緊急事態・不服従・制裁——グローバルダイニング訴訟の意義(山羽祥貴)
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判例情報
【文献種別】 判決/東京地方裁判所(第一審)
【裁判年月日】令和4年5月16日
【事件番号】 令和3年(ワ)第7039号
【事件名】 国家賠償請求事件
【裁判結果】 棄却
【参照法令】 新型インフルエンザ等対策特別措置法32条1項、同45条3項、憲法21条1項、同22条1項
【掲載誌】 裁判所ウェブサイト
【LEX/DB】 LEXDB25592297
事実の概要
令和2年春に始まった新型コロナ禍のもと、令和3年1月7日に発出された二度目の新型インフルエンザ等緊急事態(新型インフルエンザ等対策特別措置法[以下「特措法」とする]32条1項)において、被告(東京都)は1月8日以降、同法45条1項に基づき、都民に対して不要不急の外出自粛の協力要請を、また同法24条9項に基づき、飲食店等を経営する事業者に対して営業時間を午前5時から午後8時まで(酒類の提供を行う場合は午前11時から午後7時まで)とする協力要請[以下、後者を「本件協力要請」とする]を行った。東京都内32店舗の飲食店を経営する原告は、新型コロナ禍が緊急事態宣言を正当化するほどの脅威であるかについての疑義や、給付されている協力金等によっては事業や雇用の維持が困難であることなどを理由に、平常通りの営業を行う方針である旨を1月7日付でホームページにて発信し、本件協力要請に従わなかった。被告の目視での調査によると、東京都の飲食店等の中で約98%が本件協力要請に応じる一方で、2000余りの飲食店等の店舗が同協力要請に応じていなかった(3月18日時点)。
被告は2月下旬から3月中旬にかけて、本件協力要請に応じず夜間の営業を継続していた施設のうち、原告経営の26施設を含む合計129施設(原告を含む96事業者)に対し、特措法45条2項に基づき本件協力要請と同内容の営業時間短縮を求める要請[このうち原告に対するものを「本件要請」とする]を行ったうえで、同要請に従わなかった施設のうち、3月18日には原告経営の26施設を含む27施設(原告を含む2事業者)に、3月19日にはさらに5施設(5事業者)に対して、特措法45条3項の命令(2月13日の改正により、従前の「指示」に代えて導入された)として同様の対応を求めた[このうち原告に対するものを「本件命令」とする]。なお政府対策本部長(内閣総理大臣)は、3月17日の会見において、同月21日で緊急事態措置の終了を検討している旨を述べており、翌18日に解除宣言を行った。
原告は、本件命令が効力を有した3月18日から21日までの4日間、同命令に従い夜間の営業を停止したことにより合計2159万8150円の損害を被ったとして、このうち104円の賠償を被告に対し求めた。本件命令が違法である理由として原告が主張したのは、本件命令が発出された時点でその前提となる「新型インフルエンザ等緊急事態」(特措法45条2項・3項参照)にあたらなかったこと、本件命令は原告が本件協力要請に応じないことに関する発信を契機として行われた「狙い撃ち」あるいは「見せしめ」でありその目的が違法であること、営業時間の短縮によって経営の維持が困難となる等、45条2項要請に応じない「正当な理由」(同条3項)があったこと、本件命令が「特に必要があると認められるとき」(同条3項)の要件を満たさないこと、特措法や本件命令が、営業の自由(憲法22条1項)・表現の自由(同21条1項)を侵害し違憲であること等である。
判決の要旨
1 本件命令発出時に「新型インフルエンザ等緊急事態」であったか
新型インフルエンザ等緊急事態とは「新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態」であるが (特措法32条1項)、特措法はこれが発生した旨の公示(緊急事態宣言)および終了した旨の公示(緊急事態解除宣言)を政府対策本部長が行うこととしているのであるから(同条1項・5項)、後者の「公示がされるまでの間は新型インフルエンザ等緊急事態であ」り、「特措法45条2項、3項所定の新型インフルエンザ等緊急事態を、同法32条所定のそれと異なるものと解すべき合理的根拠は見当たらない。したがって、本件命令発出日に新型インフルエンザ等緊急事態であったと認められる」。新規感染者数の推移や医療提供体制の状況に基づき、実質的に緊急事態にあるかどうかという基準により特措法45条の要請・命令の可否を判断するべきとする原告の主張は、「その基準自体が不明確であ」り、上記条文の「文言解釈とも齟齬」するため採用できない。ただし、令和3年3月中旬において新規感染者数や医療提供体制の状況に改善がみられたという事情は、本件命令の発出が「特に必要があったと認められるかどうかの判断において、考慮要素となり得る」。
2 本件命令の目的の違法性
被告は原告のような発信をしていない事業者にも45条3項命令を下しており、また45条2項要請のみを行なった事業者に対しても、本件緊急事態宣言期間中に手続きを行う時間的余裕があれば同命令を下したと考えられることからすると、本件命令が「原告を狙い撃ちした、報復ないし見せしめであったとまでは認め難」く、「本件命令に違法な目的があったとは認められない」。
3 本件要請に応じない「正当な理由」があったか
国や都の専門家助言組織において飲食店が感染拡大の起点であり営業時間の短縮を求めることが必要であるとの見解が示されるなか、こうした対策のあり方は都民にも浸透し、本件命令が下された時点では都内の飲食店の約98%が本件協力要請に応じ夜間営業を行なっていなかったこと、またそのうえで本件緊急事態宣言の解除後には再び感染者の増加や医療提供体制のひっ迫が生じたことからすると、「飲食店に対する営業時間短縮の協力要請は、少なくとも令和2年から翌3年にかけての頃には、クラスター発生の起点とみられた飲食を中心とした人の流れを抑制する対策として必要かつ有用なものであったと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はな」く、「本件要請も、新型コロナウイルス感染症に対する対策の強化を図り、また、国民の生命及び健康を保護するために必要かつ有用であったということができる」。原告は「正当な理由」の有無に関して経済的事情を考慮すべきと主張するが、「45条2項要請に応じた場合には、店舗の営業時間の短縮により、必然的に売上が減少するから、同要請は事業者の経済的利益と相反する」ところ、「被告が45条2項要請を行うに際し、飲食店ごとの経営状況を考慮しなければならないとすると、同要請の影響を受けて経営状況が悪化し、又は悪化する可能性のある事業者に対しては営業時間短縮の要請を行うことができなくなって、新型コロナウイルス感染症に対する対策の強化を図り、現に発生して感染防止対策が喫緊の課題となっていた同感染症から国民の生命及び健康を保護するという目的の達成に支障を来す」。そうすると、事業者支援のための財政上の措置(特措法63条の2第1項)により影響が緩和されることや、措置が一時的であることを踏まえると「正当な理由」は限定的に解釈されるべきであり、経営状況などはこれに該当しないとした内閣官房の見解(令和3年2月12日内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長事務連絡[以下、同室長によるものを「○年○月○日事務連絡」と表記する])は相当なものであり、また原告も本件要請に応じれば感染拡大防止協力金によって損失が一定程度塡補され得たことからすると、原告において同要請に応じないことに「正当な理由」があったとは言えない。
4 本件命令の発出は「特に必要があると認めるとき」の要件を満たすか
45条3項命令は「制裁規定の前提となるものであるから、その運用は、慎重なものでなければなら」ず、この要件に該当するためには、「当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があることを要する」。内閣官房は同要件に該当する状況として、実際に3つの密に当たる環境が発生しクラスターが発生するリスクが高まっていると確認できる場合などがあるとし、感染防止対策を講じていることは考慮要素となり得るとの見解を示したほか(令和3年2月12日事務連絡)、本件命令後においては「上記要件該当性の評価について合理的な説明が可能であるか、個別施設に対しての命令を行う判断の考え方や基準について合理的な説明が可能であり、公正性の観点からも説明ができるものになっているか」に留意すべきである旨指摘しているが(令和3年4月9日事務連絡)、これらは「上記個別の事情の有無の判断に当たり、参考になる」。
まず、原告が対象施設内の座席同士の間隔の確保や強力吸排気による店舗内の換気、消毒や検温といった対策を実施していたことからすると、「内閣官房の見解等にいう3つの密に当たる環境のうち少なくとも密閉空間(換気の悪い密閉空間)が発生していたとはいえず……他方で相当の感染拡大防止対策が実施されていたのであるから、クラスターが発生するリスクが高いものとして実際に確認できる場合にあったと認めることはできない」。
他方で被告は、45条3項命令の必要性の判断は都知事の広範な裁量に委ねられているとした上で、〔1〕本件命令発出日の頃の新規感染者数の推移や医療提供体制の逼迫の状況に基けば飲食店の営業時間短縮の徹底を図るべきであったこと、〔2〕飲食店ごとの感染防止対策は営業時間短縮措置の代替策として十分でなかったことを挙げて、本件命令の発出はこの要件を満たすと主張する。しかし、特措法は45条3項命令の発出を「特に必要があると認めるときに限定しているのであるから、その裁量の幅が被告の主張のように広範なものとはいえない」ところ、〔1〕の事情をもって命令発出を認めると、対象施設の個別の事情と関わりなくこの要件が満たされることになるため「同命令を発出した法の趣旨が損なわれ、不合理」であり、〔2〕の主張は、「感染防止対策を講じていることが考慮要素になり得る旨の内閣官房の見解と齟齬する」ともに、実質的には「〔1〕の主張を繰り返すものにすぎず、もとより失当である」。
さらに被告は、上場企業であり知名度の高い原告が営業を継続することにより「飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めて」いること[理由①]や、「原告が緊急事態措置に応じない旨を強く発信することにより、他の飲食店の夜間の営業継続を誘発するおそれがあった」こと[理由②]を主張する。しかし、本件協力要請に応じていなかった都内2000余りの店舗の1%強を占めるにすぎない本件対象施設における「夜間の営業継続が、ただちに飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めていたと認める根拠は見出し難い」。本件命令の効力が生じる期間が4日間しかないことが発出時において確定しており、新規感染者数や医療提供体制の状況も改善していたことや、統計学的分析によると4日間の営業時間短縮による新規感染の抑止は少数のPCR検査の増加[認定事実によれば、4日間で2.204件(1.81日あたり1件)]で実現し得たことが認められるなか、「本件命令は4日間しか効力を生じないことが確定していたにもかかわらず、被告が同命令をあえて発出したことの必要性について……内閣官房の見解等において求められる合理的な説明はされておらず、また、同命令を行う判断の考え方や基準についても説明がない」[理由①に関する判断]。また、原告による発信は「他の飲食店に夜間の営業継続を扇動したり原告との協調を呼びかけたりしたものではな」く、「自社は緊急事態措置に応じないという意見表明であったと読むのが自然」なのであり、これに触発されて「実際に夜間の営業を継続した飲食店の存在を認めるに足りる証拠もない」のだから、原告の発信が本件命令が効力を有する4日間のうちに「他の飲食店の夜間の営業継続を誘発する具体的なおそれがあったということもできないと考えられる。」したがってこの点についても、本件命令の発出の必要性について「合理的な説明はされておらず」、その「判断の考え方や基準についても説明がない」[理由②に関する判断]。
さらに、2000余りの店舗中、本件対象施設のほかにはわずか6施設(6事業者)に対してしか45条3項命令を発出しなかったことは原告にとって不公平であり、「内閣官房の指摘する公正性の観点からの説明は困難といわざるを得ない。」
以上から、「本件対象施設につき、原告に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があったと認めることはでき」ないのであり、「本件命令の発出は特に必要であったと認められず、違法というべきである。」
5 都知事が職務上の注意義務に違反したか
本件命令発出は違法であるものの、その必要性について個別の事情があったとは認められない旨の判断であること(判決の要旨4)等を考慮すると、「同命令の発出に当たり、都知事が裁量の範囲を著しく逸脱したとまではいい難い」。本件は45条3項命令の最初の発出事例であり、「都知事が本件命令発出日の頃、同条項の要件該当性を適切に判断するのは容易でなかった」。さらに、対策審議会における学識者からの意見聴取(特措法45条4項)の結果は本件命令発出の必要性を認めるものである一方、弁明書に現れた原告代表者の考え方は、ウイルスの封じ込めは不可能であるとして飲食店に対する営業時間短縮の要請に不信感を露わにするなど、被告の立場と相容れないものであったことからすると、参照すべき先例がなかった当時において「都知事が上記意見聴取の結果よりも本件弁明書の考え方を優先し、本件命令の発出を差し控える旨判断することは、期待し得なかった」。違法性を予見できない事情がある場合に国賠法1条1項の過失を否定した判例(最判平成3年7月9日民集45巻6号1049頁、最判平成16年1月15日民集58巻1号226頁)も参考にすると、本件命令の発出に「過失があるとまではいえず、職務上の注意義務に違反したとは認められない」。
6 特措法及び本件命令の違憲性
(1) 上記の通り飲食店に対する営業時間短縮の協力要請は事件当時において必要かつ有用なものであり(判決の要旨3)、「一貫して最も重要な感染防止対策の1つ」であった。このことが都民に浸透するともに、大多数の店舗が同協力要請に応じていたなどの事情においては、「通常は上記協力要請の後に行われる45条2項要請及び45条3項命令が、飲食店に対する過剰な規制として許されないものと認めることはでき」ず、これらの規制は特措法の「目的に照らして不合理な手段であるとはいえないから」、営業の自由(憲法22条1項)を侵害し法令違憲であるとは認められない。また、本件対象施設における感染防止対策の有無の検討を怠ったとしても、立入検査(特措法72条2項)は義務ではないこと等から、適用上も原告の営業の自由が侵害されたとはいえない。
(2) また、本件命令を行うに際して付記された理由の一部において、原告の発信が「他の飲食店の夜間の営業を誘発するおそれ」が「ある旨断定した」ことは前提において誤りであったが、「上記部分は……本件記事に表れた原告代表者の考え方に対する批判や攻撃を目的とするものではなかった」ことや、対策審議会の委員からの意見や当時の報道からして「不公平感を募らせた他の飲食店が売上を増やそうとして、夜間の営業を継続する可能性が全くなかったとまではいい難い」ことからすると、「上記部分は、前提を誤っていたとはいえ、およそ根拠を欠くものであったとはいえず、また、行政手続上著しく不相当な理由の付記であったとも認められない」ので、「本件命令を行う理由のうち上記部分が、原告の表現の自由に対する過度な干渉として憲法21条1項に違反すると認めることはできない」。
判例の解説
1 緊急事態とは何か
新型コロナウイルス等対策特別措置法は、時期的な区分を設けたうえで、それぞれの段階において行うことのできる対策について規定している1)。平時においては計画の策定や物資の備蓄等の備えを行うこととしたうえで(6条以下)、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある新興感染症(新型インフルエンザ等)の発生時には、国および都道府県に対策本部が置かれ、新型インフルエンザ等対策推進会議(いわゆる「分科会」(新型コロナウイルス感染症対策分科会)はこの一部である)への諮問を経て策定した基本的対処方針のもと、検疫や医療資源の分配等に関する対応を行う(14条以下)。国民の日常生活上の行動との関係では、都道府県知事が、「公私の団体又は個人」に対する必要な協力の要請を行うことができる(24条9項協力要請)。
そのうえで、「新型インフルエンザ等緊急事態」においては、状況の深刻さに即したより踏み込んだ対応が「緊急事態措置」として可能となる。本件との関係で重要なのは、感染のまん延防止のために「必要があると認めるとき」に学校や福祉施設その他一定の施設の管理者に対して行うことのできる施設使用の停止や制限等の要請であり(45条2項要請)、また、同要請に対象者が「正当な理由がないのに」応じず、かつまん延防止のため「特に必要があると認められるとき」に行うことのできる(先行する45条2項要請と同内容の)命令である(45条3項命令)。同命令に従わなかった場合には、30万円以下の過料が制裁として課される(77条)。この過料を伴う命令という仕組みは、令和3年2月の改正によって導入されたものであり、それ以前は45条2項要請に応じない施設管理者に対しては罰則を伴わない「指示」を同じ要件のもとで行いうるものとされていた(旧45条3項)。以上の45条に基づく要請および命令を行うことができるのは、24条9項協力要請と同様、都道府県知事である(なお、令和3年2月の改正は、新型インフルエンザ等まん延防止等重点措置に関する規定を追加しており(31条の4以下)、これは緊急事態には至らなくても一定の強度を備えた対応を行う必要がある状況に備えて設けられたものである)。
それでは、これらの対応の前提となる「新型インフルエンザ等緊急事態」とは、どのような事態なのか。これについて特措法は、新興感染症の「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態」と定義しており(「政令で定める要件」については、特措法施行令6条により、感染の状況等を踏まえてその「拡大又はまん延により医療の提供に支障が生じている都道府県があると認められるとき」と規定されている)、そのうえで、政府対策本部長(内閣総理大臣)がこのような事態が発生したと認めるときに、区域と期間を定めて「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を発令するものとされている(32条1項)。
ここで1つ解釈上の問題が生じる。緊急事態の意義に関するこのような規定からすると、上記の要件を満たすかどうかに関する判断については、一律に政府対策本部長に委ねるのが特措法の趣旨だという理解が一方では成り立つ。この場合、政府対策本部長による緊急事態宣言が発令されている期間であれば、その他の要件さえ満たせば45条2項要請や45条3項命令などを都道府県知事は行うことができるということになる。他方で、個別の緊急事態措置に関する特措法の条文には、関係機関は「新型インフルエンザ等緊急事態において……できる」「新型インフルエンザ等緊急事態において……なければならない」といった規定となっているものがあり(「緊急事態宣言が発令されている期間において……」というような規定ではない)、45条2項要請や同3項命令についても同様である。こうした文言からすると、都道府県知事はこれらの措置を行うにあたって、緊急事態宣言発出に関する政府対策本部長の判断とは独立に、感染の拡大・まん延や医療提供体制の状況を考慮して、上述した「新型インフルエンザ等緊急事態」の要件を満たすかどうかをその都度判断しなければならないという解釈も成り立ちうる。原告は後者の解釈に依拠したうえで、感染状況や医療提供体制の状況に関する具体的なデータを提示して、本件命令が下された時点において「新型インフルエンザ等緊急事態」に該当していなかったことを精力的に論じていた。これに対して被告(東京都)は、前者の解釈を主張した。
この対立は、そもそも特措法が、政府対策本部長が「緊急事態」に関する宣言を行わせるという仕組みを何のために採用しているのかという問題に関わる。このように(憲法ではなく)法律上の仕組みとして設けられた「緊急事態」の宣言の意義に関する学説の議論は始まったばかりといってよい。特措法においてこうした宣言が最低限持つはずの役割は、緊急事態措置を行う期間内における行政の組織・権限の面での変動を規律するということだと考えられる2)。具体的には、政府対策本部長・都道府県対策本部長による指定行政機関や関係市町村長等への指示(33条)や市町村対策本部の設置(34条)など、平常時とは異なる意思決定のメカニズムが、緊急事態宣言を契機として立ち上がるという仕組みがとられている。さらに、行政が一定の「リスク評価」を公表することによって、(実際に行われる緊急事態措置とは別に)国民の行動変容を促す仕組みであると理解する可能性も議論されており3)、緊急事態宣言が一種の「号令」となって市民社会の様々なアクターの行動が事実上調整される(企業や大学の対応など、厳密な意味で個人の選択に委ねられない変容を含む)という我々にとってもはや馴染み深い事態を捉えるものとして注目される。
そのうえで本件との関係で問題となるのは、緊急事態宣言というかたちで一旦公表された「リスク評価」が、緊急事態措置を実際に行う行政機関を(こちらは紛うことなく法的に)拘束するという意義を認めるかということになるだろう。つまり、国民の日常生活への大幅な介入が必要となる危機的な状態であると政府対策本部長が判断してそのことを宣言している以上、個別の対応を行う他の機関もそのような局面であることを前提として対応しなければならない(今は「緊急事態」ではないから特別の対策は不要であるなどと勝手に判断してはならない)と言えるかが、問われることになる4)。これを肯定するならば、「緊急事態」に該当するかどうかについて都道府県知事が個別に判断する余地はない。他方で、政府対策本部長による「宣言」にそうした意義までは認めないというのであれば原告の解釈が支持されうることになる5)。本判決は特段の理由づけを行わずに、結論としては前者の解釈を採用している(判決の要旨1)。
もっとも、このような議論に実益はないと割り切ることも不可能ではない。およそ国家による権利の制約については、比例原則(権利の制約は目的を達成するために必要な程度にとどまるか、制約される権利と達成される利益に均衡はあるか)による拘束がある以上、感染拡大や医療提供体制逼迫の状況といった具体的事情は、個別の権限行使について同原則を適用する際に(あるいは、同原則を体現する条文の解釈適用において)考慮されるはずだからである。本判決が、本件命令発出時における感染状況等の改善は「特に必要と認められるとき」(45条3項)の該当性の判断にあたって考慮され得るとした(判決の要旨1)のもこの趣旨である。とはいえ、政府対策本部長が行ったリスク評価による関係行政機関の規制権限行使の局面での拘束を認めて、「緊急事態」該当性に関する都道府県知事の判断権を否定するのであれば、個別の権限行使における比例原則の適用においても、先行するリスク評価が一定程度の拘束力を(少なくとも事実上は)持つことを、完全に否定するのは難しい。実際、緊急事態下における裁判所の審査においては、公の秩序に重みづけがなされた比例原則の適用が確認されるという外国法の知見も紹介されるところであり6)、この点は、憲法上の緊急事態条項の導入の是非を議論するにあたって十分に留意するべきだろう。
ただし本件では、こうした問題は顕在化していない。本件命令は感染の波が下降傾向にあり医療提供体制の状況が改善しているという状況で下されたものであり、緊急事態宣言の解除を数日後に控えていた。したがって、令和3年1月の緊急事態宣言発出時(および延長に関する判断時)における政府対策本部長のリスク評価の是非にかかわりなく、本件命令が行われた時点を切り取る限りでは、大幅な行動制限を行うべきほどの切迫性はなかったともいえる。それではこのことをもって、本件命令は、比例原則を満たさず(あるいは「特に必要であると認められるとき」に該当せず)違法であるという結論が、直ちに導かれるのだろうか。以下に見る通り、事態はそう単純ではない。
2 「要請」と「命令」のあいだ
無症状者によるものを含む飛沫及びエアロゾル(空気)感染を介して伝播する新型コロナウイルスは、多様な日常的活動の累積によって感染のまん延及び医療提供体制の支障といった事態をもたらすものであるが、こうしたリスクの広範性ないし遍在性は、飲食店を感染拡大の主要な場と見定めてここに対策を集中させた事件当時の日本の戦略を前提としても、困難な問題を提起する。地域内に無数に存在する飲食店の中の個別に特定された一部の店舗を規制することによって得られる直接の感染拡大防止効果は(よほど多数の施設を対象とするのでない限り)微々たるものであり、PCR検査の僅かな拡充等のより制限的でない手段(LRA)を容易に想定できるため、この部分に限って比例原則を適用する場合に得られる解答は自明である。本件命令が「特に必要であると認められるとき」の要件を満たすか(判決の要旨4)について、原告の営業継続がもたらす人流の増大による市中感染リスクの上昇という被告の主張に関して本判決が行った論証([理由①に関する判断])は(原告が念入りに用意した統計学的証拠を援用しながらではあるが)まさにそのようなものである。
それにもかかわらず45条3項命令に上記の戦略の中での居場所を与えようとするならば、先行する一般的な(つまり、飲食店等の一定の類型の施設に対し一律に行われる)「要請」それ自体の実効性確保を目的として同命令を行うことを認めるほかない。問題を複雑にするのは、令和3年2月の特措法改正前においては、おそらくは公表が必要的であったこと(旧45条5項)との関係で、旧45条3項の指示のみならず同2項の要請についても個別の施設を特定して行うのが実務の運用であり、飲食店一般に対する営業時間の短縮要請は、(それ自体としては緊急事態措置でない)24条9項協力要請として行われてきたこと、そのうえで、旧45条2項の要請及び同3項の指示は、同協力要請に従わない施設管理者を対象に段階的に行う措置と位置づけられていたことである(令和2年4月23事務連絡7))。公表が必要的でなくなった令和3年2月改正以降は(現45条5項)、45条2項要請を一定の類型の施設全般を対象として行うことができると解されるが(令和3年2月12日事務連絡・11頁を参照)、本件では令和3年1月7日の緊急事態宣言発令以降の一連の対応の途中で法改正が行われたため、従前の実務を引きずった運用となっていることに注意が必要である。つまり、それ自体としては緊急事態措置ですらない24条9項協力要請を出発点としつつ、これに応じない場合に行われる45条2項要請、さらにこれにも応じない場合に下される45条3項指示ないし命令を通じて、飲食店等の営業の制限を行う段階的な規制システムが運用のレベルで構築されていたということである。
しかし、最終的に下される45条3項命令によって、先行する24条9項協力要請の実効性が確保されるというのは、具体的にはどのようなメカニズムによるものなのだろうか。被告は本件命令の発出の理由として、社会的影響力の大きい原告の発信を伴う夜間営業継続が生じさせる「不公平感」により、他の飲食店の同種の行為が誘発されるおそれがあると被告が主張していたが(判決の要旨4の[理由②]および答弁書・16頁を参照)、このことが示すのは、本件命令が上記のような規制システムを背景としながら、本件協力要請への不服従の制圧を通じて規範意識を保全しようとするものであったということである。たとえ刑罰ではないにしても、権力的な金銭徴収としての過料という制裁を、(原告のような)殊更に「要請」に背いた者に振りかざして服従させることを通じて、営業時間の短縮は守らなければならないルールだという意識が、人々の中に回復・強化されるというわけだ。45条3項命令に違反した場合の過料が持ちうる積極的一般予防効果8)を先行する「要請」との関係で発動させようとするこうした運用は、同命令を、(45条2項要請を介在させつつ)24条9項協力要請への服従を確保するための制裁手続の一環として用いるものといえる(本件命令は厳密には制裁(過料)の予告であって制裁そのものではないが、人々の規範意識の保全との関係で、拳を振り上げることと振り下ろすこととの間に質的な差はないと言ってよいだろう)。このような運用は、不利益処分であることの疑いがない45条3項命令を待たずに、(一般には行政指導であると考えられてきた)24条9項協力要請の段階で既に対象者に法的義務が成立することを論理的には含意する9)。
仮にこうした制裁的運用が認められるならば、営業時間短縮に応じない旨の発信を行なっていた原告を対象とする本件命令は「狙い撃ち」であるとして直ちに違法との結論を導くことはできなくなる(制裁を与える対象の選択にあたって、規範への不服従の程度・態様は当然に考慮しうる事情である)。さらには、45条3項が命令発出の要件を「特に必要と認められるとき」と限定していることも、裁判上は大きな意義を持たないことになる。制裁によって得られる規範意識の回復・強化という不透明かつ流動的な心理的効果について個別具体的な立証を求めることはナンセンスであり、また一般予防効果を実現するには、潜在的には全ての違背に対して制裁がありうるという前提が共有されていなければならない。このほか、本件命令の発出時点で感染状況等が改善傾向にあったという事情がもつ意義も自明ではなくなる。命令発出がもたらす規範意識の保全は幅を持ったタイムスパンで作用しうるものであり、将来において改めて行われる「要請」への不服従を防止するために行われたものであると考えるならば、命令発出の時点における感染状況等は必ずしも重要ではないとも言えるからだ10)。
このように制裁的運用の可否は、本件命令の適法性を論じるにあたって無視することのできない先決問題だが、同時に裁判所をジレンマに立たせる。制裁的運用を認めるならば、「お願い」を通じてコロナ対応を行なってきた日本という広く共有された認識は、令和3年2月改正以降その中核部分において神話だったということになるが、上述の通り、45条3項命令発出の法的統制が空洞化することは避けがたい。さらに、同命令との一体的な運用が法文上想定されている同条2項要請はともかく、緊急事態措置ですらない24条9項協力要請を、実質的に法的義務を課すものへと昇格させるのは無理がある(ただし判例の解説4も参照)。他方で、制裁的運用を否定する場合には、45条3項命令の単独での感染拡大防止効果を問わなければならないから、同命令はそれ自体として実効再生産数に影響を及ぼすほどの規模をもつ催事等(いわゆるスーパースプレッディング・イベント)を行う施設等を対象とする場合にのみ可能となり、45条3項命令は飲食店を「急所」とする日本の戦略における居場所を失う。以下では、本判決がこのジレンマにどのような対処をしたのかを見ていきたい。
3 混迷するテクスト
まず本判決は、飲食店一般に対して行われる24条9項協力要請を起点としつつ45条の措置によってその実効性を確保する規制システムそれ自体を否定しない。例えば本件命令の目的の違法性に関して本判決は、本件命令が「原告を狙い撃ちした、報復ないし見せしめ」[強調筆者]であることは認められないとして主観的害意を否定するにとどまっており(判決の要旨2)、一般予防効果を狙った「見せしめ」として45条3項命令を行う可能性については余白を残す書き振りとなっている11)。また、飲食店に対して営業時間の短縮を求める対策が「必要かつ有用」であるという前提のもと、「通常は上記協力要請の後に行われる45条2項要請及び45条3項命令が、飲食店に対する過剰な規制として許されないものと認めることはでき」ない[強調筆者]として特措法による営業の自由の侵害を否定した憲法判断の部分(判決の要旨6 (1))も、45条3項命令が飲食店に対する24条9項協力要請の実効性を確保するために行われるものであることを是認しなければ成り立たない判示である。
同じことは、45条2項要請に応じないことの「正当な理由」の有無に関する判示(判決の要旨3)についても言えそうである。ここでも、飲食店一般に対して営業時間短縮の要請を行うという(必然的に営業の自由の制限を伴う)対策の必要性・有効性を前提としつつ、事業者の経済的事情を「正当な理由」の判断にあたって考慮する解釈がこの戦略に支障を来すがゆえに排除されるという議論を、45条3項命令の要件に関する解釈論として行っているからである。もっとも、ここで本判決が「被告が45条2項要請を行うに際し、飲食店ごとの経営状況を考慮しなければならないとすると、同要請の影響を受けて経営状況が悪化し、又は悪化する可能性のある事業者に対しては営業時間短縮の要請を行うことができなくな」る[強調筆者]と述べている点は奇妙である。「正当な理由」の有無は45条3項命令の可否に関わるものであり、45条2項要請の要件とはなっていないからである。本来であれば、「正当な理由」に関して上記事情を考慮すると、経営状況が悪化する事業者には45条3項命令を行えず、先行する45条2項要請、ひいては24条9項協力要請の実効性を確保することができなくなり、飲食店を中心としてきた対策を阻害すると言わなければならなかったはずだが、そう述べることによって同命令の制裁としての性格が顕在化するのを避けたのだと思われる。
それでは、肝心の「特に必要であると認められるとき」の要件該当性の判断(判決の要旨4)についてはどうだろうか。ここでは一見する限り、非常に空疎かつ混乱した解釈論が展開されている。不利益処分を課してもやむを得ない程度の「個別の事情」を要するという判示が出発点となっているが、その「個別の事情」を当てはめるべき一般的な規範ないし基準が示されるわけではなく、それどころか命令発出について「合理的な説明」を求める(それ自体として内容の乏しい)内閣官房の見解に全面的に依拠するに至っている。またこの要件を満たしうる場合として、「3つの密に当たる環境」の発生によりクラスターが発生するリスクが高まっていることが確認できる場合を内閣官房が挙げたことも援用されるが12)、先行する「要請」では態様にかかわらず営業時間の短縮を求めておきながら、特定の施設に下される45条3項命令の段階でこうした限定を行う意義が乏しいことは、判例の解説2の冒頭で述べたことのコロラリーであるから改めて説明するまでもないだろう。さらに原告側としては、45条3項命令の制裁目的での運用は同要件の解釈上認められないことも主張していたのだが(原告第一準備書面・62頁以下)、これに対しても本判決は応答を避けており、法を語る裁判官としての責任が半ば放棄されたに等しい事態が生じている。
もっとも「個別の事情」の要求は、特措法45条3項が「特に必要があると認められるとき」という要件をあえて課したこと(45条2項要請は「必要があると認めるとき」に行いうるものとされているので、要件が一段加重されている)を重視して、被告が主張するような広範な裁量を否定することと表裏であるから、不透明・流動的な積極的一般予防効果を狙った制裁的運用を全面的には承認しないという姿勢は示されているともいえる。しかし他方で、45条3項命令を制裁として用いる可能性が全く排除されたわけでもない。原告の「要請」に対する不服従およびホームページでの発信が他の事業者の夜間営業継続を誘発するおそれがあったという被告の主張に関しては、原告の発信が扇動には至らず意見表明にとどまること、および、他の事業者の夜間営業継続を触発した具体的な証拠の欠如が指摘されており([理由②に関する判断])、表現の自由におけるブランデンバーグの基準を彷彿とさせる二段階の絞り(差し迫った違法行為を扇動または生じさせることに向けられた・かつその蓋然性の高い言論に限り、違法行為の唱導として処罰できる)13)が行われている。「個別の事情」を要求するという出発点からすれば、東京都が狙いとしたのが積極的一般予防効果の発動である以上、本件命令による不服従の制圧が人々の心理にもたらす(つまりは国家の側の象徴的言論symbolic speechとしての)影響を具体的事実に照らして問うという困難に直面することにもなりえたのだが、原告による発信が契機となったという事案の特殊性のおかげで、原告の表現行為(こちらもまた、営業時間短縮要請への不服従と結びついた象徴的言論である)の側に照準した線引きでひとまずは済ませることができた。
しかし、このように表現の自由論に仮託した論理構成を行い、しかも原告の言論が他の事業者の夜間営業継続を惹起する扇動等にはあたらないというのであれば、ホームページでの発信を契機として行われた本件命令は憲法21条1項に反するのではないかという論点が、切迫性をもつことになりそうである。これに関しては驚くべき回避策が講じられている。原告が表現の自由に関して行なっていた実際の主張は、原告の発信を理由として本件命令を発出することが表現の自由を侵害するというものだったが(原告第一準備書面・79頁以下)、本判決はこれを、本件命令に付記された理由の内容の違憲性を述べるものと捉えたうえで、そこに記されていた事柄が「著しく不相当」ではないことをもって合憲という結論を下している(判決の要旨6(2))。本来は実力と不可分である都の命令発出をあたかも純粋言論(pure speech)のように扱うこうした読み替えによって、国家による私人の表現行為の抑圧として正当化されるかに関する通常の憲法判断を避けることが可能となったことになる14)。
以上のように本判決は、45条3項命令の制裁的運用の可否という困難な問題が本件の中核をなしていることにおそらく気づきながらも、これに正面から向き合うことを執拗に回避し続けたために、全体としての論理的整合性を確保できず、様々な破綻を身にまとうことになった。こうして不十分な法解釈しか示せなかったことを大いに自覚しているであろう本判決が、先例のない45条3項命令の発出において「要件該当性を適切に判断することは容易ではなかった」と自らに語りかけるかのように述べたうえで、都知事の職務上の注意義務違反の有無について寛大な態度を示したとしても(判決の要旨5)、それは事の成り行きからすれば当然だと言わなければならない。
4 その後の展開および残された問題
本判決は本件命令を違法としたものの、職務上の注意義務違反を否定して東京都に対する原告の損害賠償請求については棄却したため、形式上は原告の全面敗訴となっている。原告は即日控訴したが、控訴審の初回期日において控訴を取り下げたため(原告代理人は、違法判断を行った判決を早期に確定させて行政実務の指針とすることを狙いとするものと説明している15))、本判決が確定している。控訴審答弁書に示された被告(東京都)の主張は、令和3年2月改正における45条3項命令の導入は、先行する45条2項要請の実効性を確保するために行われたものだから、「特に必要があると認めるとき」の意義を本判決のように格段に限定して捉えることは法の趣旨に反するというものであり(5頁以下)、これは同命令を先行する「要請」への制裁として用いる解釈論を(制裁という語は用いないとしても)本格的に展開するものである。
この主張については次の2点を指摘できる。第1に、判例の解説2で述べた通り、本件命令が本当に実効性を確保しようとしているのは、飲食店一般に対して行われた24条9項協力要請である以上、45条2項要請と45条3項命令の構造上の一体性を述べるだけではこうした運用は正当化できないということである。もっとも、本件では一連の緊急事態措置の途中で法改正が行われたという事情があり、東京都としては改正特措法が施行された時点で改めて飲食店一般を対象として45条2項要請を行えばよかったと考えるならば、こうした手続上の不備が本件命令と飲食店一般に対する要請との関係を失わせるほどのものと言いうるかが、裁判上は問題となる(なりえた)だろう。
より重要なのは、控訴審答弁書が45条2項要請と45条3項命令の関係を、騒音規制法15条の改善勧告と改善命令やストーカー規制法4条・5条の警告と禁止命令のように、不利益処分に行政指導を前置する他の立法例と同質のものとして説明しようとする点である(12-13頁)。これらにおける改善勧告や警告は、既に別の水準で設定された規範(「環境大臣の定める基準」(騒音禁止法15条1項)や法律それ自体(ストーカー規制法3条))を一応は前提とするものであるのに対して、(飲食店一般を対象とする場合の)特措法45条2項の要請は、広範な対象者が遵守するべき規範を、公衆衛生上の戦略に関する創造的な判断を前提としつつそれ自体として形成することになるから、このような意義を認めてよいか、(令和3年2月改正というよりも、平成24年制定時における)立法趣旨との関係でより慎重な検討が必要になるだろう。
いずれにしても、控訴審答弁書で行われている被告側の議論は、実際に各自治体で行われていた規制の論理構造をよく捉えたうえで、周到な解釈を示すものだといえる。第一審の段階でこうした主張が行われていれば(第一審では被告には代理人弁護士がついていなかった)、本判決もより実りのある内容になっただろう。実際の判決文は、判例の解説3に述べた通り核心部分において矛盾と混乱を抱えたものであり、理由も基準も欠いた恣意的な線引きが示されているにすぎない。このような本判決が結果として確定したとしても、先例として大きな意義を認めるべきではないだろう16)。つまり原告代理人の意図にもかかわらず、本判決をコロナ禍の法の支配にとって大きな前進と見ることは早計だと思われる。
このほか、本件において十分に議論されたとは言い難い点として、感染拡大防止のために、飲食店の営業制限というかたちで負担を集中させる戦略それ自体の(とりわけ憲法上の)是非がある。原告側が「緊急事態」該当性や原告との関係での45条3項命令の発出要件該当性に関する論点へと注力する一方で、本判決は「正当な理由」の有無の判断の前提としてこうした対策の必要性・有効性を簡潔に(とはいえ一定の論証を行なって)承認するにとどまった(判決の要旨3)。この対策の本体は法的性質の曖昧な「要請」のレベルで実施されているため正面から争点化することが難しいという事情があるが、本稿が「制裁」に関する検討を通じて示唆したように、営業時間短縮要請によって既に法的な権利制約が生じているという構成は十分に可能である。コロナ禍という事態の深刻さを否定しない立場からしても、飲食店に負担を集中させることは正当であったか、そこに妥当な科学的根拠があったのか(他の対策については十分な検討が行われたのか)という問題は真剣に問われるべきものであるとともに、本件の背景となっている社会的分断自体がこうした対策のあり方に起因する面は否定できない。公衆衛生上の基本的戦略に関する事柄であり裁判所が踏み込みづらい可能性はあるとしても、法廷においてこれを問うことの公共的価値は十分にあるだろう。
※本稿において参照した訴訟資料は、全て公共訴訟支援のプラットフォーム「CALL4」のウェブサイトにアップロードされている(2022年9月12日閲覧)。このような場の運営、および原告関係者の試みに敬意を表したい。
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脚注
1. | ↑ | より詳しい説明として、磯部哲「『自粛』や『要請』の意味」法学教室486号10頁(2021)などを参照。 |
2. | ↑ | 参照、井上武史「法律上の緊急事態の理論的検討——『宣言』にどのような意味があるのか」法律時報94巻4号120頁、120-121頁(2022年)。警察法上の緊急事態(71条)と共有する性質とされる。 |
3. | ↑ | 田代滉貴「法律による『緊急事態』への対応——井上報告へのコメント」法律時報94巻5号(2022年)103頁、106頁。 |
4. | ↑ | 井上武史「田代コメントへの再応答」法律時報94巻5号(2022年)107頁の2に示された問題関心への回答になりうると思われる。なぜそのような拘束を認めるかについては、一連の緊急事態措置を円滑化して効率的な対応を可能とするということになるだろうか。 |
5. | ↑ | 緊急事態宣言が緊急事態措置の実施に関して関係機関を全く拘束しないのであれば、同宣言が発令されていない状態においても都道府県知事が独自の判断で45条に基づく行動制限を行いうることになる。これを避けるためには、緊急事態措置について規定する条文における「新型インフルエンザ等緊急事態において」の要件との関係で、政府対策本部長の宣言は必要条件であるが十分条件ではないという解釈をとることになる(原告第一準備書面・8頁を参照)。なぜこのような片面的な拘束を認めるのかについては、緊急事態措置は国民の広範な権利制約を伴うものだから、慎重を期すために緊急事態該当性に関する政府対策本部長の判断と都道府県知事等の判断の二段階の絞りをかけるのだと説明することになるだろう。その場合、特措法が「新型インフルエンザ等緊急事態において」という文言を、組織法上の規律といえるもの(33条など)や授益的な措置(59条)に関する条文にも用いていることをどう受け止めるかが問題となる。 |
6. | ↑ | 井上・前掲注4)108頁。このように権利保障を弱める効果を持つのであれば憲法による規律が必要だという見解が同論文においては主張される。逆に、憲法レベルの緊急事態の宣言であれば一層そうした効果を強く持つだろうから警戒するべきだという立場も成り立つと思われる。 |
7. | ↑ | もっとも同事務連絡は、旧45条5項の公表を制裁と位置づけるわけではない。 |
8. | ↑ | 多くの刑法総論の教科書で解説される通り、消極的一般予防が処罰による威嚇やその告知を通じた心理的な誘導を念頭におくのに対して、積極的一般予防は国家が不法に対する拒否の姿勢を明確にすることにより、法秩序への信頼を回復することを通じて犯罪を予防しようとするものである(山中敬一『刑法総論〔第3版〕』(成文堂、2015年)60-61頁)。実定法上の規律とはひとまず区別された道徳的・社会的な規範意識を前提とする議論である。こうした刑法学の議論を本件のような行政上の制裁にどこまで持ち込めるかは一つの論点だが、ここでは詳論しない(美濃部達吉『行政刑法概論』(岩波書店、1939年)3-8頁、佐伯仁志『制裁論』(有斐閣、2009年)10頁などを参照)。いずれにしてもこうした概念を挟むことによって、東京都が主張する規制の論理が明確になるとともに、しばしば言われる「同調圧力」や「空気の支配」といった問題の法学的位相が明らかになると思われる。 |
9. | ↑ | 本文では「制裁」の語を規範への違反に対して課される不利益という最も基本的な意味で用いており、それ自体として悪いものというニュアンスは含まない。法律学を学ぶ者が暗黙のうちに常に前提としているはずの概念である。こうした通常はあまり意識されない基礎概念を用いた分析が必要な例外的事態がコロナ禍ではしばしば生じるが、本件もその1つである。ハンス・ケルゼン(長尾龍一訳)『純粋法学〔第2版〕』33頁以下(岩波書店、2014年)などが参考になるだろう。法的義務と制裁との関係については、おそらく行政法学の一般的な考え方は両者を概念上区別しており、法的義務の全てに制裁が伴うわけではないと言えるものの(例えば美濃部・前掲注8)1頁)、他方で制裁を伴う規範が常に法的義務を含意することを否定する議論は不可能だと思われる。 |
10. | ↑ | もっとも、本件では緊急事態宣言の解除を数日後に控えていたのだから、ここでいう将来の「要請」とは、その後にありうる(実際にも行われた)緊急事態措置のもとでの飲食店等への営業時間短縮要請だということになるだろう。このように複数の緊急事態措置の期間をまたいだ45条3項命令の運用が認められるかという別個の解釈問題が提起されることになる。「波」の反復によって生じるこうした状況を念頭においた運用が、特措法の趣旨からして認められるかがここでの問題である。他方で、後に言及する控訴審答弁書は、本件の緊急事態宣言終了後の段階的緩和期間(リバウンド防止期間)のもとで行われた24条9項協力要請による時短要請の実効性確保の必要性を述べる(26-27頁)。 |
11. | ↑ | 公表されている訴状や準備書面を確認する限り、原告は「狙い撃ち」「見せしめ」とは主張するものの、「報復」の語は現れない。 |
12. | ↑ | 判決の要旨4にも示した通り、ここで本判決は、「3つの密に当たる環境」という語を、密接・密集・密閉の三条件が全て重なる場合とそれ以外の場合の間を線引きするために用いている。本文で述べている問題を別にしても、これが規制の対象とするべき施設を選別する基準となる理由は定かでない。政府・専門家の用いる「3つの密」が、三条件が重なる場合を指す用法から、どれか一つで足りるとする用法へと不明確なかたちで変遷したこと、および当初の用法において三条件が重なる場合に特異的に感染リスクが上がる科学的根拠が示されなかったことについて、田中重人「『3密』概念の誕生と変遷——日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題」東北大学文学研究科研究年報 70号140頁(2021年)を参照。 |
13. | ↑ | Brandenburg v. Ohio, 395 U.S. 444, 447 (1969). 長谷部恭男『憲法[第8版]』(新世社、2022年)215頁などを参照。 |
14. | ↑ | それと同時に、規範に対する不服従およびその制圧という、社会における規範意識の存続を賭金としながら私人と国家双方の象徴的言論がぶつかり合う意味空間それ自体を覆い隠すことにも成功している。制裁的運用を少しでも認めた瞬間に論理的には立ち上がらざるをえないこの空間は、本来は表現の自由論の守備範囲外であるばかりか(市民的不服従をその影響の大きさゆえに処罰しても、通常は表現の自由の問題にはならない)、本文で述べた通り一般に法的統制が困難であり、結局は本判決が行う論証を完全に空転させるだろう。 |
15. | ↑ | 「コロナ特措法違憲訴訟〜倉持麟太郎と弁護団「このクソ素晴らしき世界」#59 presented by #8bitNews」(2022年8月16日)[2022年9月12日閲覧] |
16. | ↑ | 筆者自身、判決直後においては、本判決が「個別の事情」を要求したことの実務上の意義は大きいという旨のコメントを行ったが(新潟日報2022年5月17日など)、その後判決文を精読して見解を改めた。なお本判決に関する他の評釈として、中原茂樹「判批」法学教室504号(2022年)120頁は、(a)個別の施設におけるクラスター発生の防止と(b)社会全体の感染者数の抑制という二つの目的を区別したうえで、本判決は、45条2項要請は(b)の目的で行いうるが45条3項命令は(a)の目的でのみ可能であるという立場を示したとの解釈を示す(そのうえでこの限定の妥当性に疑問が提起される)。「まん延の防止」のために行われる緊急事態措置(45条2項・3項)においてこの2つの目的を切り離すことはできないと思われるが、いずれにせよ、本判決は判決の要旨4(理由①・②に関する判断)や6(1)において、(b)の目的を尺度として本件命令または45条3項命令一般につき評価しているので、このような整合的理解も難しい。本稿が示したように、根本的に矛盾を抱えたものとして理解するほかないだろう。また脱稿後、友岡史仁「判批」法学教室505号(2022年)63頁に接した。 |
1989年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を経て現職。コロナ問題に関する著作として、「趣旨説明および解題――コロナ禍の統治/学問」法律時報94巻5号(2022年)52頁(共著)(「小特集 コロナ対応における日本の専門知と政治・社会」の一部)などがある。