デジタルプラットフォーム取引と消費者保護――消費者法のデジタル化への対応(中田邦博)(特集:デジタル世代の消費者法)
◆この記事は「法学セミナー」827号(2023年12月号)に掲載されているものです。◆
特集:デジタル世代の消費者法
日常的に利用されるインターネット通販や、ウェブサイト広告に潜む課題と解決策の検討を通じて、これからの消費者法を考える。
――編集部
1 はじめに――企画の趣旨
デジタル経済の展開を受けて、アマゾンやメルカリのようなインターネット上のショッピングモールやマッチングサイト等のデジタルプラットフォーム(以下では「単にプラットフォーム」または「PF」ともいう)が介在する取引の拡大現象が顕著である1)。PF取引は、デジタル経済の発展の中核を占めている。さらに、コロナ禍の影響は対面取引を避ける傾向を生じさせ、デジタル技術による非対面型の取引の成長を加速させた。政府もデジタル庁を設置してデジタル技術を活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している。他方で、デジタル技術を用いた取引は、新たな消費者被害を生じさせており、その予防や救済のための対策が必要とされている2)。
本特集はこうしたデジタル時代、スマートフォンなしには生活できない時代を生きている読者(デジタル世代)に向けて企画された。デジタル世代は、これまでの世代が経験していないデジタル技術の革新の波にさらされている。インターネットの普及がもたらしたネット広告、ネット通販やSNSが消費生活に大きな影響を及ぼしている。本特集では、こうしたデジタル時代の消費者取引に焦点を当てて、PFやインターネット上で締結される消費者契約をめぐる問題に関係する論稿を用意した。読者には、この機会に、デジタル時代の新たな取引リスクについて考えてもらいたい。冒頭に位置する本稿は、まずはデジタル経済を牽引するPF取引の構造を検討し、その問題点を明らかにし、それと本特集で予定されている他の論稿との関係を説明する。本特集には、現代的な消費者問題を取り上げることで、読者に「消費者法」の役割と重要性を認識してもらい、消費者法にいざなうという役割を果たすことも期待されている。そこで、消費者法についての簡単な概説からはじめることにしたい。
消費者法は、民法のような体系的な単一の法律として存在しているわけではない。消費者法は、いくつかの法律の集まりとして理解される。その中には、消費者基本法、景品表示法におけるように、消費者という概念の定義がされていない場合もあるし、消費者契約法や消費者安全法のように、権利主体としての消費者の概念が定義されている場合もある(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く個人:消契法2条1項参照)。また、特定商取引法や割賦販売法、製造物責任法のように消費者の概念を使っていないものの、実質的に消費者を保護する法律もある。こうした消費者法は、市場の公正な取引を確保し、事業者と消費者との情報格差を是正し、消費者の選択の自由を保障する役割を果たすことが求められている。消費者法の目的は、第一次的に「生身の人間」を保護することにあり、その前提として健全な市場を形成・維持することにある3)。消費者法として重要な役割を果たしてきた法律として、消費者契約法、特定商取引法、割賦販売法、景品表示法がある。これらの法律は、本特集の各論稿でも扱われる。そこで、特集における論稿の位置づけを簡単に説明しておきたい。
特集の各論稿は、契約の成立・実現・救済のプロセスに沿って、①契約の勧誘段階(広告)、②契約締結と履行・解消の段階を取り上げ、それに加えて③決済の問題を検討する。①~③は、それぞれ鹿野菜穂子「デジタル広告と消費者保護――景品表示法を中心に」、川村尚子「デジタル・サブスクリプション――サブスク経済の進展と消費者トラブル」、寺川永「ネット上の取引におけるキャッシュレス決済とその安全性への課題――利用者である消費者の視点から」によって扱われる。鹿野論文は、インターネットの普及に伴い広告市場での影響力を高めているデジタル広告の典型的な問題事例を扱い、その法規制と解決の方向性を示す。川村論文は、インターネット通販でトラブルが多数発生している定期購入をサブスク問題として取り上げ、法規制の可能性を論じる。寺川論文は、ネット取引を対象として電子的な決済方式(キャッシュレス決済)に着目して、そのリスクと課題を明らかにしている。決済の問題は、取引のデジタル化において重要な要素であり、対面取引ではキャッシュレス化として現れる。通信販売などオンライン取引において、クレジットカードは、主要な決済手段として利用されているが、インターネット上の個人情報管理などのセキュリティの甘さやクレジットカードの仕組み自体の脆弱性がこれまで以上に不正利用を助長している。本人認証の仕組みを高度化する必要があろう。また、法的規制が十分に及ばないインターネット上の広告や勧誘行為が、デジタル世代の経験のなさや悩みにつけ込む形でさらなる消費者被害をもたらしている取引類型がある。これについては、永岩慧子「マルチ商法被害の現状と法規制」と髙嶌英弘「美容関連サービスの特徴と法規制」が扱う。
脚注
1. | ↑ | デジタルプラットフォームは、ヨーロッパでは、オンラインプラットフォームと呼ばれることが多い。PF取引をオンライン取引として限定することで、オフライン取引における法適用や消費者のリスクについての違いを意識する意味がある。本稿では、デジタルプラットフォームは、オンラインプラットフォームの趣旨で使うものとする。 |
2. | ↑ | こうした問題を指摘するものとして、中田邦博「インターネット上のプラットフォーム取引とプラットフォーム事業者の責任」現代消費者法46号(2020年)35頁(中田①)参照。さらに、「特集デジタル社会における消費者法の課題」現代消費者法56号(2022年)4頁以下の諸論文、さらに千葉惠美子『デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任」NBL1248号(2023年)17頁以下も参照。 |
3. | ↑ | 消費者法および消費者の概念については、さしあたり、中田邦博=鹿野菜穂子編『基本講義消費者法〔第5版〕』(2022年、日本評論社)(以下、【消費者法】という)2頁以下参照[中田邦博]。 |