで組織決定に参加できなければならない点を強調するとともに、大学組織の全体構造を総合的に評価する観点から、大学執行部の権限を強めれば強めるほど、それに応じて、大学構成員の合議制機関の監督権・統制権、情報受領権をより強めなければならないことを指摘する判決もある。

このような大学の意思決定に関わる組織構造全体の中で考える視点は、国際卓越研究大学のガバナンスの制度設計においても重要である。合議体が法人のいかなる事項についてどのような権限を持つかは、大学内の他の機関(国立大学の場合であれば、執行部、監事、役員会、経営協議会、とりわけ教育研究評議会)との相互関係――一面では適切な相互牽制、他面では相互の対話と合意形成への契機――への適切な考慮と不可分の課題である。現在議論されているように合議体が法人の長の選考・監督や法人の重要事項の決定という強い権限を持つ方向で議論が進むのであれば、『最終まとめ』で指摘されているマイクロマネジメントへの合議体の不介入のほか、合議体それ自体の適切な運営を担保するチェックの仕組みや、諸外国においても重視されている、教学上重要な事項に関する意思決定への大学構成員の関与(具体的には教育研究評議会の関与)の強化など、多方面での検討が必要である。

(さとう・いわお 東京大学教授)

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脚注   [ + ]

1. たとえば、高柳信一『学問の自由』(岩波書店、1983年)、長谷部恭男「第23条 学問の自由」同編『注釈日本国憲法(2)』(有斐閣、2017年)488頁参照。
2. 常本照樹「大学の自治と学問の自由の現代的課題」公法研究68号(2006年)9頁参照。
3. 国際卓越研究大学のガバナンスの具体的な制度設計については、検討会議の下に設置された「法制度ワーキングチーム」において、憲法学・行政法学・会社法学の専門家による検討がなされ、その議論の概要が2021年12月24日の第5回検討会議の資料として公表されている。随所に傾聴に値する重要な指摘があるが、本文で述べた合議体の構成員の属性との関係では、(3)-1参照。
4. 詳しくは、栗島智明「大学の企業的経営と学問の自由」羽田貴史他編『学問の自由の国際比較』(岩波書店、2022年)参照。