『基本行政法判例演習』(著:中原茂樹 )
はしがき──本書の狙いと使用方法
本書は、主に、拙著『基本行政法(第3版)』等を用いて行政法を学ぶ読者に対して、①行政法の事案解決のために“使える”判例の“使い方”を具体的に示すこと、②学習上必要十分な判例知識を提供すること、の2点を目的としている。
行政法の事案解決ができるようになるためには、「行政法理論・通則的法律」を用いて「個別法」を解読し、「事案」に当てはめる能力を習得しなければならない。しかし、全行政分野に妥当するものとして構成された抽象的な「行政法理論・通則的法律」と、各行政分野における多様な「個別法」および「事案」との間には、大きな隔たりがあり、両者を架橋することは容易ではない。この架橋の作業を行ったお手本が判例であり、特にお手本として“使える”判例については、“使い方”をしっかりと学ぶ必要がある。『基本行政法(第3版)』では、この点を意識した解説を行っているが、同書は、架橋の前提となる「行政法理論・通則的法律」について体系的に説明することも目的としており、設問も判例の事案そのままではなく簡略化したものを用いているため、判例そのものの紹介と“使い方”の解説については、同書を補充する書物が必要であると考えるに至った。判例の紹介・解説を詳しくしてほしいという読者からの要望も受け、本書を出版することとした。
本書は、冒頭に述べた①②の2つの目的に対応して、次の2つパートから成る。
第1に、行政法の事案解決のために、特に“使い方”をしっかりと学ぶ必要がある36件の判例(主に最高裁判例であるが、第13講・第30講については高裁の裁判例)を厳選し、事実と参照条文を見て自分の頭で考える練習ができるように工夫した(第1講~第36講)。読者は、基本問題について自分で考えた上で、この判例から学ぶこと、解説および基本問題の解答を読んで、判例の“使い方”を理解していただきたい。事実には番号を振って細分化してあるので、参照条文(判例の事案当時の条文で事案解決に不可欠なものを掲載してある)と照らし合わせて、どの事実をどのように個別法の条文(特に要件効果規定)に当てはめているかを【判旨】から読み取り、お手本にしてほしい。【判旨】の右側の【読み方】欄は、判旨を正確に読み取るためのガイドである。なお、判例の中には、そのままお手本にするには理論上の問題があるが、実務上お手本にせざるをえないものもあり、そのような判例をお手本にする際の注意点についても解説している(例えば第20講の「基本問題の解答」を参照)。
さらに、関連問題と解説で理解を確認し、応用力を身につけていただきたい。関連問題には、基本問題の判例の事案を改変することにより、判例の射程の理解を深めるもの、基本問題の判例と関連する別の重要判例を素材にしたもの、基本問題の判例の応用により解決可能な司法試験等の問題を基にしたもの、等がある。
なお、複数の判例に共通する注意点については、columnにまとめた。
このパートは、『基本行政法(第3版)』との関係では、架空の設例ではなく重要判例の事案と判決文そのものの正確な読み方を習得し、その理解の“深さ”に磨きをかけるものである。なお、上記のとおり、関連問題には、基本問題の判例と関連する別の重要判例を素材にしたものもあるので、このパートから学べる判例の数は、上記の36件を超える。
第2に、上記の36件に準ずる重要性を有し、知っておくべき判例(全268件)について、判例チェックのパートに要約を掲げた。このパートについては、必要十分な数の判例を掲載するため、要約となっているが、判例はあくまでも個別法の下での具体的な事案についての判断であることに注意する必要がある。要約する際には、可能な限り個別法および事案に言及するように配慮したので、当該判例が個別法および事案のどのような点に着目した判断であるのかを意識して読んでいただきたい。このパートは、『基本行政法(第3版)』との関係では、判例知識を“広さ”の面で補充するものである。
判例や解説で引用しているもの、下級審の情報など、その他関連判例を含めると、本書に掲載した判例は393件となる。
なお、『基本行政法(第3版)』、斎藤誠=山本隆司編『行政判例百選Ⅰ・Ⅱ(第8版)』(有斐閣、2022年)および野呂充ほか編『ケースブック行政法(第7版)』(弘文堂、2022年)に掲載されている判例については、その旨を付記してあるので、学習の参考にしてほしい。
以上のような特長を有する本書は、『基本行政法(第3版)』による判例学習を“深さ”と“広さ”の両方向に発展させ、完成させることを企図している。読者が本書を十二分に活用され、行政法を得意科目にされることを願っている。
関西学院大学法科大学院の学生の皆さんには、本書の元となった原稿を演習の授業で用いた際、貴重なご意見をいただいた。本書は筆者の授業経験から生まれたものであり、熱心に授業に参加してくださる学生の皆さんに感謝申し上げる。
小早川光郎先生には大学院時代に判例評釈を活字にする際の個別指導において、塩野宏先生には学部演習において、判例の読み方を厳しくご指導いただいたことが思い出される。その後も判例研究会等で折に触れてご指導いただいた。両先生の学恩に深く感謝したい。その成果を本書に生かせているかは心許ないが、本書を筆者の判例教育・研究の中間報告とさせていただきたい。
本書を書き上げるには、『基本行政法(第3版)』と同様に、企画からかなりの年月を要した。その間、コロナ禍を乗り越えて伴走してくださった日本評論社編集部の田中早苗さんに、厚く御礼申し上げる。
2022年12月
中原茂樹
目次
はしがき――本書の狙いと使用方法
Ⅰ 行政法の基礎
法律による行政の原理・法の一般原則・行政組織法
- 第1講 授益的処分の撤回と法律の根拠
最判昭和63年6月17日判時1289号39頁
赤ちゃんあっせん事件- 基本問題
- 関連問題1
- 関連問題2
- 第2講 計画変更と信頼保護
最判昭和56年1月27日民集35巻1号35頁
宜野座村工場誘致政策変更事件- 基本問題
- 関連問題
- 第3講 租税法律主義と信頼保護
最判昭和62年10月30日判時1262号91頁- 基本問題
- 関連問題
- 第4講 行政権の濫用
最判昭和53年5月26日民集32巻3号689頁
最判昭和53年6月16日刑集32巻4号605頁
余目町個室付浴場事件- 基本問題
- 関連問題
column 法の一般原則を援用する際も、個別法の条文解釈からスタートすることを忘れない
判例チェック
Ⅱ 行政過程論
1 行政手続
- 第5講 理由提示と処分基準
最判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
2 行政裁量
- 第6講 判断過程審査による裁量処分の適法性の判断方法
最判平成18年2月7日民集60巻2号401頁
呉市公立学校施設使用不許可事件- 基本問題
- 関連問題
- 第7講 裁量基準に従った処分の適法性(1)──申請に対する処分の場合
最判平成11年7月19日判時1688号123頁
三菱タクシーグループ運賃値上げ事件- 基本問題
- 関連問題
- 第8講 裁量基準に従った処分の適法性(2)──不利益処分の場合
最判平成24年1月16日判時2147号127頁
東京都教職員国旗国歌訴訟- 基本問題
- 関連問題
column スタートは「条文(要件効果規定)」、ゴールは「事案への当てはめ」であることを忘れない
判例チェック
3 行政立法・行政計画・行政指導・行政契約
- 第9講 委任命令の違法性
最判平成25年1月11日民集67巻1号1頁
医薬品ネット販売事件- 基本問題
- 関連問題
- 第10講 紛争調整の行政指導を担保する処分留保の違法性
最判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁
品川マンション事件- 基本問題
- 関連問題
- 第11講 相手方の任意性を損なう行政指導の違法性
最判平成5年2月18日民集47巻2号574頁
武蔵野市宅地開発指導要綱事件- 基本問題
- 関連問題
- 第12講 公害防止協定の法的拘束力
最判平成21年7月10日判時2058号53頁
福間町公害防止協定事件- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
4 行政調査・義務履行確保・情報公開
- 第13講 行政代執行の要件および争訟方法
大阪高決昭和40年10月5日行集16巻10号1756頁- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
Ⅲ 行政救済論
1 処分性・行政処分の効力
- 第14講 勧告の処分性──病院開設中止勧告
最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁- 基本問題
- 関連問題
column 処分性の認定に「原告X」は登場しない
- 第15講 通知の処分性(1)──食品衛生法違反通知
最判平成16年4月26日民集58巻4号989頁- 基本問題
- 関連問題
- 第16講 通知の処分性(2)──土壌汚染対策法の通知
最判平成24年2月3日民集66巻2号148頁- 基本問題
- 関連問題
column 昭和39年判決の定式からスタートすべきか
- 第17講 行政計画の処分性(1)──完結型計画(用途地域指定)
最判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁- 基本問題
- 関連問題1
- 関連問題2
- 第18講 行政計画の処分性(2)──非完結型計画(土地区画整理事業計画決定)
最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁- 基本問題
- 関連問題
- 第19講 条例制定行為の処分性──保育所廃止条例
最判平成21年11月26日民集63巻9号2124頁- 基本問題
- 関連問題
- 第20講 給付決定の処分性──労災就学援護費支給決定
最判平成15年9月4日判時1841号89頁- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
2 原告適格
- 第21講 原告適格(1)──行訴法9条2項に従った判断方法(都市計画事業認可)
最大判平成17年12月7日民集59巻10号2645頁
小田急訴訟大法廷判決- 基本問題
- 関連問題
- 第22講 原告適格(2)──周辺住民(産業廃棄物処分業許可)
最判平成26年7月29日民集68巻6号620頁- 基本問題
- 関連問題
- 第23講 原告適格(3)──競業者(一般廃棄物処理業許可)
最判平成26年1月28日民集68巻1号49頁- 基本問題
- 関連問題
column 原告適格の論じ方
判例チェック
3 狭義の訴えの利益・執行停止
- 第24講 建築確認と訴えの利益
最判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁- 基本問題
- 関連問題
- 第25講 競願・更新と訴えの利益
最判昭和43年12月24日民集22巻13号3254頁
東京12チャンネル事件- 基本問題
- 関連問題
- 第26講 処分基準による不利益取扱いと訴えの利益
最判平成27年3月3日民集69巻2号143頁
北海道パチンコ店営業停止命令事件- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
4 出訴期間等・審理・判決
- 第27講 違法性の承継
最判平成21年12月17日民集63巻10号2631頁
東京都建築安全条例事件- 基本問題
- 関連問題
- 第28講 処分理由の追加・差替え
最判平成11年11月19日民集53巻8号1862頁- 基本問題
- 関連問題1
- 関連問題2
判例チェック
5 取消訴訟以外の抗告訴訟・当事者訴訟・客観訴訟・行政不服審査
- 第29講 無効確認訴訟の訴えの利益
最判昭和62年4月17日民集41巻3号286頁
換地処分無効確認訴訟- 基本問題
- 関連問題
- 第30講 義務付け訴訟
福岡高判平成23年2月7日判時2122号45頁
産廃処分場措置命令義務付け事件- 基本問題
- 関連問題
- 第31講 差止訴訟と確認訴訟
最判平成24年2月9日民集66巻2号183頁
東京都国旗国歌訴訟- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
6 国家賠償
- 第32講 違法な行政処分と国賠法上の違法性
最判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁
奈良過大更正国家賠償事件- 基本問題
- 関連問題
- 第33講 規制権限不行使と国家賠償
最判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁
宅建業法事件- 基本問題
- 関連問題
- 第34講 営造物の設置管理の瑕疵
最判平成22年3月2日判時2076号44頁
北海道縦貫自動車道キツネ侵入事件- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
7 損失補償
- 第35講 消防法上の保安距離規制と補償
最判昭和58年2月18日民集37巻1号59頁
高松ガソリンスタンド地下タンク移設事件- 基本問題
- 関連問題
- 第36講 完全補償
最判昭和48年10月18日民集27巻9号1210頁
倉吉都市計画街路事業用地収用事件- 基本問題
- 関連問題
判例チェック
判例索引
書誌情報など
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- 『基本行政法判例演習』
- 著:中原茂樹
- 紙の書籍
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定価:税込 3,960円(本体価格 3,600円)
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発刊年月:2023年1月
- ISBN:978-4-535-52386-9
- 判型:A5判
- ページ数:472ページ
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