教員の多忙化という差別問題(堀口悟郎)(特集:差別問題のいま 法は差別とどう向き合うのか)
◆この記事は「法学セミナー」818号(2023年3月号)に掲載されているものです。◆
特集:差別問題のいま——法は差別とどう向き合うのか
現代社会にはどのような差別問題があるのか。法は、差別にどのような救済を図り、どのような課題があるのかを展望する。
――編集部
1 はじめに
本稿は、深刻な社会問題となっている「教員の多忙化」1)を、公立学校教員に対する「差別」という観点から分析し、その現状と課題について考察するものである。
教員多忙化問題が大きな注目を浴びる契機となったのは、文部科学省(以下「文科省」という)が公表した2016年度教員勤務実態調査の結果2)である。そこには、公立学校教員の勤務実態として、小学校教諭の33.4%、中学校教諭の57.7%が週60時間以上も労働しているといった現状が記されていた。労働基準法(以下「労基法」という)32条により、労働時間の上限(法定労働時間)は1日8時間、週40時間とされているため、労働時間が週60時間ということは、1週間に20時間、1か月では80時間以上も時間外労働をしていることになる。そして、厚生労働省が定めた過労死の労災認定基準では、心疾患や脳疾患が発症する前の2~6か月間に月平均80時間を超える時間外労働があった場合に業務と発症との関連性が強いとされていることから、月80時間の時間外労働は「過労死ライン」と呼ばれている。その過労死ラインを超えて働いている教諭が、小学校で3割以上、中学校では6割近くに達しているというのであるから、教員の多忙化は異常な状態というほかない。
しかも、他の地方公務員や私立学校・国立大学付属学校の教員を含む一般労働者とは異なり、公立学校教員には、割増賃金について定めた労基法37条が適用されない。「給特法」と略称される法律3)が、公立学校教員について、給料月額の4%に相当する額を基準として条例で定められる「教職調整額」を支給する代わりに、時間外勤務手当および休日勤務手当を支給しないと定めるとともに(3条)、労基法37条を適用除外しているからである(5条)。そのため、公立学校教員は、どれほど長時間の時間外労働を強いられようとも、割増賃金が一切支給されていない。
このような教員の多忙化は、公立学校教員を一般労働者よりも劣悪な労働環境のもとに置くという「差別」として捉えることができる。後述のとおり、教員多忙化問題の法的原因は、行政が給特法を曲解して運用し、立法がその運用を追認するような給特法改正を行い、司法も当該運用にお墨つきを与えてきたことに求められる。その意味に
おいて、当該差別に加担した「加害者」は、行政、立法、司法の三権すべてであるといえる。
以下では、給特法の本来的意義を確認したうえで(→2)、同法の曲解によって引き起こされた「教員の多忙化という差別問題」を、行政による差別(→3)、立法による差別(→4)、司法による差別(→5)の順に検討したい。
脚注
1. | ↑ | 本稿でいう「教員の多忙化」は、初等中等教育における公立学校教員の多忙化を指す。当該問題を多角的に考察したものとして、特集「教員の多忙化問題」法セ773号(2019年)17頁以下、雪村武彦=石井拓児編『教職員の多忙化と教育行政』(福村出版、2020年)参照。 |
2. | ↑ | 文科省「教員勤務実態調査(平成28年度)(確定値)について」(2018年9月27日)。その速報値が公表されたのは2017年4月である。 |
3. | ↑ | 正式名称は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」 |