『行動経済学』(著:室岡健志)
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はしがき
■本書のねらい
本書は,行動経済理論およびそれを政策に応用した筆者自身の研究成果を随所に盛り込んだうえで,現代の行動経済学の全体像を体系的にまとめ上げたものである.とくに行動経済学の代表的な理論を紹介したうえで,それがどのように応用・実証・実験されているかについて最新研究も含めて解説した.行動経済学自体に興味がある学生や研究者にはもちろん,他の分野を専攻している学生や研究者にとっても,行動経済学を組み入れた応用・実証・実験を理解する際の橋渡しになればと願っている.なお本書は,筆者のミュンヘン大学と大阪大学での講義ノート,筆者自身の研究,そして研究を進めるうえで学修してきたことに基づいて執筆した.
対象とする読者と本書のねらいは,主に以下の 3 つである.1 つ目のねらいは,行動経済学に興味がある学生・研究者に対し,現代の行動経済学研究を体系立てて説明することである.行動経済学には,近年ますます注目が集まっており,多数の書籍も出版されている.他方で,伝統的な (ミクロ) 経済理論の拡張・発展としての行動経済学の理論を包括的に解説した書籍は多くはない.そこで本書では,伝統的な経済理論の拡張・発展としての行動経済理論について,伝統的な経済理論とのつながりや各理論の仮定,およびその背後にあるエビデンスを可能な限り明確にしたうえで解説した.行動経済学の学修にはもちろん,経済学の基礎を学んだ学生が行動経済学に関連する卒業論文,修士論文,博士論文などを執筆する際にも,参考になれば幸いである.
2 つ目のねらいは,経済学の他分野 (および隣接学問) を専攻している学生・研究者が,各々の分野において行動経済学を組み入れた研究を理解する際の橋渡しとなることである.本書では,行動経済学の各理論を説明し,それが経済学の各分野でどのように具体的に応用されているかを紹介することに重点を置いている.たとえば,第 I 部で扱うセルフコントロール問題を伝統的な経済理論に組み入れた分析は,貯蓄行動,購買行動,求職活動,労働契約,教育,財政,健康・医療など経済学の各分野で応用および実証されており,それぞれ本書で紹介している.
3 つ目のねらいは,行動経済学に関連する政策,データ収集,実験などを行う際に,それがどのような理論に基づいて考えられるかという基盤を提供することである.たとえば,上記のセルフコントロール問題を組み入れることが有益となりうる政策として,消費者保護政策,競争政策,課税政策,年金政策などについて,それぞれ本書で議論している.
■本書の構成と読み方
本書は導入である第 1 章を除き,4 つの部から成り立っている.どの部からでも独立して読み始めることができるように構成しているが,それぞれの部は前の章から順番に読むことを前提として執筆した (章ごとにやや別のトピックを扱っている第 IV 部を除く).なお,とくに議論が複雑でやや難解な内容の節には,タイトルの前に ♣ の印を付けている.これらの節は飛ばして先に進んでも支障が生じないように構成した.
また本書では,通常の参考文献一覧と事項索引に加えて,本書で引用した英語文献を主な分野別に一覧できるようにまとめた「分野別文献一覧」を巻末に付加した.さらに,この文献一覧を利用しやすいようにスプレッドシート形式で公開した (本書のサポートサイト参照:https://sites.google.com/view/murooka-be-book/).経済学の各分野でどのように行動経済学が応用されているかを確認する際などに,ぜひ活用してほしい.
なお,本書では学部レベルのミクロ経済学 (価格理論,ゲーム理論,情報の経済学) を既知として扱う.既知となるミクロ経済学の内容については,たとえば神取 (2014) や神戸 (2004) を参照されたい.
2022 年 11 月
室岡 健志
目次
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- 第1章 行動経済学への招待
- 1.1 市場分析と政策への応用:契約の自動更新
- 1.2 行動経済学とは何か
- 1.3 なぜ経済学に行動経済学が必要か
- 1.4 行動経済学と実験経済学
- 1.5 行動経済学の潮流
- 第1章 行動経済学への招待
- 第I部 異時点間の選択
- 第2章 セルフコントロール問題とコミットメント
- 2.1 はじめに
- 2.2 セルフコントロール問題:わかっちゃいるけど、やめられない
- 2.3 異時点間の選択の設定
- 2.4 近視眼性を組み入れたモデル
- 2.5 コミットメントと厚生評価
- 2.6 貯蓄行動への応用
- 2.7 求職活動・労働契約への応用
- 2.8 課税政策への応用:愚行税
- 2.9 年金政策への応用:デフォルト効果
- 第3章 セルフコントロール問題に対するナイーブさと先延ばし
- 3.1 はじめに
- 3.2 セルフコントロール問題に対するナイーブさ:
- わかっちゃいないし、やめられない
- 3.3 近視眼性に対するナイーブさを組み入れたモデル
- 3.4 ナイーブな個人の分析例:宿題と先延ばし
- 3.5 厚生評価と長期的な効用
- 3.6 ナイーブな消費者の搾取と消費者保護政策への応用
- 3.7 価格差別と競争政策への応用
- 3.8 一般的なナイーブな個人の予想と均衡の定義
- 第4章 投影バイアスと異時点間の選択に関するその他の理論
- 4.1 はじめに
- 4.2 投影バイアス:おやつ選択のフィールド実験
- 4.3 投影バイアスを組み入れたモデル
- 4.4 投影バイアスの応用
- 4.5 投影バイアスの検証
- 4.6 投影バイアスに関連する理論
- 4.7 その他の異時点間の選択の理論
- 第2章 セルフコントロール問題とコミットメント
- 第II部 不確実性下の選択
- 第5章 期待効用理論
- 5.1 はじめに
- 5.2 不確実性下の選択の設定
- 5.3 期待効用理論の定義
- 5.4 アレーとゼックハウザーのパラドックス
- 5.5 期待効用理論の限界
- 第6章 プロスペクト理論
- 6.1 はじめに
- 6.2 プロスペクト理論の定義
- 6.3 プロスペクト理論の性質
- 6.4 プロスペクト理論とアレーのパラドックス
- 第7章 参照点依存の理論の発展と応用
- 7.1 はじめに
- 7.2 プロスペクト理論における参照点の設定
- 7.3 KRモデルの定義
- 7.4 作業割当への応用
- 7.5 企業の価格設定への応用
- 7.6 労働供給への応用
- 7.7 期待効用理論の限界とKRモデル
- 7.8 KRモデルにおける均衡:UPEとPPE
- 第8章 確率加重の発展と不確実性下の選択に関するその他の理論
- 8.1 はじめに
- 8.2 累積プロスペクト理論の確率加重
- 8.3 確率加重の応用
- 8.4 確率加重の進展と検証
- 8.5 その他の不確実性下の選択の理論
- 第5章 期待効用理論
- 第III部 感情と意思決定
- 第9章 信念から得られる効用
- 9.1 はじめに
- 9.2 信念から得られる効用:2つのアンケート調査による実証
- 9.3 信念から得られる効用の理論
- 9.4 自己欺瞞の理論
- 9.5 信念から得られる効用の新展開
- 第10章 社会的選好(1):利得の結果のみに基づく感情
- 10.1 はじめに
- 10.2 社会的選好:独裁者ゲーム
- 10.3 利得の結果のみに基づく社会的選好の理論
- 10.4 再分配政策への含意と発展
- 10.5 所得比較の実証研究
- 第11章 社会的選好(2):利得の結果以外に基づく感情
- 11.1 はじめに
- 11.2 独裁者ゲームは何を測っているのか
- 11.3 独裁者ゲーム関連の実験研究の発展
- 11.4 最後通牒ゲーム、信頼ゲーム、および関連理論
- 11.5 実証研究
- 第9章 信念から得られる効用
- 第IV部 意思決定における歪み
- 第12章 行動ゲーム理論
- 12.1 はじめに
- 12.2 限定合理的な戦略的思考:情報開示実験
- 12.3 誤った推論の理論
- 12.4 その他の限定合理的な戦略的思考の理論
- 第13章 不注意の理論とその応用
- 13.1 はじめに
- 13.2 税制と公共政策への応用
- 13.3 市場競争への応用
- 13.4 不注意の同定に関する理論と実証
- 第14章 その他の理論:確率計算・フレーミング効果・自信過剰
- 14.1 はじめに
- 14.2 限定合理的な確率計算
- 14.3 フレーミング効果とその関連理論
- 14.4 自信過剰とその関連理論
- 第12章 行動ゲーム理論
書誌情報など
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- 『行動経済学』
- 著:室岡健志
- 紙の書籍
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定価:税込2750円(本体価格2500円)
- 発刊年月:2023年3月
- ISBN:978-4-535-54054-5
- 判型:A5版
- ページ数:272ページ
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本書のサポートサイト
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