(第64回)出世は辛いよ?(得津晶)

私の心に残る裁判例| 2023.09.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

大和銀行株主代表訴訟

1  銀行の海外支店において従業員による長年にわたる無断取引等の不正な証券取引により銀行に巨額の損失が生じた場合、銀行の海外支店担当の取締役につき、証券残高の確認を怠った等の善管注意義務違反が肯定された事例
2  商法266条1項5号所定の法令に外国の法令が含まれるとされた事例
3  右の不正な証券取引の隠蔽等が米国の法令に違反したとして銀行が起訴され、有罪答弁を余儀なくされた場合、右違法行為に関与した銀行の取締役につき、善管注意義務違反が肯定された事例
4  取締役の法令違反行為に経営判断の法理が適用されるか(消極)
5  右の1、3の取締役の善管注意義務違反による損害賠償額の算定事例(最高額7億7500万ドルの損害賠償額が認められた事例)
——大和銀行株主代表訴訟事件第一審判決

大阪地方裁判所判平成12年9月20日判決
【判例時報1721号3頁】

1年の浪人・文転を経てなんとか東京大学に入学した私には「大学でやりたいこと」なんて何もなくて東大は「就職のための手段」でしかなかった。当時の文科一類は事実上進振り(1・2年の成績を基に3年次以降の専門学部・学科を選択・選抜する制度)がなく法学部と直結することすら知らなかった私が急いで法律学を学ぶべく履修したのが法学部の江頭憲治郎教授が1・2年生向けに開講した「社会・制度演習」だった。

この授業で私は、民法も憲法も1秒も学んでいないにもかかわらず、「株主代表訴訟」を学ぶこととなった。初回の授業で紹介されたのが1か月前に出たばかりの大和銀行株主代表訴訟の第一審判決であった。私にとって「理想の人生」であった大銀行の頭取や取締役が最大で7億7500万ドル(当時829億円)もの損害賠償責任を負うという事実は私の進路を変えさせるには十分であった(この話はオンラインで入手可能な勤務校の広報誌HQ2023年4月号38~39頁に記載)。

さて、大人になってから見返すと、この判決は、NY支店の行員の簿外取引とそれによる損失に関連して内部統制システム構築義務を認めた判決と大きく喧伝されているものの、実は内部統制システム構築義務違反を認定していないことがわかる。高額な損害賠償を認めた2つの理由のうち1つは取締役のうちNY支店長や検査部担当取締役が米国財務省証券の保管残高確認で現物確認を行わなかったという担当業務に関する失点であって、会社全体の内部統制とは関係がない。もう1つの理由は、行員の簿外取引発覚後、社内調査中の2カ月弱の期間、隠蔽を続け、ただちに連邦当局に報告せよという米国法に違反した点であり、法令遵守義務の問題である。

大和銀行の取締役は主観的には会社の存続のため不祥事のダメージを和らげるように報告を遅らせたとされている。会社の利益と法令遵守どちらを優先すべきか、会社ひいては株主共同の利益のために外国法に違反した場合なのに取締役は会社や株主に対して損害賠償責任を負うべきなのか。また、会社に課された罰金を会社は損害賠償請求という形で取締役に転嫁することを認めてよいのか。どの問題もあの授業から23年たった今でも悩み続けている(これらの問題を検討したものとして「取締役法令遵守義務違反責任の帰責構造」北大法学論集61巻6号1945頁、「判批」ジュリスト1587号6頁、「判批」資料版商事法務460号146頁があるがいずれも中間報告の域を出ない)。

そして昨年の7月には、東京電力の取締役らに対して13兆円という大和銀行事件をはるかに上回る額の損害賠償責任を認める判決が出された(東京地判令和4年7月13日LEX/DB25593168)。この判決を受けて私のように進路を変えてしまう大学生はでてくるのだろうか。いや、今の学生は、日本のいわゆる大企業への就職をもとから希望していないのかもしれない。


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得津晶(とくつ・あきら 一橋大学教授)
1980年生まれ。北海道大学大学院法学研究科准教授、東北大学大学院法学研究科准教授、同教授を経て現職。著書に『会社法』(共著、日本評論社、2021年)など。