『紛争類型から学ぶ応用民法Ⅰ・Ⅱ』(著:千葉惠美子・川上良・高原知明)

一冊散策| 2023.08.09
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

『紛争類型から学ぶ応用民法Ⅰ――総則・物権』

このシリーズを刊行するにあたって

定価:税込 3,190円(本体価格 2,900円)

このシリーズは、法曹としてのキャリア形成を志すみなさんに、現実の社会で遭遇しそうな紛争類型を素材に、プロだったら、民法を活用して、どのようにして紛争を解決するのかを示すことを狙いとしています。いわば法的思考のプロセスについて「見える化」を図り、みなさんが、これまで民法について学んだ知識を現場で使えるようにすることを目的としています。

日本の民法典は、5つの編から構成され、より抽象度の高いものから順に条文が並ぶ、いわゆる「パンデクテン方式」が採用されています。このため、初学者にとっては、どのようなルールが定められているのかを理解することは簡単ではありません。このような学習の難しさを克服するために、これまでも、簡単な設例(教科書設例)を示して条文の解説がなされ、どのような規範が定められているのかが理解できるように工夫されてきました。

しかし、実際の紛争を法律に基づいて解決するためには、まず紛争の当事者が何を求めているのかを分析して、それを法律の世界の言葉に翻訳する作業が必要になります。また、紛争の当事者は、それぞれ自己の主張が法律に基づいた根拠があることを主張することが必要になります。しかし、この作業は、個別の条文の意味や解釈上の争いを理解しているだけではできません。主張が相互にどのような関係にあるのかを整理して、それを解決するために適用すべき法規範を組み立てなければなりません。そして、この規範が当該事案に当てはまることを示して、当該紛争の結論を出す必要があるからです。

本シリーズの第1の特色は、ケースメソッド方式を採用し、事案を解析する力、また、当該紛争に適用すべき民法規範を組み立て紛争の解決への道筋を示す力を育成しようとする点にあります。本シリーズのタイトルが、「紛争類型から学ぶ応用民法」をなっているのは、この点を表すためです。

もっとも、教育の現場ではパンデクテン方式で講義が行われることが多いことから、当該紛争事例で主要な争点となっている点に着目して、「総則と物権(担保物権を除く)」「債権総論・契約」「債権回収①(担保物権を除く)・家族」「債権回収②(担保物権)・不法行為」の全4巻に編集して読者に届けることにしました。

第1巻にあたる本書では、所有権確認請求・不動産明渡請求・不動産登記請求・動産引渡請求の4つの紛争類型を取り上げており、これらの紛争類型で主な争点となっているのは、不動産物権変動、登記請求権、94条2項類推法理、即時取得、虚偽表示・錯誤、代理・無権代理・表見代理、利益相反行為と代理権の濫用、占有、取得時効をいった、総則・物権法で扱われる典型的な論点になります。

これまでの演習教材は、口頭弁論終結時において確定した事実を念頭に、請求が認められるかどうかだけを検討するものが多かったように思います。本シリーズでは、訴えを提起する前、訴え提起後、口頭弁論終結前の段階も取り上げ、紛争内容が刻々変化する状況の中で、適用すべき民法規範を組み立て紛争の解決の道筋を示すことができるように工夫してあります。これまでの検討方法を静止画像に基づく考察と呼ぶとすれば、本シリーズの検討手法は、紛争解決の過程を動態的に考察しているといってもよいかもしれません。

このような考察を行うために、本シリーズでは、研究者・裁判官・弁護士それぞれの目線から検討を加えました。具体的には、まず、千葉が法学セミナーで2020年4月号から「紛争類型で学ぶ民法演習」というタイトルで連載を開始し、臨床の現場でよく遭遇する紛争類型を準備した上で紛争解決の道筋について見取り図を作成しました。これを素材に、裁判実務・弁護実務に精通され、長年にわたって法科大学院教育に携わってこられた髙原知明元裁判官(現大阪大学法科大学院教授・民事訴訟法担当)と川上良弁護士(元大阪大学法科大学院教授)に、本シリーズの企画に参画していただき、3人で徹底した討議を行い、その結果に基づいて執筆しました。

本シリーズの第2の特色は、民法と民事訴訟法の対話を試みた点です。

民事裁判・民事弁護を視野にいれ、臨床の現場で民法を使えるようにするためには、民法と民事訴訟法の対話が必要です。法科大学院では、民法と民事訴訟法の学習の橋渡しをするために「民事実務基礎」「要件事実」といった科目が用意されています。しかし、教育現場を見るかぎり、この科目を設置しただけでは両法の連結がスムーズになるわけではないようです。

民法と民事訴訟法の対話を困難にしている根本的な原因は、民法が権利の体系であるのに対して、民事訴訟法が請求権を基本単位にしている点にありますが、両法の相互乗り入れへの関心が薄いことにも原因があるように思います。

たとえば、主張・立証責任が問題となる場合を例にとると、民事訴訟法学からは、主張・立証責任という考え方は民事訴訟法で教えるにしても、具体的な紛争の中で主張・立証責任がどのように分配されるべきかは、実体法規範が基本的な基準を提供しているのだから、民法学で当然教えるべきであるという声があります。他方で、民法学からは、主張・立証責任という問題は、民事裁判での攻撃・防御の在り方を考えるために必要とされているのであり、民法学は民事裁判が行われる場面だけを取り扱っているわけではないから、具体的な紛争の中で主張・立証責任がどのように配分されるべきかを民法学でとりあつかうべきであるという意見には違和感があるという声があります。しかし、現実の紛争解決を行うためには両法の橋渡し・連携が必要不可欠であり、相互理解・相互の歩み寄りが重要であるように思います。

そこで、本シリーズでは、民法と民事訴訟法の間隙を埋めるために、執筆者3人のこれまでの経験を生かして、実体法と手続法の対話を可能にする法的思考のプロセスを示しました。詳しくは、本書の序章~第2章をご覧いただくとよいと思います。

本シリーズの第3の特色は、判例理論を精査し、一貫した解釈論を提示している点です。

2017(平成29)年以降、民法は大規模な改正作業が続いています。そこで、本シリーズではこれまでの判例理論の射程距離を分析し、判例理論が改正後も維持されるのかどうか、維持されるとしても、変更すべき点がないのかを徹底して考えました。

法改正があった部分については、まだ判例もなく、通説といわれる定説が形成されているというわけでもありません。また、改正された部分と改正されなった部分を体系的、整合的に解釈できるのかについては、理論的な検討が始まったばかりです。このような状況のもとで、共著者が分担執筆をすると、執筆者によって見解が異なり、読者を混乱させるおそれがあります。このような不都合を避けるために、本シリーズでは、見解の対立点自体をできるだけ明らかにしたうえで、3人で討議を重ね一貫した解釈論を展開するように心掛けました。もっとも、3人の意見が完全に一致しているわけではありません。食い違いがある場合には、解釈論の一貫性という観点から千葉の考え方を優先して記述しました。したがって、本文で記載した民法の解釈論については千葉に責任があります。

 

 

本書の執筆にあたっては、法学セミナーでの「紛争類型で学ぶ民法演習」の連載と本書の企画・初校までを担当してくださった元法学セミナー編集長・晴山秀逸さんに、また、再校から本書の刊行までを担当してくださった現・法学セミナー編集長・小野邦明さんに、大変お世話になりました。新しい冒険に根気よくお付き合いくださり、執筆者の思いを形にしてくださったお二人に深く感謝申し上げます。

また、末筆ながら、本書の作成にあたって、編集会議の設営、資料の準備、校正作業など細やかなサポートしてくださった田中有記枝さんにも、この場を借りて、心より御礼申し上げます。

執筆者一同、本シリーズが読者の皆様のお役に立てることを心より願っています。

2023年4月

執筆者を代表して
千葉惠美子

目次

序 章 これから何を学ぶか

第1章 所有権に基づく請求と不動産物権変動[基礎編]

――不動産所有権確認および不動産明渡訴訟を通じて学ぶ

第2章 所有権に基づく請求権と不動産物権変動[発展編]

――不動産登記訴訟を通じて学ぶ

第3章 所有権に基づく請求権と不動産物権変動[応用編1]

――錯誤事例を通じて学ぶ不動産取引における第三者保護

第4章 所有権に基づく請求権と不動産物権変動[応用編2]

――解除事例を通じて学ぶ不動産取引における第三者保護

第5章 無権利者から財産を取得した者の保護[基礎編]

――94条2項類推適用による不動産取引の保護

第6章 無権利者から財産を取得した者の保護[応用編]

――動産の引渡訴訟を通じて学ぶ

第7章 代理制度を巡る諸問題[基礎編・発展編]

――有権代理・無権代理に関する制度の全体像

第8章 表見代理制度を通じた取引の相手方の保護[基礎編]

――白紙委任状が交付された紛争類型と109条1項・110条

第9章 表見代理制度を通じた取引の相手方の保護[応用編]

――白紙委任状が交付された紛争類型と109条2項・112条

第10章 代理人の利益相反行為と代理権濫用行為[応用編]

――代理人忠実義務違反行為と利害関係人の利益調整

第11章 占有者の利益と取引の安全との調和[基礎編]

――取得時効と登記について考える

第12章 占有者の利益と取引の安全との調和[発展編]

――相続による占有の承継と取得時効

書誌情報

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