(第59回)経済的威圧を巡る通商ルール(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2023.10.23
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

Ben Czapnik , Bryan Mercurio“The Use of Trade Coercion and China’s Model of ‘Passive-Aggressive Legalism’ ”

Journal of International Economic Law, Volume 26, Issue 2, 322-342

現在、通商分野で関心を集めている話題の1つとして、経済的威圧への対抗が挙げられる。例えば、近時開催されたG7や二国間・多数国間会合で、経済的威圧に反対し、協調して対応する必要性が確認されるだけでなく、EUでは経済的威圧に対応する規則案が議論されており、日米でも、ルール作りが目指されていると報道されている。

経済的威圧の定まった定義はないが、例えば、2023年6月9日、豪州、カナダ、日本、ニュージーランド、英国及び米国が公表した「貿易関連の経済的威圧及び非市場的政策・慣行に対する共同宣言」では、「貿易的な経済的威圧」を、「戦略的な政治的若しくは政策上の目的を達成するため、又は、外国政府の正当な主権的権利の行使や選択について妨害若しくは干渉するために、濫用された、恣意的な、又は何らかを口実とする態様で貿易及び投資に影響を与える措置又はその脅威を用いて、外国政府に圧力をかけ、誘導し、若しくは影響を与えて、決定若しくは行動をとらせる、あるいはとらせないようにする」行為と説明している。

経済的威圧の典型例は、自国市場へのマーケット・アクセスを認める条件として、相手国に一定の行為を求める措置だが、巨大な国内市場を有する米国等も、かかる性格を有する規制を導入してきた歴史がある中、何故、近時、特に中国を念頭に置きつつ、経済的威圧を巡る議論が高まっているのか、その背景を知ることは、今後の規制状況を把握する上でも、重要と考えられる。

今回は、かかる背景を理解するために、Ben CzapnikとBryan Mercurioの「The Use of Trade Coercion and China’s Model of ‘Passive-Aggressive Legalism’」Journal of International Economic Law, 2023, 26, 322-342)(以下「Czapnik論文」という)を紹介したい。

Journal of International Economic Law, Volume 26, Issue 2 June 2023

Czapnik論文は、まず、WTOに代表される現在の国際経済法秩序は、米国等の大国が、自国市場へのマーケット・アクセスについて条件を設定する場合、透明性を有し、事前に規定され、無差別的で、法的拘束力を有する条件とするとの制約に服する代わりに、その他の国も同様の義務を受け入れることで、各国とも、貿易による利益を得ることを前提としてきたとする。

その上で、Czapnik論文は、中国の経済的威圧には、下記のような特徴が見られ、中国のような大国が、国際経済法秩序に基づく制約を免れる一方、他国が従来の制約に服することで利益を得ることができる点で、現在の国際経済法秩序に深刻な脅威を与えているとする。

  • 国家が、記録に残らない非公式な手法を用いて、企業や消費者等の非国家主体の活動に影響を与える形で、貿易を制限する手法(ボイコット等)がとられることがあるが、当該手法が用いられる場合、不法な国家措置として、国内法違反やWTO違反を問うことが困難となる。
  • 仮に国家が主体となる場合も、本当の戦略的な目的は明示されず、正当な国内規制権限の行使(「消費者の保護のため」等)の体裁を伴って、特定国を狙い撃ちする形で差別的に規制が行われるが、当該手法が用いられる場合、当該規制のWTO違反を問うのは、必ずしも容易ではない。
  • 上記の特徴を有する経済的威圧は、passive-aggressive modelと評価でき、相手国は、中国の意向を忖度することを強いられるとともに、本当の意図や規制の妥当性について議論できない(レッドラインとなる行為を忖度して中止することのみ可能)点で、中国のみ国際法の制約を受けないダブル・スタンダードの状況を生じさせてしまう。

近時、米国やEUでも、自国市場へのマーケット・アクセスを梃子にした規制を導入する事例が増えている中、中国による経済的威圧について、上記のような評価が正確であり、公正なのか判断する知見を筆者は持ち合わせていないが、現在、経済的威圧に対抗するための枠組み作りが叫ばれている背景として、上記のような懸念が存在する点は、理解することが重要と考えられる。

現時議論されている経済的威圧に対抗する枠組みは、筆者の理解では、大要、①サプライチェーンの強靱化(特定国への依存度の引き下げ)、②経済的威圧を受けた産業の救済、③経済的威圧国への対抗措置に分類されるのではないかと考えられる。このうち、最後の経済的威圧国への対抗措置については、どのような行為を経済的威圧として認定するのか(上記のとおり、非国家主体による活動や、正当な規制権限を理由とする活動をどのように評価するのか)、対抗措置の主張をどのように選択するのか(対抗措置として用いる産品・役務をどう選定するか)等、制度設計上、難しい問題が存在しているが、制度の設計次第では、国際的な貿易に大きな影響を与える可能性があり、その動向には着目すべきと考えられる。

本論考を読むには
Journal of International Economic Law, 2023, 26


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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。