『TSプロトコールの臨床:解離性同一性障害・発達障害・小トラウマ症例への治療』(著:杉山登志郎)
序章 TSプロトコールの実践
1 TSプロトコールの概要
本書はTS(Traumatic Stress)プロトコール(杉山,2021)を用いた臨床の実践報告集である。
TSプロトコールは,フラッシュバックの軽減と治療に焦点を当てた,簡易型トラウマ処理技法である。実際の治療に要する時間は5~10分間程度であり,4~6回程度の治療の実施によって,フラッシュバックは著しく軽快する。一般的な精神科外来における保険診療による治療で十分に実施が可能である。
TSプロトコールは次のものから成り立っている。
①TS処方:向精神薬の極少量処方と漢方薬の組み合わせである。
②パルサーを用いた簡易型処理:基本的には4ヵ所の部位(図1)に左右交互刺激と肩呼吸による深呼吸を行い,身体的不快感を下から上に「抜く」。
③手動による簡易型処理:②パルサーを用いた処理を1セット行った後に,不快感,違和感をチェックしてもらい,手動による処理をさらに加える。
④TS自我状態療法:解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder:DID)の併存症例に用いる。目的を主人格および部分人格相互の協働ができることに置き,人格の統合を目指さない。人格間のコミュニケーションが可能になり,相互の協力ができれば終了である。
ミニマムに概要をまとめる。処方は,フラッシュバックを軽減させる特効薬である漢方薬と,極少量の向精神薬の組み合わせを基本的に用いる。TS処方は表1の通りである。この服用の後,簡易型トラウマ処理を実施する。TSプロトコールの要点は,重いトラウマによるフラッシュバックを安全に軽減させることである。漢方薬の服用は,解除反応を起こさずにトラウマ処理を実施する安全性のためである。おおむね1週間以上,漢方薬が服用されていれば,簡易型処理を開始して大丈夫である。
最初にクライエントの脈を測り,パルサーのスピードを脈に合わせて決める。これはクライエントが心悸亢進した時に,どの程度の早さになるのかを想定して,現在の脈拍よりも早い速度に設定する。次いで,以下の4つの部位にパルサーを当て20回程度の交互刺激を加え,刺激を加えた後に,胸郭呼吸による強い深呼吸を行う。最初に腹(両側肋骨の辺縁),次いで鎖骨下部(鎖骨突起の下側方),次に首(頸動脈の部位),最後に頭(両側のこめかみ),と4ヵ所に下から上に向かって左右交互刺激と深呼吸を繰り返し,身体の不快な違和感を上に抜くのである。
この4セットによる簡易型処理の終了後,身体の違和感を尋ね,違和感のある部位に,さらにパルサーによる処理か,後述する手動による両側刺激を加える。例えば,胸の辺りに違和感があれば,鎖骨下部に両手でのタッピングを30回ほど行い,深呼吸をする。また,喉の辺りに違和感がある場合は,鎖骨下部および後勁部に両手で同じく30回のタッピングと深呼吸を行う。こうして数分の処理で身体の不快感を抜くことができる。この身体的不快感を抜くという治療を4~6回行うと,フラッシュバックそのものが軽減する。このことが筆者の発見である。1回のセッションはせいぜい10分間もあればできる。
手動処理のタッピングの部位は,4セット法と同じところに左右交互に行う(図2)。腹,鎖骨下部,首の部分は両手でパタパタと20~30回やわらかく叩き,胸郭呼吸を行う。頭は頭頂から下に両手を用いて交互になで下ろすという両側刺激を20回程度行い,その後に胸郭呼吸を行う。ちなみに手動処理の時に,鎖骨下部と頭の部位に関しては,両手を交差させて対側に両側刺激を加えるほうが,効果がより高い。パルサーを用いないで最初から手動処理のみでトラウマ処理を行うことも可能である。パルサーの処理よりもさらに安全性は高い。
子どもの場合には,鎖骨下部への2セット(同側,交差:パルサーを交差させ対側に当てる)から3セット(腹,鎖骨下部,頭,または,腹,鎖骨下部,鎖骨下部交差など)でよいことが多い。これは,おそらく子どものボディイメージに関係するのだろう。子どものボディイメージは年少児であればあるほど,延長のない丸い存在である。成人のように下から上にパルサーを当てていき,身体の違和感を抜かなくとも,中心部に位置する1ヵ所か2ヵ所,あるいは身体の中心部と頭の2ヵ所への左右交互刺激で,身体的違和感を和らげることができる。子どもの場合も同様に,この簡易型処理を4~6回,つまり2週間おきの外来では3ヵ月ほど行うと,フラッシュバックが軽減してきて,日常生活の中でフラッシュバックに振り回されることが減ってくる。
上記のTSプロトコールの詳細については,拙著『テキストブックTSプロトコール』(杉山,2021)にまとめている。この章では,テキストブックに書かれたものより専門的な,実践上のコツのようなものを拾ってみたい。
2 簡易型処理を行う時のコツ
最初に行う脈診
これまであまり明らかにしてこなかった重要な情報がある。それは脈診である。筆者はパルサーの左右交互刺激の前に必ず脈を測って,そのスピードに合わせてパルサーのスピードを決めていた。この脈が不安になってバタバタと亢進した時を想定して,そのスピードにするのであるが,この脈の取り方を漢方の3本指での脈診として行うようになった(図3)(木戸,2013)。すると,複雑性PTSD(Complex Post Traumatic Stress Disorder)の親も発達性トラウマ症の子どもも,大多数のクライエントが腎虚(図4)を示すことに気づいた。さらに,子どもへの鎖骨下部2セットでも,親への4セットでも,トラウマ処理を1セット実施した後に,この脈の状況が大きく改善することにも気づいた。脈が触診しやすくなり,腎虚のパターンが改善されるのである。筆者は,最近では積極的にクライエントに自分の脈を3本指で見てもらい,その脈が改善するのを確認してもらうようにしている。これは,この一見非常に奇異なTSプロトコールのトラウマ処理技法が身体の深いところにしっかり働いていることをクライエントに知ってもらい,いくらかでも治療へのモチベーションが上がることを意図してである。
時々であるが,肝虚(図5)を示す親や子どもに出会う。その折りに,何か腹を立てていないか,喧嘩をしていないか確認をすると,見事に的中する。この場合には,3セットによる処理を行う時は,腹同側,腹交差,鎖骨下部と,腹の部位(ここは肝のツボである)に厚く処理を行うようにする。すると,この数分の処理で肝虚所見も改善するのである。
脈診はそれ以外にも,肺の所見→喘息の悪化など,実に多くのことを教えてくれる。
声かけ
筆者はパルサーを用いた処理の最中に,できるだけクライエントに言葉がけをするようにしている。その理由は,左右交互刺激に集中をさせないためである。他の治療法に比べ圧倒的に安全ではあるが,パルサーを用いた左右交互刺激でも,稀にフラッシュバックの蓋を開け,解除反応を引き起こすことがある。特にリスクが高いのが性的虐待の既往である。そうでなくとも,トラウマ処理を実施した後の数日は悪夢が出現することがむしろ普通である。トラウマ処理を行うというだけで,フラッシュバックがすでに生じており,さらに左右交互刺激はフラッシュバックをいくらかなりとも引き起こす。クライエントの注意が左右交互刺激に集中することで強烈なフラッシュバックが生じ,解除反応が起きないように,しきりに声をかけるのである。
この点,ニューロテック社の刺激回数を計るカウンターがついている旧型パルサーが大変に使いやすく,カウンターがないテラタッパー(TheraTapper: https://www.dnmsinstitute.com/theratapper/)はここのところが大きな欠点になる。
声かけの内容は,まずクライエントが着ているTシャツなどに注目するようにしている。クライエントの着ているシャツに注目すると,そこにたまたま書いてある文句などが,実に的確にクライエントの状況を語っていたりすることがよくある。無意識に,そんな服を選んでいるのだと思う。
筆者のTSプロトコールの治療ビデオを見た尊敬する心理臨床家から,筆者が支持型面接はフラッシュバックの蓋を開けるのでダメと言いつつ,クライエントへの声かけは大変に温かく支持的ではないかと指摘された。それはその通りである。フラッシュバックの内容を追うのを禁じることと,クライエントへの温かな励ましは矛盾しない。トラウマ処理を実施していると,治療に向かい合っているクライエントに対して,支持と尊敬がおのずから湧き上がってくる。トラウマ処理は,TSプロトコールのような安全な簡易型といえども,つらい治療である。治療者からの温かなサポートがない限り,クライエントは向かい合えるものではない。
パルサーを用いた追加処理
これはいくつか知ってほしいパターンがある。1つは,4セットに追加の交差を加え5セットで行うという方法である。先に述べたように,肝虚だった時に,最初から腹の部分(肝のツボの部位)を同側,交差と2セット行う,あるいはあまりに腎虚が著しい時,鎖骨下部(腎のツボの部位)の処理を同側,交差と2セットを行う,さらに攻撃的な衝動行動があまりに強い時に,頭の部位に同側,交差と2セットで行うなど(頭のイライラ感が滞っている時に暴力的な噴出が生じるためである)。
もう1つは,仁木啓介先生(ニキハーティーホスピタル)に教えていただいた方法である。鎖骨下部と首の間に背中を入れて5セットで行う(図6)。鎖骨下部への簡易型処理が終わったところで,一旦パルサーを治療者が預かり,治療者に背中を向けてもらって肩甲骨の下の部位にパルサーを当て左右交互刺激を加え,深呼吸を行う。その後,再び対面してもらい,パルサーを再度クライエントに渡して首の部位の簡易型処理を行う。ちなみにこの場合には,首の部位は前頸部ではなく,後頸部に当てたほうがよい。これもその理由の説明ができないのであるが,脈の変化などを見ると明らかにそのほうがよいのである。トラウマ処理をはじめるとすぐに,背体勢が前に傾き,背中の重みのようなものがにじみ出てくるクライエントに時々出会う。ほぼ例外なく,まさに1人で一切を背負って生き抜いてきた人で,例えば,現在はワンオペ状態で生活をしているシングルマザーなどという場合が多い。この背中を挟むことの効果は著しく,緊張がすっと緩むのが見てとれる。
3つ目は,江川純先生(新潟大学医歯学総合病院精神科)に教えていただいた方法である。TSプロトコールを1クール実施して,それでもフラッシュバックに基づく問題が改善しない時,例えば暴れてしまうといった問題がよくならない,特に発達障害(神経発達症)系の青年・成人に対して実施する方法である。「お祭りの時に,子どもに触るんじゃないと怒鳴られた」など,フラッシュバックの内容を治療者が言葉にしたうえで4セットを行う,あるいは「20日の夜,暴れてしまいました」など,暴れてしまった状況を治療者が言葉にしたうえで4セットを行うのである。つまり,きちんとした焦点化ではないが,具体的なフラッシュバックに意識を振り向けつつ,左右交互刺激と深呼吸による処理を行うという,曝露法との折衷の処理技法である。特に言語的な表出が十分ではない発達障害の青年の大暴れに対して,このやり方が著効するのを経験する。
TSプロトコールはライセンス制をとっていない。治療に用いられる方がいろいろな試行錯誤をして,発展させていただければと思う。
手動処理におけるコツ
パルサーによる1セット実施の後,チェックすると身体の不快感が残っている時には,手動での追加処理を実施する。これは,なるべく初回から手動処理を追加していくのがよいと考えている。1クールのトラウマ処理が終わった時,フルセットの手動処理を一緒に行うセッションを入れ,クライエントが自分で自宅で簡易型処理ができるように計るのであるが,その準備を初回の簡易型処理からしておくためである。そのこともあり,追加して行う手動処理は,不快部位の場所に限らず,頭の手動処理まで行っておくことがよい。つまり,例えば腹部に不快感があれば,手動処理で,腹,鎖骨下部,首,頭とフルセットになり,胸の辺りに不快感があれば,鎖骨下部,首,頭と手動処理を行う。喉の辺りに不快感があれば,同じく鎖骨下部,首,頭と追加処理をし,頭に不快感があれば,首,頭と手動処理を一緒に行うようにする。
ここで大切なのが,頭の手動処理の時の声かけである。筆者は手を交差し,対側の頭の部位を頭頂から下へ,手を用いてなで下ろしていく時に,次のように声をかけている。例えばクライエントが母親なら「頭の真ん中を開けるイメージで,自分で自分の頭をよしよしとなでている印象で,『自分はよいお母さんだ,自分は逆境にもかかわらず乗り越えて子どもを育てた,自分はしっかり子どもを育てている,自分はよくやっている,よしよし,これからもっとよいことが起きてくる……』」など,両手のなで下ろしに合わせ,クライエントを励ます言葉を添えるようにする。実に,親から頭を「よしよし」となでられた経験などない人ばかりである。だからこそ,一層,このプラスの声かけがクライエントには必要である。この頭の手動処理の時に,言葉を反復しながら涙を流すクライエントも少なくない。
治療の間隔
TSプロトコールは治療の回数によってその成果が現れる。おおむね4~5回の施行で,フラッシュバックの軽減を認める。
それなら毎日やれば早く処理が進むのではないかという意見を聞くことがある。パルサーを用いた治療ではできないが,手動処理を最初から行った場合,毎日実施することも不可能ではない。また入院下で治療を行う場合も,毎日実施することが可能である。
しかしながら実際のところ,治療の間隔は最初の間は少なくとも1週間程度開けたほうがよいようだ。実際に頻回に実施ができる状況を作って,最短時間でトラウマ処理を行おうとしたことが何度かあるが,そうすると何かしら妨害が入って,結果的には1~2週間に1回ぐらいに落ち着くという経験を繰り返すようになった。その理由を考えると,想起を禁じていても,TSプロトコールを実施する中で,身体の中でのフラッシュバック反応が起きるので,それが収まるまでに1週間程度の時間が必要だからなのではないだろうか。身体に働きかける簡易型トラウマ処理治療によって,クライエントに対処が可能なレベルでフラッシュバックが生じる。その波が収まったところで,次のトラウマ処理を実施する。それを繰り返していくことで,フラッシュバックの治療が進んでいくのではないかと考えられる。
喉のつまり感と「ノー」のワーク
よく遭遇する症状の1つが喉のつまり感である。この現象はいわゆるヒステリー球として昔からよく知られていた症状である。臨床所見としてのヒステリー球は,言いたいことを口に出しかけてぐっと止めることを習慣的に繰り返していたクライエントにおいて普遍的にみられる症状である。あまりに執拗に続く時は,この現象の特効薬である半夏厚朴湯を用いることもあるが,一般的にはトラウマ処理の折りに手動による左右交互刺激を,鎖骨下部,首,頭と,首の部位を挟んで追加して繰り返すことによって軽減してくる。
この症状のより重症な発展型が,一つは激しい咳き込み,一つは嘔吐反応である。こちらは拙著(杉山,2019)ですでに取り上げたが,飲み込みたくないものを飲み込まされ続けたという経験をもつクライエントである。簡易型トラウマ処理の状況の中で反射的に嘔吐反応が起きてしまう。この無理に飲み込んだものとは,高校の選択から加害相手の精液まで非常に幅が広く,この嘔吐反応はきわめて難治性である。そもそも複雑性PTSDの人たちは,強く迫られると「はい」と返事してしまうという現象がよくみられる。その後にフリーズを起こすのであるが。こんな時に行うのが「ノー」のワークである(図7)。迫ってくる相手をイメージしながら両手を勢いよく前に突き出し「ノー」と力強く声を出す。これを何度か行って,イメージの中でフリーズしない拒否の練習をするのである。
3 TS処方の工夫
表1の処方を基本として,薬物療法はクライエントの特性に合わせて加減を行うことが必要である。薬物療法に関する臨床上の工夫をまとめる。
漢方薬の味見
筆者は初診において,漢方薬が必要になることが予想されたクライエントに関しては,あらかじめ用意した何種類かの漢方薬を少量味わってもらって一番飲みやすい組み合わせを用いるようにしている。おおむね3種類ぐらいを提示し,一番飲みやすいものから順番をつけてもらう。そうすることで,1つは漢方薬が種類によってそれぞれ味が違うこと,また例えば親子であれば漢方薬の飲みやすい順番がしばしば同じであったり,時には異なったりすることで,同じ(異なった)状況に親子が居ることが認識できる。また漢方薬の場合,味や飲みやすさが非常に重要である。たとえ錠剤であっても飲みづらくなった時は,薬の種類を変える必要がある。すでに漢方薬が不要になったということもある。この味見は,漢方薬の飲み心地のようなものを大切にしてほしいことを伝えるうえでも重要である。
よく用いる処方の一覧を表2に示し,解説を加える。
漢方薬の錠剤
粉の漢方薬が飲みづらいときは,錠剤を選択することができる。漢方薬には粉のものと玉のものとあり,ここが少し混乱しやすいので説明を加えておきたい。本来漢方薬は,いくつかの生剤を混ぜ,水を注ぎ,時間をかけて煎じてその煮汁を服用するのが基本的な形である。わが国で広く用いられている方剤は,その煮汁をフリーズドライしたもので,ちょうどインスタントコーヒーと同じ製造法である。したがって,これをお湯に溶かせば,本来の「煎じ薬」の形になり,本当はこれが一番身体によく飲みやすいのではないかと思う。この方剤を固めたものが錠剤なのだが,この時,方剤の1包が6錠の錠剤になる。一般的に錠剤は3錠ずつが1袋に収められている。つまりこの1袋は方剤の半包に相当する。錠剤服用の時には各々の薬を1日12錠ずつ服用すれば,1日2包の服用と同じ量になるのだが,玉の数が多いとなかなか服用が難しくなるので,続けて飲むことができる量ということで,その半分の服用になることも多い。臨床的な手応えとしては,それでも十分である。一般的な対フラッシュバックの処方において,基本的には桂枝加芍薬湯6錠,四物湯6錠を分2で服用という形になる。この場合,さらに錠剤の数が多いと継続が難しい場合には,柴胡桂枝湯6錠を1剤だけ1日2回に分け処方をしている(朝3錠,夕3錠になる)。筆者の経験では,解除反応を生じずに処理を行うという点に関しては,この処方でもなんとか大丈夫である。要は服薬の継続である。複雑性PTSDの場合,対人的な不信の症状の1つとして,服薬のアドヒアランスはきわめて不良で,服薬継続が困難であることも多い。つまり,飲み続けることが可能な処方が最優先になる。
周辺症状のために追加する漢方薬
偏頭痛はよく見かける併存症である。トラウマに起因するものは,トラウマ処理と同時に軽減するが,気圧変動を引き金とする偏頭痛も実によくみる。この場合に五苓散を頓服として用いて,よい結果が得られた症例を散見する。錠剤も出ており,偏頭痛持ちだった小学生が,痛み止めのお守りに五苓散の錠剤3錠一袋をずっと手に握っていたら偏頭痛が治った(!)というのを経験したことがある。
パニック症状もしばしば認められるが,これは不安症のパニック発作ではない。フラッシュバックの誤診であるので,抗不安薬の服用は有効性が乏しいだけでなく,意識状態を下げ,問題行動を引き起こしやすくなるので危険である。筆者は大柴胡湯3錠(半包に相当)を頓服で処方している。
追加する睡眠薬
ラメルテオン0.8㎎(0.1錠)で眠れない場合の追加眠剤である。安全な睡眠薬として登場したスボレキサント(ベルソムラ)は,悪夢という副作用が結構多く,やむを得ずブロチゾラム0.125㎎(レンドルミン0.5錠)を用いることが多かった。しかし最近になって発売されたレンボレキサント(デエビゴ)はスボレキサントと同じオレキシン拮抗剤であるが,悪夢が相対的に少なく,使いやすい薬剤である。筆者は,最低容量の錠剤レンボレキサント2.5㎎の0.5錠を頓服として追加することが増えた。むしろ問題は,すでに大量の抗不安薬系睡眠薬を飲み続けてきたクライエントが多いことだろう。このような場合には,減薬に大変に時間を要する。
悪夢があまりに著しい時に用いるのは,ミアンセリン(テトラミド)5~10㎎である。悪夢の軽減という点では著効するが,抗うつ薬なので,気分変動を引き起こさないために,数ヵ月以内の服用で中止する必要がある。
追加する抗うつ薬
抑うつが強い複雑性PTSDのクライエントに安全に用いることができる抗うつ薬は,筆者の経験では唯一デュロキセチン(サインバルタ)である。ただし,20㎎以上は用いないことが重要である。最近になって,カプセル以外の形式のジェネリック錠剤が登場し,0.5錠(10㎎)という用い方が可能になった。この薬物の場合,双極Ⅱ型類似の気分変動の症例において,躁転を経験したことがない。
追加する気分調整薬
気分変動が女性の月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)の症状であることがはっきりしている場合,薬をその時にだけ追加して服用するという方法が可能である。この時に用いることができる処方は,1つは女神散であり,もう1つは大柴胡湯である(伊藤他,2008)。前者は1日2包分2で,後者も1日2包分2であるが,大柴胡湯に関しては錠剤があり,大柴胡湯6錠(つまり1包分)を分2で用いて著効した症例も経験する。漢方薬以外の薬物としては,PMSの時にだけセルトラリン(ジェイゾロフト)12.5~25㎎を服用するという方法がある(Ryu et al., 2015)。
気分変動がPMSではなく,簡易型トラウマ処理が進んだ後も軽快が遅れる場合に筆者が用いている薬物は,抗てんかん薬レベチラセタム(イーケプラ)である(Muralidharan et al., 2006)。レベチラセタム50~125㎎分1の服用で十分である。もちろん双極I型でないことの確認が必要である。バルプロ酸は,いわゆる双極Ⅱ型の気分変動に用いるとなると,有効な量とは意識レベルに影響が生じるほどの量になり,カルバマゼピンは皮膚および血液への,ラモトリギンは皮膚への(スティーブンス・ジョンソン症候群)重篤な副作用が生じることが稀にあるため,用いないで済むならそれに越したことはなく,クロナゼパムは複雑性PTSDのクライエントに用いた時,睡眠薬としてはよいが,それが気分変動に有効だったという例を筆者は経験したことがない。気分変動が複雑性PTSDに起因するものであれば,トラウマ処理の進行とともに徐々に軽減していくのを見ることができる。
逆にこの時点ではじめて,双極I型が併存していることがはっきりする例も稀に認められる。双極I型であれば必ず躁転をするので,気分調整薬をきちんと服用してもらうことが必要になる。
このように,複雑性PTSDの臨床は,まだまだ科学的な判定を待っている多くのコツが存在する。
本書は,各章がそれぞれ独立した論文になっている。どの章からでもお読みいただくことが可能である。症例について,すべて公表の許可を(解離性同一性障害の症例においては主人格だけでなく全人格に)得ているが,なんといっても激しい虐待の既往をもつ症例であり,細部は大幅な変更を加えている。いずれの症例も理念型としてお読みいただければ幸いである。
(杉山登志郎)
※図表は省略しました。ぜひ本書でご覧ください。
目次
序章 TSプロトコールの実践
1 TSプロトコールの概要/2 簡易型処理を行う時のコツ/3 TS処方の工夫
◆第1部 TSプロトコールの臨床
第1章 トラウマ処理初期対応の工夫
1 TSプロトコールの弱点/2 脱落例の検討/3 最初から入院治療を行った症例/4 3回目までを乗りきる工夫
第2章 複雑性PTSDの治療経過をめぐって
1 症例/2 複雑性PTSDの治療過程/3 TSプロトコールのもう1つの役割
第3章 自我状態療法の留意点――部分人格は主人格を著しく損なうことがあるのか
1 表者と裏者/2 表者を著しく損なう裏者の症例/3 表者を傷つける裏者に和解をうながす/4 DIDアルゴリズムの修正
第4章 TSプロトコールを受けて――当事者からのメッセージ
1 独身時代/2 結婚・出産・育児/3 TSプロトコールとの出会い/4 TS処理とTS自我状態療法/5 治療者の先生へ
◆第2部 発達障害へのTSプロトコール
第5章 TSプロトコールの応用――小トラウマ症例への治療
1 症例/2 症例の背景にある「トラウマ」/3 近年の子どもたちの臨床像の変化
第6章 自閉スペクトラム症と解離性同一性障害の併存例(1)――大きなトラウマをもたない症例の検討
1 症例――深刻なトラウマ体験がない青年期・児童青年期患者/2 深刻なトラウマ体験がないにもかかわらずASDはなぜDIDを生じうるのか/3 ASDに認められるDIDへの治療的対応
第7章 自閉スペクトラム症と解離性同一性障害の併存例(2)――大きなトラウマ体験をもつ症例:STP解離
1 症例/2 STP解離生成の病理/3 STP解離への治療
第8章 トラウマ体験の言語化に困難をもつPTSD――身体感覚に焦点化したTSプロトコールの試み
1 症例/2 治療の経過/3 考察
第9章 知的発達症および自閉スペクトラム症の性被害
1 症例/2 発達障害に大きなトラウマが掛け算になった症例への治療/3 オンラインでのトラウマ治療
文献/あとがき
書籍情報
- 杉山登志郎 著
- 紙の書籍
- 定価:税込 2,200円(本体価格 2,000円)
- 発刊年月:2023年2月
- ISBN:978-4-535-98522-3
- 判型:A5判
- ページ数:144ページ
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