(第62回)国家の緊急事態における税制(伊藤剛志)
(毎月中旬更新予定)
佐藤英明「戦争と租税――租税の役割、性質、限界事例」
日本評論社が刊行している法学セミナー2023年9月号では、「特集 いまこそ知りたい『税法』入門」として、租税法学の研究者による6本の論稿を掲載している。
本特集を企画した髙橋祐介・名古屋大学教授の企画趣旨の説明によると、法学系教育雑誌での租税法に関する特集はすでにあるものの、本特集は税を払わない合法的な工夫を知るヒント付与を趣旨とする点で、おそらく本邦初(?)の試み、とのことである。掲載されている論稿は、佐藤英明「戦争と租税」、倉見智亮「どうすれば租税負担を減らせる?」、田中晶国「働く若者と租税」、加藤友佳「租税からみた家族・性・子ども」、辻󠄀美枝「富裕層はつらいよ!?」、安井栄二「デジタル社会と租税」であり、各論稿の題名からも、現代の社会生活において、いかに幅広く租税が関わり影響を与えるものかが推察される。本特集では、人が社会生活を営む上で、どのような状況でどのような税がかかるのかを、大まかに示す構成となっており、実務に携わって租税の知識の必要性を感じ、租税法を学習したいと感じた実務家にも読んで頂きたい。
冒頭に掲載している論稿は、本特集の1つ目に掲載されている佐藤英明・慶應義塾大学教授のものである。本論稿では、租税の本来的性質、すなわち、国家が警察・防災・社会保険・医療制度・教育制度などさまざまな公共サービスを提供するために必要な費用を調達する手段が租税であること、それ故、租税が無ければ国家が公共サービスを提供することができず、国民が困ることになることなど、租税の必要性を説いた上で、国家がなりふり構わず収入を必要とする典型的な場面の1つが「戦争」であり(戦費を調達できなければ戦争に負け国家存亡の危機に陥る)、太平洋戦争以前の日本の4つの「戦争」期のうち、日露戦争時と日華事変以降太平洋戦争終結時までの時期における増税の規模・内容などを紹介し考察している。このような特殊な状況下における増税の内容は興味深い。
日露戦争の時には、当時の日本の租税のほぼ全てについて税率を引き上げる方法で増税し、市街宅地の地租は2.5%の税率が20%まで引き上げられたり、株主21人以上の株式会社の所得税(現在の法人税に相当)は25%の税率から62.5%にまで引き上げられたようだ。このような既存税目の税率の一斉引き上げは、満州事変以後の太平洋戦争期にも行われており、昭和12(1937)年には、法人税を100%(つまり税率が2倍になる)、個人所得税を平均で50%、相続税を財産額に応じて20%から100%引き上げる手法で増税されたことなどが紹介されている。
その後も、所得税・法人税・相続税等の税率が何度も引き上げられ、例えば、不動産所得にかかる所得税の最高税率は97%(!?)に達したとの説明には衝撃を受ける。また、当時の帝国議会が増税に関してとった態度も興味深い。昭和18(1943)年改正においては「増税が手ぬるい」という意見もあったようである。太平洋戦争開戦前は議会が増税に反対して法案を修正することなどもあったようだが、昭和16(1941)年以降は法案修正が無く、当時の主税局長は、増税案を提出し議会を通すことが平常よりもずっと楽だったと述べていたことなどに触れられている。
東日本大震災やコロナ禍の経験からも明らかなように、国家と国民が突然の不幸に見舞われるとき、国家はそれに対処するために何らかの収入を必要とする。そのときに税制がどのようになってしまうのか、どのようにあるべきなのか、歴史から学べることは少なくない。
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1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より2019年まで東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(共編著、有斐閣、2020年)、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。