(第53回)新時代の通商ルール――社会条項の拡大(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2023.04.18
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

濱田太郎「貿易と労働――貿易協定等における社会条項の多様化とその評価」

日本国際経済法学会年報第31号17~40頁

近頃、企業活動における人権尊重の要請が高まっており、各国では、企業に対して、サプライチェーン内の人権リスクに対応することを求める規制を強化する動きが相次いでいる。

ただし、各国で導入が進む規制の具体的内容は異なっており、いくつかの類型が存在するように感じられる。1つ目は、サプライチェーン上の人権デュー・デリジェンスを直接求める規制である。例えば、EUのコーポレート・サステナビリティ・デュー・デリジェンスに関する指令案は、一定規模以上の企業に、国内外の自社のサプライチェーンにおける人権リスク等について、デュー・デリジェンスを実施して、その内容等の開示を義務付ける。2つ目は、開示規制である。例えば、EUの企業サステナビリティ報告指令案(CSRD)は、事業体に、非財務情報として、サステナビリティ事項(環境、社会及び人権、ガバナンス)の報告を義務付ける。3つ目は、輸出入規制である。例えば、米国は、中国新疆ウイグル自治区で生産等された産品の輸入を原則として禁止するウイグル強制労働防止法を制定するなど、強制労働により生産等された産品の輸入を禁止する米国関税法307条の執行を強化しており、それに対応するため、事実上、サプライチェーン上における強制労働の有無を確認する必要が生じている。

これら規制は、各国が、単独で実施する規制だが、貿易協定においても、一定の労働権の確保を義務付けるとともに、違反時の執行メカニズムを設ける事例が生じている点は、注目に値する。今回は、このような動向を理解するために、濱田太郎「貿易と労働――貿易協定等における社会条項の多様化とその評価」(日本国際経済法学会年報第31号17~40頁)(以下「濱田論文」という)を紹介したい。

濱田論文は、社会条項とは「国際協定や国内法で貿易自由化や開発援助供与の要件として労働に関連する規定を置くこと」と説明した上で、その発展を、揺籃期、対立期、発展期及び転換期に分けて論じる。社会条項の歴史的発展に興味のある方は、ぜひ濱田論文を読んでいただきたいが、近時の動向を理解する上で特に重要と筆者が考えるのが、発展期及び転換期における状況である。

具体的には、濱田論文は、発展期である1990年代に交渉が行われた国際的な貿易協定であるWTO協定に社会条項を反映する意見に支持が広がらない中で、先進国は、二国間で締結される貿易協定であるFTAに社会条項を組み込む方針を採用し始め、現在では、どのような紛争解決制度がその履行確保に最も効果的であるかに議論の焦点が移っているとする。

例えば、米国では、1994年発効の北米自由貿易協定(NAFTA)の付属協定において、締約国が遵守すべき労働基準を特定するとともに、当該義務に違反した場合の紛争解決手続がはじめて整備されたが、2020年発効の米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)では、規律の更なる強化が行われた事情等を説明する。実際、米国は、USMCA上の「事業所特定の迅速な労働問題対応メカニズム」(RRM)との制度を用いて、競争条件の平等(level playing files)の確保等の名目で、2022年に、特定事業所での労働権の侵害を理由に、当該事業所の製品の、米国への輸入を制限した事例も報じられているところである。

このような動きは、日本企業にも関係してくると考えられる。何故ならば、USMCAの締約国内に事業所を有する場合は、既にRRMの対象となる可能性があることに加えて、詳細不明だが、米国は、日米等で交渉が行われているIPEF(インド太平洋経済枠組み)でも、類似の制度導入に関心を示しているとの報道があるからである。さらに言えば、2023年3月28日に締結された日米重要鉱物サプライチェーン強化協定でも社会条項が含まれているように、欧米は、持続的な発展を実現する観点や、ソーシャルダンピングに対抗し、平等な競争環境(level playing filed)を実現する観点から、社会条項を、今後の通商ルールの基礎に沿える姿勢を示しており、今後、社会条項の影響は、益々高まることが予測される。

最後に、濱田論文は、近年の社会条項で重要な点は、全ての締約国に平等に課される義務として基本的ILO条約の遵守という普遍的価値の実現を義務付ける規定が出現した点にあり、当該規定と紛争解決制度を備えるFTAは、これまで成果を上げてきたILOと人権条約の重層的な人権保障体制の一端を担う役割を果たしていると述べる。上記のとおり、ビジネスと人権を巡る問題は、強制労働という「分かりやすい」人権侵害の問題から、労働権の保護のような問題に広がる傾向を示しており、また、国内だけでなく二国間や多数国間など多様なフォーラムで議論が行われ、新たなルール整備が進展している状況にあり、今後、益々、これらの動向を把握して、対応していく必要性が高まっていると考えられる。

本論考を読むには
日本国際経済法学会年報第31号


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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。