『群と幾何をみる—無限の彼方から』(数学セミナーライブラリー)(著:正井秀俊)

一冊散策| 2023.10.10
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

ごあいさつ

このページを開いてくださった方に感謝申し上げたい.ありがとうございます! もし書店にて,とりあえずこの文章を目にしてしまった方はひとまずレジまで (いや,おまかせしますが) .本書は 2021 年 4 月から 2022 年 3 月まで雑誌『数学セミナー』にて連載していたものに,加筆・修正を加えたものである.各章の頭にある,よもやま話がおすすめである.紹介する数学に合わせて,ちょっとした小話から始めている.この構成には裏話がある.

2020 年度後期,東京工業大学における大学院講義のノートが本書の原型である.当時,人は人と会うことを禁じられ,学生たちは本来の醍醐味である「数学を通した交流」の一切を奪われていた.各章のなんだかエッセイのようになってしまったものは,もし学生との交流があれば酒でも飲みながら適当に著者が話しただろうことを文章にしたものである.酒席の良さは,年長者はそれっぽいことを言って気持ちよくなり,若者はそれを聞いてなんだか業界に詳しくなったような気分になるが,気のせいかもしれないので年長者は奢ることで場を丸く収めることができるところにある (諸説あり) .文章にすると “雰囲気でゴリ押し” ができないので,著者なりに工夫した.うまくいったかどうかはぜひ第 1 章や各章の冒頭をお読みいただきたい.数式はあまり出てこないが本書の特徴がよくわかると思う.

本書の主題は「幾何学的群論」と呼ばれる分野である.代数的な対象である群を,幾何を使って調べる.一つの目標は “群の双曲幾何” を理解することだ.いくつか和書でも幾何学的群論の素晴らしい本があるが,類書との違いを挙げるならば,「幾何からはじまる」ことにあると思う.基本群や被覆空間,そして幾何構造になじんでから,その幾何を群論に用いていくという順番で解説している.幾何学やトポロジーを専門としている著者の性格が出ている.ただし,この順番はあくまで “真っ当な” ものであるので,今後そのような本が出てくることは大いに考えられる.一つ,ほぼ間違いなく他の数学書と異なるのは文章の “ノリ” である.通常,数学の文章は真面目に書かれるものであるが 2020 年はあまりにも社会全体が暗かった.学生に少しでも楽しみを提供しようと頑張った著者の精一杯の “元気いっぱい” はきっと本書の (良いと信じる) 特徴だろう.

撮影:志村信裕

講義ノートの段階において,野崎雄太さんは毎週原稿に目を通し有益なコメントしてくれた.また,授業を聴講してくれていた学生の皆さんもたくさんのミスを指摘してくれた.本書の雰囲気をさらに独特のものにしてくれた素敵な絵は Xiaobing Sheng さんの描いてもらったものである.著者の (あやふやな) 説明から意図を見事に汲み取って絵を描いてくれた.日本評論社の飯野玲さんは連載当時,著者の (ミスのたくさんあった) 原稿を詳細に読んでくださり,適切な助言・修正に加え毎月機知に富んだコメントで著者を励ましてくださった.書籍化を担当してくださった道本裕太さんは,著者の思いつきによる提案に対応しながら,丁寧な校正をしてくださり,本書を本にしてくださった.この場を借りて皆様に感謝申し上げたい.

正井秀俊

内容紹介

近年注目を集める幾何学的群論の入門書.幾何学的群論は,代数的な対象である群を,幾何を使って調べる分野.本書は従来の幾何学的群論の教科書とは違い,トポロジーの話題から始めることで,遥か遠くから空間を粗く眺めて本質をとらえるという幾何学的群論のアイデアを明確に伝える.重要な対象である「グロモフ双曲群」の解説はもちろんのこと,低次元トポロジーと幾何学的群論の相性の良さを裏付ける「写像類群」も後半で取り上げる.著者のいきいきとした筆致により,本分野の魅力を存分に感じることができる.
雑誌『数学セミナー』の好評連載を収める新シリーズ「数学セミナーライブラリー」第 1 弾!

目次

  • 第1章 序論/オカンと幾何と群
  • 第2章 基本群/柔らかい幾何学?
  • 第3章 被覆空間/空間を開いてつなげる
  • 第4章 多様体と幾何構造/曲がった空間
  • 第5章 双曲幾何/非ユークリッド幾何学
  • 第6章 タイヒミュラー空間/双曲幾何の変形空間
  • 第7章 群と表示とケーリーグラフ/点と点をつなぐ
  • 第8章 擬等長写像/粗い幾何学
  • 第9章 グロモフ双曲空間/やせた3角形
  • 第10章 グロモフ双曲空間の応用?/智はまるいか?
  • 第11章 グロモフ双曲空間の境界/無限遠点たちの集合
  • 第12章 写像類群の幾何/“忘れて”得られるもの

書誌情報など

関連情報など