(第45回)公的役割を担う新たな法人形態を議論するための視点(野澤大和)
(毎月中旬更新予定)
溜箭将之「公益団体のガバナンスと成長(上)(下)」
法律時報94巻2号(2022年)92頁・3号(2022年)83頁より
岸田内閣は、「新しい資本主義」を掲げ、2022年6月7日、「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ――課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済の実現」【PDF】(以下「骨太の方針」という)を閣議決定した。その中では、「『成長と分配の好循環』による新しい資本主義の実現に向け、これまで官の領域とされてきた社会課題の解決に、民の力を大いに発揮してもらい、資本主義のバージョンアップを図る」とした上で、「新たな官民連携の形として、民間で公的役割を担う新たな法人形態の必要性の有無について検討することとし、新しい資本主義実現会議1)に検討の場を設ける。あわせて、民間にとっての利便性向上の観点から、財団・社団等の既存の法人形態の改革も検討する」とされている(骨太の方針12頁)。同日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」【PDF】(以下「実行計画」という)及び工程表【PDF】によれば、公的役割を担う新たな法人形態の議論については、米国におけるベネフィットコーポレーション2)が念頭に置かれているようであり(実行計画25頁、41~43頁)、新しい資本主義実現会議において議論され、2023年度中に何らかの結論が得られることが予想される(工程表17頁)。公的役割を担う新たな法人形態の必要性を議論するにあたっては、現行制度における既存の法人形態によって公的役割を担うことの問題点や限界を明らかにするとともに、公的役割を担う新しい法人形態が広く利用され、公的な活動を拡充するためには当該法人自身が自律的に成長することができるのかという視点も重要であると考えられる。本稿は、公益信託・公益法人に関する改正議論3)を踏まえつつ、日本の公益団体法制と米国のチャリティ法制の比較を通じて、公益団体の成長、ひいては公益セクターの成長戦略という視点がいかなる意味を持つのかを検討するものである。
本稿は、まず、公益団体のガバナンスに関し、善管注意義務、評議員会・信託監督人及び収支相償等の財務規制について米国との比較を試みる。善管注意義務の点は、日本の公益法人の理事の善管注意義務違反の免除には総社員・総評議員の同意を要する等厳格な手続が課されているが、米国では、理事が、直接・間接の利害なく、十分に情報を得て、チャリティの最善の利益のために判断したのであれば注意義務違反に問われないとして、いわゆる経営判断原則が採用されている。日本では、社員総会や評議員会は理事会を監督する役割を担っているが、この運用では理事と評議員が一同に会して法人のあり方を話し合うことは難しいが、米国では、一般にはそのような仕組みは採用されておらず、地域社会の利益を反映するよう、理事会の多様化に重きが置かれている。日本の公益法人は公益目的事業の実施にあたり、費用を超える収入を得てはならないという収支相償等の財務規制が課されているが、米国では市民の寄付と政府の補助金が収入の3分の1を超えるチャリティ(パブリック・チャリティ)には財務規制が課されない。日本において、米国と異なり、財務規制の免除が撤廃されず、成長が許されないのは、政府や市民と公益団体との間に相互不信があると指摘する。ガバナンス論に関する日米比較を通じて、法令遵守だけではなく、法人や組織で責任を担う当事者が、法人・組織の目的(公益活動の拡充)のために行為する環境をどう整えるのかを論じるべきであると主張する。
次に、本稿は公益団体の歴史の日米比較を行っている。日本の公益団体の歴史は米国よりも古いものの、第2次世界大戦や戦後のインフレ等を経て生き残った団体は少なく、存続した公益団体も政府の福祉サービスの提供に比重を移し、補助金収入への依存を強めるとともに、米国であればチャリティが重要な位置を占める教育、医療、宗教という部門において、個別の立法に基づく学校法人、医療法人、宗教法人が担うものとされ、公益セクターの外に置かれることになった。また、日本では、戦後、学生運動等の住民活動は盛んであったにもかかわらず、政策提言をする能力を持った人材を要する大規模な団体が存在しなかったことや、日本の経済発展に伴って貿易摩擦や工場の海外進出への批判から、国際面での企業の社会的責任への意識が高まるとともに、日本からも国際的な人道支援や復興・開発に関与するNGOが登場するようになったが、それは欧米の政治的な制度・規範・文化の世界的展開の結果ないしそれに対する応答にすぎないものと評価する。国際的なNGOが喚起する国際世論に、日本が対峙を強いられ、対応に苦慮した捕鯨反対運動、従軍慰安婦問題及びカルロス・ゴーンと「人質司法」問題の3つの事例の分析を通じて、改めて、日本において政策提言をする能力を持った人材を有する大規模な団体が存在しなかったことと、日本の国際NGOの興隆が欧米民主主義国の影響の下で進んだことを明らかにする。
さらに、仮に多様な視点を提供できる公益団体があったとしても、それが社会や世論の分極化に繋がるリスクがあるとして、米国における大型チャリティが富裕層の私的資産を公的な影響力に転換する権力機構と化すこと(富裕層はチャリティを通じて政策形成への影響力を維持するが、貧困層に届けられる支援は限られること)や、国際NGOが説明責任を果たしているのか(実際に現地の人々の利益になっているか等)という問題意識が高まっているものの、日本の公益法人の法改正を巡る議論でその問題意識が共有されてないことを指摘する。
以上の日米比較を通じて、日本国内と国際社会の市民への訴求力を持った公益団体を育てるためには、多様な公益団体の自律的成長を促してゆく必要があるとする。官製公益団体の弊害は既にわが国の歴史が証明しており、公益団体の成長を妨げている原因である公益団体と政府・市民との相互不信を打開するためには、公益団体が社会で果たす役割を再認識する必要があると主張する。特に専門的な知識と能力を持ったスタッフを擁する公益団体の意義を再考すべきとする。そして、公益団体の成長を促すためには、法令遵守にとどまらず、成長戦略を伴う説明責任を確保するためのガバナンス面での制度改革(経営判断原則の採用、多様な理事・受託者の許容、財務制限の免除と説明責任の確保のための情報開示等)及び小規模法人の成長を促し、すそ野を広げる利用しやすい情報開示・会計税務の仕組みが必要であると主張する。
岸田内閣が掲げる「新しい資本主義」の1つの柱として、民間で公的役割を担う新たな法人形態の必要性が今後議論されていくことになるが、本稿が指摘する公益団体自身の自律的成長という視点とそれと表裏一体の公益団体の説明責任という視点を踏まえた議論が行われ、社会課題を解決したいという志を有する人に広く利用されるような公的役割を担う新たな法人形態の制度が創設されることを期待したい。
本論考を読むには
・法律時報94巻2号
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・TKCローライブラリーへ(PDFを提供しています。次号刊行後掲載)
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脚注
1. | ↑ | https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html |
2. | ↑ | 米国のベネフィットコーポレーション法は、会社法の中に、社会的責任に焦点を当てた企業が位置付けられていなかった空白を埋めるべく立法化された。社会的目的をビジネスの方式に統合する新しい法人形態とされ、①企業/経済、②政府/公共政策、③市民社会の3部門に続く、第4部門と位置付けられている(実行計画41頁)。 |
3. | ↑ | 法制審議会信託法部会「公益信託法の見直しに関する要綱案」【PDF】(2018年12月)、公益法人のガバナンスの更なる強化等に関する有識者会議「公益法人のガバナンスの更なる強化等のために(最終とりまとめ)」【PDF】(2021年12月)。 |
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。14年~15年Sidley Austin LLP(シカゴオフィス)で研修。15年ニューヨーク州弁護士登録。15年〜17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『新しい持株会設立・運営の実務〔第2版〕』(共著、商事法務、2022年)、『実務問答会社法』(共著、商事法務、2022年)、「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会の招集決定事項」旬刊商事法務2281号(2021年)、「補償契約における適正性確保措置の事例分析」資料版商事法務452号(共著、2021年)、「自己株式の取得・処分の事例分析─―2020年6月~2021年5月」資料版商事法務448号(共著、2021年)、『バーチャル株主総会の法的論点と実務』(共著、商事法務、2021年)、『令和元年改正会社法(3)』別冊商事法務461号(共著、2021年)、『令和元年会社法改正と実務対応』(共著、商事法務、2021年)、『Before/After会社法改正』(共著、弘文堂、2021年)、『令和元年改正会社法②』別冊商事法務454号(共著、2020年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)、「武田薬品によるシャイアー買収の解説〔I〕〜〔VI〕」旬刊商事法務2199号~2204号(共著、2019年)ほか多数。