事案に即して「悩み」を見せる ――憲法の試験で求められるコミュニケーション(御幸聖樹)(特集:試験というコミュニケーション)
◆この記事は「法学セミナー」823号(2023年8月号)に掲載されているものです。◆
特集:試験というコミュニケーション
出題者の意図しない「筋の悪い答案」はなぜ発生してしまうのか。論文式試験を解く勘どころを出題者たる教員が伝授する。
――編集部
本特集は「法学セミナー」822号(2023年8月号)でご覧ください。
1 はじめに
(1) 試験での「暗黙のルール」について
この企画の読者の皆さんは、大学で憲法の授業を受けて期末試験を受験したり、あるいは公務員試験や資格試験を受験したりすることを考えていると思われる。そして、試験を前にして「答案をどのように書けば良いか」という不安を多少なりとも感じているかもしれない。
根本的には、憲法の試験で唯一絶対の「答案の書き方」などは存在せず、「問われていることに答える」に尽きる。もっとも、そのようなアドバイスを受けたとしても、学生の皆さんの不安は一切解消されないであろう。それに留まらず、解消されない不安を紛らわせるためにいわゆる「論証パターン」の暗記学習に走ると無益であるどころか有害でもある(採点の際にジャンクな答案の過剰摂取に陥る教員も心身の健康を害するおそれがある。)。
もっとも、このようなジレンマに陥るのは、学生の皆さんに100パーセントの責任があるというわけでは必ずしもない。著者自身、学生時代には同様の不安をもっていた。年月を経て教員サイドに移った現在、その原因がどこにあるのか、ぼんやりと認識できるようになってきた。試験は教員と学生とのコミュニケーションであるところ、教員の中には前提となる「暗黙のルール1)」があるにもかかわらず、学生の皆さんにはそれが十分には伝わっていないことが原因であるのでは、と。教員が前提とする「暗黙のルール」をいくつか挙げる。まず、答案の流れは①問題提起→規範定立→当てはめ→結論の順番で書くのが基本である。これは、法的三段論法、すなわち、「法規範を大前提、事実を小前提とし、法規範に事実をあてはめて判決が結論として導き出される」法適用過程2)。に由来する。
また、②答案では中心的な争点となる部分を厚く論じるべきで、無関係・不必要なことは論じる必要はない。試験では解答時間や答案用紙の限りがあるため、当然のことである(もちろん、無関係・不必要かどうかという判断をするためには、一定程度知識が必要となる。)。
さらに、③判例と主要な学説を踏まえつつ論じなければならない。これは、筆者の認識では、答案ではエッセイではなく法学としての論証を求められているためである。巷間では憲法についての独自見解(「僕〔私〕が考える最強の憲法」とでも称されるべきもの)が語られることがあり、そのような営みは個人の表現活動としては尊重されるべきものである。しかし、そのような営みとは異なり、答案では学問としての憲法学(それは、現実に裁判所等の国家機関に影響を与えている。)の理解を問うている。
(2) 憲法の特殊性
なお、特に③判例と主要な学説を踏まえつつ論じなければならないという点に関連して、他分野と異なる憲法の特殊性を理解しておく必要がある。特に人権分野について、憲法典は民法や刑法と異なり、要件効果のようなルールで(基本的に)規定されていない。このような規定ぶりになった理由として、(a)憲法問題は幅広く多様な問題が生じるので、要件効果のような類型的なルールを事前に設定できないという特殊性があることや、(b)時代状況の変化によって結論も変わりうる問題も生じうることが予測されるため、要件効果のようなルール設定を避けて原理規定に留める方が望ましいことが考えられる3)。
そうすると判例や学説で憲法典の広い行間を埋める必要が生ずるが、ここで2つの難点がある。
1つ目の難点は、憲法問題は民事事件・刑事事件・行政事件といったすべての種類の事件類型で生起するところ、憲法判例を理解するためには民事法・刑事法・行政法などの理解が不可欠な場合があるし、そもそも憲法判例自体がそれらの法律の思考様式で記述されている場合があるという点である。例えば、警察官による公道上のデモ行進の写真撮影に関する京都府学連事件4)を正確に理解するためには、刑法の公務執行妨害罪(刑法95条1項)の構成要件や刑事訴訟法上の任意捜査と強制処分についての知識が必要であるし、高専生による宗教上の信念に基づく剣道実技への参加拒否に関する神戸高専事件5)を正確に理解するためには行政法の行政裁量に関する知識が必要である。そのため、憲法判例の理解には困難が伴う場合があるものの、憲法の勉強をする際には、ひとまず憲法学の視点からそれらの判例がどのように理解されているのかを重視してほしい。
2つ目の難点は、判例と学説の距離も様々であるという点である。判例の中には、学説からの評価も高い判断枠組みを確立している領域がある。評価は相対的ではあるものの、このような領域として、北方ジャーナル事件6)、泉佐野市民会館事件7)、薬事法判決8)、在外日本国民選挙権訴訟9)などがある。これらの領域では判例と異なる判断枠組みを示すというよりも、基本的には、判例の判断枠組みを踏まえつつ判例の射程を検討することが問われる。現実の裁判でも、当該領域ではこれらの判例の射程を巡る議論こそが中心的な争点となっている10)。他方、判例の中には、判断枠組みを提示していなかったり11)、判断枠組みを提示しているものの学説による強い批判を受けているものもある。このような領域では、判例に基づいた分析だけではなく、学説に基づいた分析も要求され、双方の内在的な理解を示しつつ双方の論理の優劣について説得力をもって論ずる必要がある。判例は絶対的な正解ではなく学説の批判を受けて将来的に変更される可能性もある12)ため、判例・学説の双方の理解が問われるのである。
(3) 小 括
教員が前提とする「暗黙のルール」と、特に憲法について注意すべき点を概観した。以上のことを学生の皆さんが認識すれば、答案のミス・コミュニケーションは相当程度減少するのではと思われる。
以上のことを前提にしつつ、よくあるミス・コミュニケーションについて、以下では人権分野の事例問題をもとに具体的な説明を行う。
脚注
1. | ↑ | もっとも、本稿でいうところの「暗黙のルール」は厳密には暗黙というわけでもなく、司法試験の出題趣旨や採点実感なども含めて様々な場面で言及されていることであり、「作法」とか「常識」と言った方が良いのかもしれない。ともあれ、以下の文献では本稿で言うところの「暗黙のルール」が簡潔かつ明瞭に説明されており、とても有益である。上田健介「憲法論の文章の書き方の基本」曽我部真裕ほか『憲法論点教室〔第2版〕』(日本評論社、2020年)204-212頁、松本哲治「当事者主張想定型の問題について」曽我部真裕ほか『憲法論点教室〔第2版〕』(日本評論社、2020年)213-219頁、岡山大学法科大学院公法系講座『憲法 事例問題起案の基礎』(岡山大学出版会、2018年)1-17頁[田近肇執筆]、17-18頁[木下和朗執筆]。また、少し記述内容のレベルは高いが、宍戸常寿『憲法解釈論の応用と展開〔第2版〕』(日本評論社、2014年)317-353頁も一読を勧めたい。 |
2. | ↑ | 佐藤幸治ほか『法律学入門〔第3版補訂版〕』(有斐閣、2008年)185頁[田中成明執筆]。 |
3. | ↑ | 憲法人権分野における利益衡量論については、長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』(有斐閣、2017年)153-160頁[土井真一執筆]参照。 |
4. | ↑ | 最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁。 |
5. | ↑ | 最判平成8・3・8民集50巻3号469頁。 |
6. | ↑ | 最大判昭和61・6・11民集40巻4号872頁。 |
7. | ↑ | 最判平成7・3・7民集49巻3号687頁。 |
8. | ↑ | 最大判昭和50・4・30民集29巻4号572頁。 |
9. | ↑ | 最大判平成17・9・14民集59巻7号2087頁。 |
10. | ↑ | 若干の例を挙げると、北方ジャーナル事件の射程が争われた事件として、最判平成5・3・16民集47巻5号3483頁(家永教科書検定第一次訴訟上告審判決)、泉佐野市民会館事件が争われた事件として最判令和5・2・21裁判所ウェブサイト(金沢市庁舎前広場事件)、薬事法違憲判決の射程が争われた事件として最判令和3・3・18民集75巻3号552頁(医薬品インターネット販売規制事件)、在外日本国民選挙権訴訟が争われた事件として最大判令和4・5・25民集76巻4号711頁(在外邦人国民審査判決)。 |
11. | ↑ | 判断枠組みが不明な判例は相当数存在する。そもそも、「当裁判所の判例……の趣旨に徴して明らかである。」という、その文言に反して読み手にとって全く趣旨が明瞭ではない先例の引用を最高裁が多用していることは、そのような現象の1つといえる。最高裁が処理すべき事件数が比較法的に見て膨大であることや、体系的な理論を構築するのが使命の学説とは異なり判例は個別事件の解決を使命としていることなど最高裁にも汲むべき事情はあるが、判断枠組みが不明な判例は予測可能性に欠けるものであり、端的に論証としても「使えない」判例である(なお、判例の判断枠組み自体が不明であるにもかかわらず、そのような判例を参照しつつ当てはめが行われて結論が導かれるという事象は、数学に喩えると公式自体が不明であるにもかかわらず数値が代入されて解が導かれているようなものであり、法学世界のミステリーといえる。法学は論理的な学問であるため、仮に判例でそのようなことがなされている事象があるとしても、答案では避けるべきである。)。 |
12. | ↑ | 近時の判例変更の例では、地方議会の議員に対する出席停止処分を司法審査の対象とした最大判令和2・11・25民集74巻8号2229頁(岩沼市議会議員出席停止事件)は、60年前の判例を最高裁裁判官の全員一致で変更した。また、正式な判例変更ではなくとも、実質的な判例変更と捉えられている判例も多数存在する。例えば、最判平成24・12・7刑集66巻12号1337頁(堀越事件)などである。 |