『紛争類型から学ぶ応用民法Ⅰ・Ⅱ』(著:千葉惠美子・川上良・高原知明)
『紛争類型から学ぶ応用民法Ⅱ――債権総論・契約』
第2巻の刊行によせて
このシリーズは、法曹としてのキャリア形成を志すみなさんに、現実の社会で遭遇しそうな紛争類型を素材に、プロだったら、民法を活用して、どのようにして紛争を解決するのかを示すことを狙いとしています。いわば法的思考のプロセスについて「見える化」を図り、みなさんが、これまで民法について学んだ知識を現場で使えるようにすることを目的としています。
本シリーズの特色は、第1に、ケースメソッド方式を採用し、紛争解決の過程を動態的に考察し、事案を解析する力、当該紛争に適用すべき民法規範を組み立て紛争の解決への道筋を示す力を育成しようとする点、第2に、民法と民事訴訟法の架橋するために、実体法と手続法の対話を可能にする法的思考のプロセスを提示する点、第3は、改正作業が続く民法について、関連する判例理論を精査し、一貫した解釈論を提示している点にあります。
第2巻についても、第1巻同様、上記の執筆方針に基づいています。
第2巻では、債権総論と契約法を主に扱っています。紙幅の関係から、債権総論のうち、債権回収に関連する部分(詐害行為取消権、債権者代位権、保証と求償)の部分については、第3巻で扱うことにしました。
第2巻も、千葉が法学セミナーで連載した「紛争類例で学ぶ民法演習」(2021年4月号から2022年3月号)をもとに、第1巻と同様、実務経験が豊かで法曹教育にも精通している髙原知明元裁判官(現大阪大学法科大学院教授・民事訴訟法担当)、川上良弁護士(元大阪大学法科大学院教授)と議論を重ねて執筆しました。
2017(平成29)以降、民法は改正作業が続いていますが、とりわけ、2017年の債権関係部分については大規模な改正がなされ、まだ、改正部分については判例がなく解釈論が固まっていないといえます。第1巻同様、3人の意見に食い違いがある場合には、解釈論の一貫性という観点から千葉の考え方を優先して記述しましたので、第2巻でも本文で記載した民法の解釈論については千葉に責任があります。第2巻でも、より深く学ぶためにDeep Learningを、紛争解決のために知っておくべき実務的な視点についてはProfessional Viewを、また、民事訴訟法や民事執行法との関係についてはLinkをあわせて参照して下さい。
第2巻では、①売買契約に基づく代金支払請求および目的物引渡請求、並びに、債務不履行に基づく損害賠償請求、②賃貸借契約に基づく賃料支払請求および同契約の終了に基づく不動産明渡請求、③請負契約に基づく報酬支払請求、および、契約不適合を理由とする損害賠償請求、④委任契約に基づく報酬支払請求、⑤預金契約に基づく預金払戻請求、⑥保険契約に基づく保険金支払請求、⑥譲受債権請求、⑦不法行為に基づく損害賠償請求、⑧使用者責任に基づく損害賠償請求などの紛争類型を取り上げています。
これらの紛争類型で主な争点となっているのは、いずれも、履行請求権、債務不履行を原因とする損害賠償請求権、契約の解除、契約不適合責任、債権譲渡、相殺・弁済、定型約款、不法行為を原因とする損害賠償請求権、不当利得返還請求権になります。
このように、第2巻では、債権総論と契約法に分かれている条文から紛争解決に必要な法規範をどのように組み立てるべきか、紛争類型に即して徹底的に検討しています。
本シリーズでは、民法と民事訴訟法の対話を一貫して目指していますが、第1巻の「このシリーズを刊行するにあたって」でも述べたように、民法が「権利」の体系であるのに対して、民事訴訟法が「請求権」を基本単位にしていることが、両法の対話を困難にしている原因の1つとなっています。
これまでの民法の伝統的な理解では、債権があると、この権利に「請求力」という権能が内包されているとして、債権があれば実体法上請求権があると説明されてきました。しかし、契約の場合、契約に基づいて発生する債権(債務者からみれば債務)は多様です。所有権が侵害されている場合には、所有権を実現するための手段として所有権にもとづく請求権が当然に認められるというのと同様に、契約上の債権と請求権の関係をパラレルに説明してよいのかが問題となります。
第13章で詳しく述べるように、契約を原因として発生する「債権」に対して、契約に基づく「履行請求権」をどのように位置づけをめぐって、2017(平成29)年の民法改正の際にも議論がなされました。本書では、国際的な契約法の潮流を踏まえて、契約に基づく債権と契約に基づく実体法上の各種の請求権を一旦切り離した上で、各契約類型に基づいて契約違反(債務不履行)があった場合に、どのような請求権が救済手段として認められるべきかという観点から考える構成(いわゆるremedy構成)を採用し、契約違反があった場合に救済手段となる多様な請求権相互の関係を解明し、実体法上の請求権と訴訟物の関係が明確になるように執筆しました。
最後になりますが、法学セミナーで、第2巻の収録部分について「紛争類例で学ぶ民法演習」を担当してくださった元法学セミナー編集長・晴山秀逸さんに、また、第1巻の刊行から間をおかず、第2巻の刊行にご尽力くださった現・法学セミナー編集長・小野邦明さんには、大変お世話になりました。執筆者の思いを形にしてくださったお二人に改めて深く感謝申し上げます。
また、第2巻の作成にあたっても、編集会議の設営、資料の準備、校正作業など細やかなサポートしてくださった田中有記枝さん、第2巻について読者モニターを務めてくださった大阪大学法科大学院生・赤田丞さんにも、この場を借りて、心より御礼申し上げます。
執筆者一同、第1巻に引き続き第2巻についても、読者の皆様のお役に立てることを心より願っています。
2023年6月
執筆者を代表して
千葉惠美子
目次
第13章 売買契約について学ぶ[基礎編]
――不動産売買における目的物の品質をめぐる紛争を素材として
第14章 売買契約について学ぶ[発展編]
――第三者の失火による種類物売買の目的物の滅失と利害関係者の責任
第15章 賃貸借契約について学ぶ[基礎編]
――土地の賃貸借と賃借権の無断譲渡事例を通じて
第16章 賃貸借契約について学ぶ[発展編]
――建物の賃貸借契約における契約当事者間の紛争事例を通じて
第17章 賃貸借契約について学ぶ[応用編]
――適法転貸後に賃貸物の所有者が変更した事例を通じて
第18章 請負契約について学ぶ[基礎編]
――建設請負契約における契約不適合の事例を通じて
第19章 請負契約について学ぶ[発展編]
――建設中の建物が滅失・損傷した紛争事例を素材として
第20章 委任契約について学ぶ[基礎編]
――有償の役務提供契約を素材として
第21章 債権譲渡と対抗要件について学ぶ[基礎編]
――将来債権を含む債権群を目的とする譲渡担保を素材として
第22章 債権譲渡制限特約について学ぶ[発展編]
――継続的供給契約を素材として
第23章 預金債権の譲渡と譲渡制限特約[応用編]
――普通預金債権の担保化を素材として
第24章 預貯金口座に対する払込みと弁済[応用編]
――無権限で原因となる法律関係が存在しないのに銀行預金口座に振込みが行われた事件を素材として
第25章 定型取引と定型約款について学ぶ[基礎編]
――保険契約約款を素材として