(第9回)EU の電力市場改革は独仏の対立で膠着が続く(田中理)
(全 10 回の予定)
6 月初旬から 9 月下旬まで英国のロンドンに長期出張で滞在している。一時に比べてやや落ち着いてきたとは言え、欧州を襲ったエネルギー危機は、物価高騰という形で今も国民生活を脅かしている。筆者もこちらで生活をし、フランスのパリやスウェーデンのストックホルムを短期出張で訪問したが、円安による購買力の目減りを割り引いて考えたとしても、物価の高さを痛感している。長く現地にお住まいの方にお話を伺うと、日本と違って毎年モノやサービスの値段が上がるのが当たり前だが、この 1 年間の物価の上がり方は過去に経験したことのないものだったそうだ。今回のコラムでは、エネルギー危機の再発防止に向けた EU の電力市場改革について取り上げる。
欧州を襲ったエネルギー危機はひとまず峠を越す
ロシアによるウクライナ進攻後の欧州を襲ったエネルギー危機は、冬場の需要期の供給難を乗り越えたことや、ガス在庫の積み増しが例年以上に順調に進んでいることを受け、小康状態を保っている。昨冬の温暖な天候にも支えられ、今年は高水準で春のガス在庫の積み増し時期を迎え、その後も順調に在庫を積み増している。ロシアとウクライナとの軍事的な緊張は予想以上に長期化しているが、欧州連合 (EU) による対ロシア制裁強化も事実上弾切れの状況で、欧米諸国によるウクライナへの武器供与拡大やスウェーデンの北大西洋条約機構 (NATO) 加盟といったロシアを刺激しかねない事態にもかかわらず、ロシア側も欧州向けのガス供給をさらに絞り込むなどの報復措置を強化する様子は見られない。
ウクライナ進攻後に急騰した資源価格も、石油輸出国機構 (OPEC) による価格維持政策もあり、北海ブレントの原油先物価格が 1 バレル 80 ドル前後で高止まりしている一方、オランダ TTF の天然ガス先物価格が 1 メガワットアワー当たりで 20 ユーロ台に低下するなど、ウクライナ侵攻以前の水準に戻している。こうしたなか、資源価格の高騰に端を発した欧州各国のインフレ率の加速はピークを打ち、過去の物価上昇や高めの賃上げ妥結を反映したサービス物価の高止まりが続いている一方、エネルギー価格を通じた物価の押し上げは既に剥落している。
第一生命経済研究所主席エコノミスト
1997 年慶應義塾大学法学部卒、日本総合研究所入社、調査部にて米国経済・金融市場を担当。その間、日本経済研究センターに出向。2001年モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現:モルガン・スタンレー MUFG 証券) 入社、株式調査部にて日本経済担当エコノミスト。海外大学院留学 (バージニア大学経済学修士・統計学修士) を経て、2008 年クレディ・スイス証券入社、株式調査部にて日本株担当ストラテジスト。2009 年第一生命経済研究所入社、2012 年より現職。2015〜2020 年多摩大学非常勤講師。
共著に『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか』(日経 BP)、『コロナ禍と世界経済』(きんざい)、『EUは危機を超えられるか---統合と分裂の相克』(NTT出版)。