「宮本から君へ」事件――民法34条を起爆剤とする給付行政に係る行政裁量の壁の突破(平裕介)(特集:最高裁判決2023――弁護士が語る)
◆この記事は「法学セミナー」830号(2024年3月号)に掲載されているものです。◆
特集:最高裁判決2023——弁護士が語る
2023年に出た最高裁判決を担当した弁護士が、依頼者との出会い、訴訟戦略上の工夫、事件・判決の意義を語る。
――編集部
1 はじめに
「流れとしてはいいですね」
「宮本から君へ」事件の東京高裁判決(原告逆転敗訴)が下された直後に、映画プロデューサーで、原告・株式会社スターサンズ代表(当時)の河村光庸さんは、原告(被控訴人)弁護団メンバーにこう告げた。河村さんのコメントは、諦めることなく本件訴訟を最後まで闘い抜く覚悟を示したものであったと感じる。
近年の司法統計年報に照らすと、最高裁の裁判による「破棄」率は近年では概ね1%程度1)と厳しい状況ではあったが、「負けてたまるか」という「宮本」の台詞2)にも勇気づけられ、原告弁護団は上告理由書や上告受理申立理由書を必死に起案し、研究者4名(蟻川恒正教授、志田陽子教授、木村草太教授及び行政法の研究者)の意見書とともに上告理由書・上告受理申立理由書を提出し、最高裁の判断を待った。
上告状兼上告受理申立理由書を提出してから1年8か月後に、「憲法21条1項による表現の自由」に明確に言及した画期的な最高裁での逆転判決(破棄自判)を勝ち取ることができたものの、高裁判決が下されてから最高裁判決が出るまでの間に他界された河村さんにはこの最高裁判決を見せてあげられなかったことが本当に残念ではあったが、1審から最高裁に上告するまで原告弁護団メンバー3)の1人として、本件訴訟を共に闘い抜くことができて光栄であったと思う。
本稿では、このように私にとっても特に思い入れのある「宮本から君へ」事件(映画「宮本から君へ」助成金訴訟、以下「本件訴訟」という)を振り返り、本件訴訟の概要(事案と争点、第1審・第2審・最高裁判決のポイント)や、主張書面(上告受理申立理由書)の内容で特に工夫したこと、最高裁判決の意義等について述べてみたい4)。行政法学説や判例・実務の発展に少しでも貢献できれば幸いである。
脚注
1. | ↑ | 松本博之『民事上告審ハンドブック』(日本加除出版、2019年)42-44頁、佐藤陽一『実践講座 民事控訴審』(日本加除出版、2023年)145頁参照。 |
2. | ↑ | 映画『宮本から君へ』(日本公開日2019年9月27日、エグゼクティブプロデューサー:河村光庸、岡本東郎、監督:真利子哲也、配給:スターサンズ、KADOKAWA)で、池松壮亮の演じる宮本浩が井浦新の演じる風間裕二に言い放つ台詞である。原作の漫画・新井英樹『定本宮本から君へ4』(太田出版、2009年)226頁、450頁(同『宮本から君へ第11巻』〔講談社、1994年〕174頁、同第12巻〔1994年〕174頁)にも同様の台詞がある。 |
3. | ↑ | 原告(被控訴人、上告人)訴訟代理人弁護士で構成される原告弁護団メンバーは、四宮隆史(弁護団長)、伊藤真、伊関祐、秋山光、棚橋桂介、平裕介の6名である。 |
4. | ↑ | 本件訴訟について、筆者は既にいくつかの小論を公表している。本件訴訟の第1審判決(東京地判令和3・6・21判時2511号5頁)に関する拙稿として、①平裕介「文化芸術助成に係る行政裁量の統制と裁量基準着目型判断過程審査」法セ804号(2022年)2頁。第2審判決(東京高判令和4・3・3判タ1505号41頁)に関する拙稿として、②平裕介「映画『宮本から君へ』助成金不交付裁判東京高裁判決の問題点と表現の自由の『将来』のための闘い」法学館憲法研究所LawJournal27号(2023年)135頁(これと基本的に同一内容の論考を第2審判決の1か月後の2022年4月4日に法学館憲法研究所のウェブサイトで公表している)、③平裕介「文化芸術助成のための給付行政に係る行政裁量における『公益の観点』・『助成制度への国民の理解』の考慮――映画『宮本から君へ』助成金不給付取消訴訟を題材として」日本大学法科大学院法務研究20号(2023年)121頁。 |